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第7話 村に行こうぜ

 ノイマンが村に行こうと言った日の夜。

 アイネアとクルトは寝室でひそひそ話しあった。

「明日行く村って、どのくらい人がいるだろうね」

「私たちの悪い噂が、その村まで広まってないといいな」

「ここ数日で村の話が一度も出なかったけど、ノイマンは村にあんまり行かないのかな」

「あの性格じゃ、村の人たちと仲良くできないんじゃないか」

 ノイマンは人と話すのが好きではなさそうだ。こちらから質問をすれば答えてくれるが、アイネア達が答えを理解できていないと見るが否や、途端に返答がおざなりになる。

「あー、だから森の中に一人で住んでるんだね」

「何でいきなり、村に行こうなんて言い出したのだろう」

「さぁ? ノイマンって、よく訳が分からないことを言うもの。やれ手を洗えだの、体を洗えだの、体を洗うなら股まで洗えだの」

「けっぺきしょーだぞ」

 お前らの衛生観念が酷いんだ! とツッコんでくれるノイマンは、ここにいない。



 翌朝、ノイマンはいつものように朝寝坊をした。

 アイネアとクルトは、眠そうなノイマンの背中を突っつき、身支度を急かした。


 三人は森の中を歩いて村へ向かった。紅葉の始まった木々は、はらはらと葉を散らしていた。

「これから行くのは、何ていう村なの?」

「ホォーヨメレットだ」

「それって僕らがいた村より大きい?」

「え、分かんねぇ。お前らとは森で会ったからな。どこの村に居たんだ?」

「ケルティへーゲイだよ」

「ああ、あそこか。あれよりは小さいな。ケルティへーゲイは魔法道具の店や薬屋もあっただろう」

「よく知ってるな。行ったことあるのか」

「ああ。あそこじゃないと買えない物もあるからな」

「軟膏とかか?」

アイネアはドキッとした。もしかしたら、ノイマンも薬屋を訪れ、自分の作った軟膏を買っていたかもしれない。

「軟膏? 買ったこともあるが、それがどうした」

「アイネアが作った薬を、その店に卸してたんだよ」

「わー! クルト、言わなくていい!」

「ほーう、じゃ、今度見に行こうかね。出来具合を採点してやるよ」

「貴様には売らないよう、店主に言いつけてやる!」

(人生って、どうなるか分からないものだな。かつての敵と一緒に暮らすようになるだなんて)


