第8話 初めてのお給料
朝食後、ノイマンは厳かな顔立ちで二人を呼んだ。
彼はオホンッとわざとらしい咳ばらいをして、背すじを伸ばす。
「お前らが働き始めて、今日で一か月。これより賃金を支給する」
「給料日だ!」
アイネアは手を叩いて喜んだ。
「これからも励めよ」
ノイマンは小袋を二つ差し出す。アイネアは飛びかかる勢いで一つの小袋をもぎ取った。
「シルッシェン硬貨7枚に、グロング硬貨50枚……ということは、七五〇グロング! ひょ~っ! こんなに貰ってもいいのか!」
「ああ、頑張ってくれたからな」
続いてノイマンは、袋をクルトに差し出す。
「ほら、クルト」
「え、ぼ、僕も……いいの?」
「アイネアだけに渡すのは不公平だろ」
「でも、僕……研究のお手伝いできてないよ? アイネアに比べたら……」
「代わりに家事をやってくれてるだろ。それとも、欲しくないか?」
「ううん、欲しい……嬉しい」
クルトは給料袋をぎゅっと両手で握りしめ、はち切れんばかりの笑みを浮かべた。
「嬉しい! 嬉しいっ! ありがとう、ノイマンっ」
クルトは小銭を嬉しそうに眺めた。
「えへへ、お金……お金だ! へへっ。すんすんっ、は〜、お金のにおい……」
「アイネアといい、お前といい、本当に金が好きだな」
「うん、好き。こうやって握りしめるとね、勇気がわいてくる気がする!」
「大げさだなぁ……。まぁ、気に入ったならいいか」
アイネアがクルトの腕を引いた。
「クルト! せっかくだから何か買いに行こう!」
「うん!」
二人は元気に駆け出した。転ぶなよーというノイマンの注意も、どこ吹く風だ。
村に行った二人は早速、甘いパンを買った。
「良かったね。ノイマンからお小遣いを貰ったのかい?」
パン屋のおばさんが、ヤギのミルクをご馳走してくれた。
「お小遣いじゃないぞ、給料だ!」
「あら、そうなの。若いのに立派ね」
アイネアは次にクルトの手を引き、服屋を訪れた。
「いらっしゃい、アイネアちゃんにクルト君。珍しいわね」
「この店に売っているアクセサリー、前から目をつけていたんだ」
服屋の奥には、アクセサリーを扱った棚がある。アイネアは棚の前を何度も行ったり来たりした。
店主も一緒になってアイネアにネックレスをあてがったり、店の奥から指輪を引っ張り出したりした。
「クルト、これどうだ?」
ピンクのネックレスをかけたアイネアが、クルトに振り返る。
「可愛いよ」
「これは?」大きな羽のついた帽子をかぶってみせた。
「可愛いよ」
「これは?」謎の模様が入った仮面をかぶった。
「可愛いよ」
「さっきから『可愛い』ばっかりじゃないか! どれが一番似合うんだ?」
「えぇ……好きなのを選べばいいじゃない」
「クルトの意見も聞きたいんだ!」
アイネアはこっちも捨てがたい、あっちも捨てがたいと迷った。最初は嬉しそうに眺めていたクルトも次第に眠そうになり、おおきなあくびを連発した。
「……ねぇ、まだ?」
クルトはあきれていた。
「も、もうちょっと待ってくれ!」
「アイネアちゃん! このネックレスも試してちょうだい。きゃー! 思った通り可愛い~~‼」
「もー。僕、先に家に帰ってるよ?」
「えぇっ、先に帰っちゃうのか」
「もうしばらくかかるでしょ。僕もう飽きちゃった」
「仕方ないなぁ……。じゃあなクルト」
「じゃあねアイネア」
その後、アイネアは綺麗な石がはめ込まれたブレスレットを購入した。魔法も何もこめられていない、普通の小さな石だ。しかし丁寧に磨かれていて、光にかざすと青くきらめく石を、アイネアは気に入った。
「良く似合ってるわね、可愛いわ」
店主のおばさんは、アイネアに黄色いリボンを差し出した。
「はい、これはオマケね。アイネアちゃん、いつもリボンを付けているから。きっとこの色も似合うわよ」
「ありがとう!」
おばさんはアイネアにリボンを巻いてくれた。
「可愛いわよアイネアちゃん!」
「えへ、えへへっありがとう! じゃあな、また来るぞ!」
アイネアはスキップしながら店を出た。
「おおっ、アイネアちゃん、ご機嫌だな~」
村人のおじさんとすれ違って、声をかけられた。
「ああ! 見てくれ、そこの服屋で買ったんだ。リボンもくれたんだぞ!」
アイネアはブレスレットを掲げた。
「おお~良かったね。お姫さんみたいだよ」
「お姫様!」
アイネアの瞳がきらきら輝いた。魔王時代に、人間の士気をくじくためにお姫様をさらったことがある。そのお姫様も、とても可愛かった。お姫様みたい、と言われて有頂天になってしまうのは、仕方のないことだった。
「ふっふー、ありがとう! これからクルトとノイマンに見せてあげるんだ!」
「そりゃいい。気を付けて帰るんだよ」
「ああ、またな!」
アイネアはお姫様の真似をしてスカートの端をちょいとあげ、礼をした。そしてぱたぱた走り出す。
「早くクルトに見せたいな!」
