ep.38 泊まれる村
夕暮れ時、食事処に一人の旅装の男が転がり込むように入ってきた。
「すみません、もう遅い時間なんですが……」
「大丈夫ですよ、まだやってます」
リゼットが椅子を勧める。男は汁物を頼み、疲れた様子で椅子に沈み込んだ。
「今日中に隣町まで行くつもりだったんですが、思ったより距離があって。この辺りに、泊まれるところはありますか?」
「宿は……まだ、ないんです」
トマスが申し訳なさそうに答える。男は肩を落とした。
「野宿するしかないか。この時期の夜は冷えるんだよな」
厨房から様子を見ていたリゼットが、トマスへ小声で耳打ちした。しばらく二人で話し込んでから、リゼットが男の方へ向き直る。
「あの、うちの奥、使ってない部屋があるんです。何もないですけど、それでよければ」
「本当ですか? 助かります」
奥の小部屋には、まだ荷物が積まれたままだった。二人は急いでそれを片付け、藁を詰めた簡素な寝床を用意した。
「布団はこれだけなんですけど」
「十分です。屋根の下で眠れるだけで、ありがたい」
翌朝、男は満足そうな顔で発っていった。代金を多めに置いていったのを見て、トマスとリゼットは顔を見合わせた。
「これ、案外いけるんじゃないか」
「でも、うちの部屋を毎回使うわけにはいかないし」
数日かけて、二人は物置になっていた奥のスペースへ、簡単な間仕切りを作り、寝台を二つ置いた。
豪華な作りではない。それでも、屋根と壁と、温かい食事のある寝床には違いなかった。
噂は、すぐに旅人の間で広まったらしい。
「この村、飯も食えて泊まれるんだってな」
「前まで素通りしてたけど、悪くないな」
店先で交わされるそんな会話を、シャーロットは薬箱を届けに行く道すがら、何度か耳にするようになっていた。