「それにしてもお前ら、職があったのか。こっちで暮らし始めることを、言っておく必要があるんじゃねぇか?」

「そんな必要あるのか?」

「いきなり居なくなったら、心配するだろ」

「心配されるような関係ではない」

「来なくなっても、どこかで野垂れ死んだんだな〜って思われるだけだよね」

「そうそう、ついに死んだかって」

「そ、そうかよ……」


 森を抜けると、村に着いた。小さな村だ。村の中心には白壁の建物があった。敷地内では、老いた神父が庭園に水やりをしていた。

「おはよう、ブルーノ神父」

 ノイマンが手を上げて挨拶する。白い衣に身を包んだ神父はノイマンを見ると、驚いた顔になった。

「やぁ、おはようノイマン。君がミサに来るなんて珍しい」

 神父がノイマンに近づいたところで、アイネア達を見つけ、足を止めた。

「おや……? その子たちは……」

「最近うちで引き取った子たちだ」

「君が? 子どもを? 本気なのかい?」

 神父は信じられないと言いたげに首を振った。

「言うな……俺だって昔の俺を叱りたい気分なんだ。子育てがこんなに大変だと思わなかったぜ……」

「何にせよ、賑やかでいいじゃないか。ウィローさんを亡くした君を哀れんで、神が寄越してくれたのかもしれないね」

「……ああ」

 ノイマンは気まずそうに目を逸らした。


 神父はアイネアにクルトを向き直ると、優しく微笑んだ。シワの深い顔がくしゃっとした。

「初めまして、私はこの村の神父だよ。君たちの名前を教えてくれるかい」

「初めまして神父さん。僕はクルト」

「初めまして、アイネアだ」

「元気いっぱいな挨拶だ! ご褒美に、面白い話を聞かせてあげよう。二人ともこっちに来なさい」

 神父は二人を手招いた。クルトは嬉しそうに着いて行った。アイネアはノイマンを振り返った。

「なんだこれ、ミサだよな」

「そう、説法だ。俺が聞くのには退屈だが、子どもの情操教育には良いだろ。しっかり聞いてこい」

「面倒な……」

「そう言うな。ブルーノ神父の説法はなかなか面白いって評判だぞ」

 その時、教会からアイネアを呼ぶ声が聞こえた。

「さ、行ってこい」

 ノイマンが背中を押した。アイネアは押されるまま教会内に入っていった。


 教会内には既に村人たちが集まっていた。皆好奇心の眼差しをアイネアたちに向けている。

 アイネアは居心地悪かった。前の村で、汚い泥棒であるアイネアたちに向けられるのは、侮蔑と嫌悪だった。こんなに注目されるのは緊張する。

「みんなおはよう! ミサを始める前に、二人の仲間を紹介させておくれ」

 神父がアイネアとクルトを村人たちに紹介した。

「ノイマンの家で暮らしはじめた、クルトとアイネアだよ。仲良くしてあげておくれ」

 村人からどよめきが上がった。

「え、ノイマンの?」

「二人ともかわいい〜!」

「隠し子かい⁉」

「ちげーよ、ちっとも似てねぇだろ」とノイマン。

 皆は好奇の目でアイネアとクルトを見た。居心地が悪い。もう帰ろうかなと思っていると、クルトに手を握られた。

「クルトです! よろしくお願いします!」

 クルトが声を張った。緊張しているのか、声が上ずっていた。アイネアも続いて口を開いた。

「アイネアです。よろしく」

 二人してぺこりと頭を下げると、村人たちに拍手してもらえた。

 挨拶を終えた二人は、ぴゅーっとノイマンへ走り寄った。ノイマンは壁に寄りかかっていた。

「さて、そろそろミサを始めよう!」

 神父が祈りの言葉を唱え始めた。


(教会の祈りとやらは、長ったらしくて好きになれん)

 アイネアはあくびを我慢する覚悟をしていたが、神父は1分もしないうちに言葉を終えてしまった。

「よし、祈りが済んだところで、今日の説法はどうしようか!」

(この神父、どこかで祈りを端折っているな?)

 アイネアはニヤリとした。田舎であるこの村で、うまくやっていく工夫のようなものなのだろう。村人が熱心に信仰している者ばかりとは限らない。厳格なミサを行えば、来なくなる人が増えてしまうかもしれない。