クルトが褒めてくれる姿を想像し、アイネアの頬がゆるむ。急いで帰りたくなったアイネアは魔法で空を飛んだ。途端、冷たい風がぴゅーっと吹き、アイネアは震えあがった。
「さ、寒い……!」
(もう冬だもの。寒いのは当たり前か)
首を縮めながら家に急ぐ。小屋に着いたアイネアは、すぐさま暖炉に直行した。傍に置いてある火打石で、火をつけようとする。カチカチと打ち鳴らしたが、上手くいかない。
「クルトー! 火をつけてくれー!」
もどかしくなったアイネアは、大声でクルトを呼んだ。
「あれ、もしかしてまだ帰っていないのか?」
研究室に顔を出すと、ノイマンが本を読んでいた。
「おう、おかえり」
「ただいま。クルトはいるか?」
「見てねぇが、一緒に帰ってこなかったのか」
「ああ。先に帰ると言っていたのに……。森で追い越してしまったのかな」
「ま、そのうち戻るだろ。道も覚えてることだし。村までの道には、魔物避けのまじないもしてある」
ノイマンが指を鳴らすと、暖炉に火がついた。
「火をつける魔法、便利だな。私も使いたい。教えてくれ」
「いいぞ」
「ところでノイマン……何か私に言うことが無いか?」
アイネアはブレスレットを掲げ、くるりんと回ってみせた。紺色の髪と一緒に、リボンがふわりと揺れる。
「……手ェ、ちゃんと洗ったか?」
「はぁ、貴様に聞いたのが間違いだった」
その後、アイネアはノイマンに庭で、小さな火を生みだす魔法を教わった。アイネアは飲み込みが早く、すぐに覚えてしまった。
「お前、マジで変だな」
ノイマンがしみじみと言った。
「な、何だ。いきなり」
「こんなの、初歩の初歩だぞ。魔法を教わり始めたら絶対習うやつだ。こんなのも知らねぇくせに、なんで空を飛ぶっつーヤベェ魔法が使えんだよ」
「独学なのだから、仕方ないだろう」
魔王となった未来のアイネアは、人々の怨念や絶望を喰らうことで成長した。その際、負の感情に伴う記憶を得ることで知識をつけていった。逆に言えば、負の感情が無い記憶は摂取できない。アイネアが使う魔法や知識は、穴抜けだらけの記憶を合算して実用化したものだ。
「この際だから俺にも教えろ、どうやったら空を飛べるんだ?」
「どうやってと言われても……。風の魔法を使って飛んでいるだけだ」
アイネアはその場で浮き上がってみせた。水に泳ぐ魚のように、空中を漂う。
風魔法で空を飛ぶ技術は、魔王としての肉体を得てからに身につけたものだ。
「風を生みだす魔法も、基本的な魔法だろう? それを自分に使ってみたら飛べたのだ」
「簡単に言ってくれるがな、それができたら苦労はしねぇぜ」
ノイマンは目を閉じた。彼の周りに突風が吹き荒れる。彼の足が地面から離れたかと思うと……体がぐるりと回り、地面に打ちつけられた。
「いってぇ‼」
「だ、大丈夫かノイマン⁉」
アイネアはノイマンの傍に降りた。ローブの土ぼこりを払い、ノイマンが立ち上がる。
「くっそ。難しいなこれ」
「無駄な風がもれ出ていたぞ。もっと、風を身体にまとわせるがいい」
「身体つってもよ。身体のどこだよ」
「? 全部だ」
ノイマンが小枝を拾って、地面に絵を描く。
「人ってこんな感じで頭があって、胴と手足があるだろ。どの辺りに魔法を作用させてんだ」
ノイマンから小枝を渡された。
「だから、全部だ」
アイネアが全身を線でぐるぐる囲む。
「全部か……」
「あっ、髪の毛には使っていない」
「髪の毛以外の全部か……」
アイネアが思っていた以上に、空を飛ぶのは難しいらしい。1時間もしないうちにノイマンは練習を打ち切った。
「魔力の消費がハンパねぇな。もうしんどいぜ」
「まぁ確かに、急いでいないなら、歩いたほうがずっと楽だ」
二人は休憩した。
「……クルト、遅いな」
アイネアが村へ通じる道を眺め、ぽつりと呟く。
「確かに遅いな。……村で別れたんだよな?」
「ああ。服屋で私が選んでいるとき、先に帰ると言っていた。もしかして、まだ村で遊んでいるのだろうか」
アイネアは大きく息を吸い込んだ。
「ク ル ト ― ! !」
森に向かって、大声魔法で呼びかける。
「どわっ⁉」
驚いたノイマンが耳を抑えた。
「何だよその魔法⁉」
「大声を出す魔法だ」
「人の近くで使うんじゃねぇ! 耳が壊れるかと思ったぜ」
「ご、ごめん」
二人はしばらく待ってみたが、クルトが現れる様子はない。
「仕方ねぇ……迎えに行くか」
二人は村へ行った。
「クルト君? 見ていないが……」
森を抜けてすぐの畑で作業していた村民は、頭を横に振った。
「ク ル ト ー ! !」
アイネアは空に飛んで、大声の魔法で呼びかける。だが、反応はない。アイネアの大声に驚いた村人が数人、家から出てきただけだ。
二人は村中を聞いて回った。
「しばらく前にすれ違ったけど、もう帰ったんじゃなかったの?」
「こっちには来ていないわ」
「昼間、アイネアと一緒に歩いてるのを見たのが最後だよ」
村中を探したが、クルトは見つからなかった。
クルトがどこかに消えてしまった。