「せっかくなら、新しい子どもたちに向けた話にしよう、みんな、それでいいかい?」

 教会内は拍手に包まれた。

「ありがとう、ありがとう!」



 ミサが終わり、村人たちが帰りだすと、神父はアイネアたちのところにやって来た。

「どうだった?」

「面白かった!」

 クルトは興奮ぎみに返事した。

「そりゃ良かった。アイネアも気に入ってくれたかい?」

「つまらない歴史物より、よっぽどいいな」

「ははは! あれは大人でも寝てしまう人が多いんだ」

「流石な話術だった、ブルーノ神父。この調子でこいつらに常識ってやつを教えてやってくれ」

 ノイマンは手をアイネアの頭に乗せる。アイネアは手を払い除けた。

「いつでも来なさい。また面白い話を聞かせてあげよう。少なくとも日曜のミサは必ず来るんだよ?待ってるからね」

 神父はにこにこ顔でアイネアたちに手を振った。

「それとノイマン。たまにはウィローさんに顔を見せに行きなさい。きっと心配しているだろうから」

「あの世で、だろ。あのジジイが本当に俺のことを心配してるんなら、今ごろ墓から這い出てきてるさ」

「またそんな……。お墓は我々で綺麗に保っているけれど、それでも大切な人からのお供えは格別なんだよ」

「分かった、分かった。覚えておく」

「ウィローって誰だ?」

 アイネアが口を挟んだ。

「ウィーピングウィロー。俺の師匠だ。お前らの部屋の、前の持ち主」

「ああ、あの部屋の」

「ウィローさんは素晴らしい魔法使いだったんだよ」

「ただし、性格はめちゃくちゃ悪かった」ノイマンが説明を付け足す。

「とんでもない! すごく優しい人だったろう」

「あんたはあのジジイと一緒に暮らしてないからそんなことが言えるんだ」

「ふーん、なんか面白い人だね。会ってみたかったな」

 クルトも会話に交ざってきた。

「何も面白くねぇよ。じゃあなブルーノ神父。墓参りはまた今度にするぜ」


「この村の神父さんは優しい人で良かった」

 教会を離れてから、クルトはこっそりノイマンに言った。

「お前たちの町では違ったのか?」

 クルトは顔をしかめた。

「全然違う。僕あの人キライ」

 はっきりと『キライ』と口にするクルトに、ノイマンは驚いた。誰に対してもにこにこと人あたり良いクルトにも、嫌いな人がいることが意外だった。

 アイネアはノイマンのローブを引っ張った。

「腹が空いたぞ、お菓子を買ってくれ」

「わかった。ついでに村の見学でもするか」

「探検! したい!」

 クルトの目がきらきら輝いた。

「何か売ってたっけな」



 村ではミサを終えた村人が、店を開き始めているところだった。小規模な市場だ。出店を開いているのは5店ほど。チーズやヒモ、パン等、生活に必要な物が並べられている。買い物をしている人もまばらだ。賑わっているとは言いがたい。

 20分もしないうちに、市場をひと回りできた。

「本当に田舎だな……」

 アイネアが呟いた。

「行商人が来てる時だったら、もうちょい盛り上がるんだろうがな。普段はこんなもんだ」

 アイネア達は人数分のパンとチーズを買った。出来たてのパンに、子ども達は大興奮だ。


「ノイマン、可愛い子ちゃん達! こっちこっち」

 パンを食べ終わったとき、別の家から出てきたおばさんが三人を手招きした。

「あの人は?」

「服屋の店主だ」

ノイマンはぼそっと、「面倒なやつにみつかった」と呟いた。

「やっと来たわね。もう待ちくたびれたわ」

 服屋の店主は、三人まとめて店に押し込んだ。壁に色とりどりの布が飾られて、棚にはアクセサリーやハンカチが並べられていた。

「三名様、いらっしゃい~」

「あんたが連れ込んだんだろうが」

「君達、ノイマンの家に住んでいるのでしょう。君達も魔法使いなの?」

 ノイマンのツッコミを無視し、服屋の店主はアイネア達に話しかけた。

「僕は違うよ」

「私は魔法を使えるぞ。ノイマンなんかより、すごい魔法使いだ」

「あら頼もしい。なら、依頼したいことがあるのよ。知ってる? ノイマンは魔法の依頼を受け付けてくれないの」

「もう帰っていいか」

 きびすを返そうとするノイマン。アイネアは彼のローブを踏んづけ、留まらせた。

「報酬がもらえるなら、考えよう。なんたって私は、すごい魔法使いだからな!」

「好きな服をありったけあげる! だからね、恋の霊薬を作ってほしいの」

「恋の霊薬ぅ?」

「そう。飲ませた相手が、メロメロになってしまう、恋の薬! すごい魔法使いさんなら、作れるでしょ」

「そ、それは専門外だぞ……」

 アイネアは腕組みしてうなった。そんなものがあるなら、自分だって欲しい。クルトに飲ませて、自分に夢中にさせるのに。

「好きな人がいるんだね」クルトが聞いた。

「そう!」

「誰だろう。さっきミサに来た人の中に居るかな」

 店主は目をハートにして、ノイマンを指さした。


「――ノイマン?」


 アイネアが素っ頓狂な声をあげる。

「きゃっ、声に出しちゃイヤよぅ」

 店主は顔を手で覆い、体をくねらせた。ノイマンはずっと真顔だ。アイネアは店主に苦い顔をする。

「やめとけ、こんなやつ。どこが良いんだ」

「顔!」即答だった。

「顔は、まぁ確かに」クルトは頷いた。

「逆に言えば、顔しか良くないぞ」

「性格もまぁまぁそこそこ良いと思うけど……」

「いい性格はしてるな」

「言えてる~!」

「聞こえてんぞ、ガキ共」

「だってノイマンさ、この間も夜遅くに僕たちの部屋に入ってきたでしょ。うるさくて眠れないから、やめてよ」

「そっちの部屋に探してる本があったんだから、しょうがねぇだろ」

「おかげでこっちは、昼間もすごく眠かったんだよ!」


 喧嘩に進みそうな二人の会話を断ち切るべく、服屋の店主がパン! と手を鳴らした。

「冗談はともかく。君達、これからの季節でその服じゃ風邪を引いてしまうわ。もっと暖かい服を用意したほうがいいわよ〜」

「確かに……」


 二人はノイマンを囲んだ。

「雇い主様〜買って〜。服を買ってよ〜」

「買って〜。このままだと風邪引いちゃうぞ〜寒いぞ〜」

「分かった、分かった。適当に選べ」

「やったー!」

「ありがとうノイマン! やっさしー!」

「俺は『いい性格』してるからな。このくらい当然だ」

「お代は、私と一日デート! どう?」

「そもそもあんた、結婚してんだろうが」

 店の奥では断ち切りハサミを持った旦那が、ノイマンをじっとにらんでいた。



「服の出来上がり、楽しみだね~」

「最近寒かったから、嬉しいぞ」

「はぁ……高い生地を選びやがって、全く……」

「おばさんが安くしてくれるって言ってたから、いいじゃん」

「そうだぞ~。大人しくデートに行ってやれ」

「嫌だよ。面倒くせぇ」

 三人はそのまま、村を一回りした。村の東側には大きな川が面していて、石橋がかかっていた。

「この川、大きいね。なんていう川なの?」

 クルトが何気なく聞いた。

「カーブ川だ。確かに、この辺りじゃ一番大きいな」

「えっ……」

 クルトは驚いた表情になった。

「変な名前だな。真っ直ぐでもカーブ川なのか」

「そうだ。覚えやすいだろう。真っ直ぐでも曲がっててもカーブ川だ」


 クルトは黙ったまま、カーブ川を食い入るように見つめている。

「どうした?」ノイマンは片眉を上げた。

「ううん、何でもない!」

 クルトは首をぶんぶん振った。ちょうどその時、アイネアが走り出した。

「川なんてどうでもいいだろう。それより、あっちに行ってみたいぞ! 宿屋が見える。ジュースでも置いてるんじゃないか?」

「ああっこら走るな。転ぶぞ」

 ノイマンがアイネアをとがめる。クルトは一度だけ川を振り返り、すぐ二人を追いかけた。



 この日以来、ノイマンは毎週の説法に二人を連れて行くようになった。


 神父の話は、毎回ジャンルが違っていた。ある時は貴族の青年と平民の娘の切ない恋物語。ある時はずる賢い商人のコメディ。ある時は動物たちの寓話。神父の語り口は生き生きとしていて、つい続きが気になってしまう。

 二人は毎週の神父の話が楽しみだった。特にクルトは、これらの話に熱中していた。


 この日も帰り道で、クルトは先ほどの物語のごっこ遊びをしていた。ロバになりきったクルトは、ニワトリ役のアイネアを背負っている。そして木の裏に潜んでは、泥棒役のノイマンを驚かせた。アイネアはその度にニワトリの鳴きまねをさせられたが、ノイマンは「ワァオドロイター」と、棒読みの台詞を返すだけだった。



「は~面白かった! 早く次の日曜日にならないかな」

「さっき話を聞いたばかりだろう」

 アイネアはくすりと笑った。

「だって、面白いんだもん」

 クルトは後ろで歩いているノイマンを振り返った。

「ねぇ、ノイマンも何か面白い話を知らない?何か聞かせてよ」

「俺が? みんなが知ってるようなのしか知らねぇぞ」

「それでもいいから!」

「ふむ……家にも何冊か、物語の本があったはずだ。そんなに物語が好きなら、貸してやるよ」

 クルトの表情が曇る。

「本なんか貸されたって……僕、文字は読めないし……」

「だったら覚えればいい。教えてやるよ」

「えっ、ノイマンが?」

「他に適任者がいねぇからな。アイネアもかろうじて読みはできるが、書きは酷いもんだしよ」

「ぐぬ……」

 アイネアはうなった。人間の怨念を集める過程で何となく文字を覚えたものの、しっかりとした教育を受けたことは無かった。読む程度なら何とかできるが、書いたり、ましてや人に教えるだなんてできない。

「お前の字の汚さは、もはや芸術だぞ。この際だから矯正してやる」

「ぐぬぬ……」

「わぁ……! ありがとう! ノイマンありがとう!」

「こっこらっ。私をおんぶしたままジャンプするなっ」



 こうして、午後に勉強の時間が作られた。

 二人は時間になると研究室の机に羊皮紙とペンを広げた。机に散らばっている実験器具や材料は、この間だけ端に追いやられる。

 アイネアは覚えが早く、3日もしないうちに詩を20篇も覚えてしまった。一方クルトは優秀ではなかったが、熱心に取り組んでいた。彼は水くみが終わると、研究室でノイマンから出された課題と向き合っていた。


「だーから! 貴様の方法はまだるっこしいんだよ! 煮沸までする必要はなかろう! 蒸留の時点で必要な成分のみ抽出できる!」

「その成分を放置した馬鹿はどこのどいつだ? それにアイネア、また手洗いをサボりやがって! テメェを煮沸してやろうか、アア⁉」

「上等だ! やれるものならやってみろ!」

 部屋に魔法と器具が飛び交う中、クルトは黙々と勉強を続けた。



 クルトが文字を教わり始めてからほどなく。

 クルトが庭園でみずやりをしていると、小屋からノイマンが飛び出してきた。部屋からは何やら、アイネアの怒鳴り声が聞こえる。

「クソッ!」

「あははっ、今日の喧嘩はノイマンの負け?」

「アイネアの奴、頭を噛んできやがった。野生動物かよ⁉」

 ノイマンは後頭部を手で抑える。


「僕、ちょっと様子を見に行ってくるよ」

 クルトは家に入っていった。研究室のドアを開くなり、靴が飛んで来た。クルトの頭上を飛び越えていったあたり、ノイマンの顔を狙ったに違いない。

「アイネア、僕だよ」

「なんだ、クルトか」

 もう片方の靴を構えていたアイネアは、椅子にどっかり座り込んだ。

「あのモヤシ頭に伝えておけ! レディーの屁が臭くなる魔法を試したいなら、貴様の貧相なブツをちょん切って、自分に使えってな‼」

 アイネアはしっしと手を振った。風に包まれたクルトは、小屋から追い出された。ふわりと降り立ったクルトは、外で待っていたノイマンと目が合う。


「……しばらく戻らない方が良さそう」

 ノイマンはため息をついた。

「声がここまで聞こえたぜ」

「何であんなに怒ってるんだろうね。おならなんて元々臭いんだから、もっと臭くなったって平気だろうに」

「だよなぁ⁉」

 ここにアイネアが居たら、二人に飛び蹴りをしていただろう。


 ノイマンが庭に座り込んだ。

「はぁ……ちょっと休憩すっか」

 そして庭園で育つみずみずしい薬草に、ほうと息を巻いた。

「見事なもんだな。お前に任せてから、生き返ったみてぇにぐんぐん育ってるぜ」

「えへへっ、薬草は初めてだけど、上手くいって良かった」

「いやマジですげぇな。植物の世話に慣れてるのか?」

「僕は農家の生まれだからね」

「ああ、どうりで。この調子で頼むわ」

「うん、僕に出来ることなら、何でもするね」

 クルトは嬉しそうにうなずいた。水やりの続きに取りかかる。


「ノイマンのおかげで、冬を越せそうだよ」

「これまでは、どうやって過ごしたんだ。家無しで暮らしてたんだろ」

「んー、ここ数ヶ月はね。親切な人の家とか、教会に入れてもらったよ。それが見つからないときは、仕方ないから、風を遮れる所で毛布に包まってた」

「死んじまうだろ」

「今までは暖かかったから何とかなったけど……このまま冬を迎えていたら、死んでいただろうね。アイネアも風邪で死にそうになってたし……」


 クルトが閉口する。

「……院に帰ることにもなったかも。でも、帰ったら何されるか……」

「院?」


「僕ら孤児院にいたんだ。でも院長先生が事故で死んじゃって、跡を継いだ人が、すっごく意地悪だったんだ。だから院を抜け出して、町で暮らしてたんだよ」

「えっと、じゃあお前たちはずっと孤児院に居たのか?」

「アイネアはね。僕は違う。4年くらい前かな、食べるものに困ったから、お母さんが孤児院に連れて来たんだよ」

「そうか……苦労したな」

 住む場所に困るほどの生活苦を、ノイマンは経験したことがない。自分よりも一回りも小さな二人の苦労を想像し、同情に堪えなかった。

「んー……そうかも? でも今は楽させてもらってるよ」


 クルトは空になった水桶を片付けた。

「よしっ、これでいいかな。家に戻ろっか」

「けど、アイネアが……」

「大丈夫。もうそろそろ――」

 その時、玄関が開いてアイネアがひょっこり顔を出してきた。

「お腹空いた。おやつ食べたい」

「ふふっ、ほらね」

「流石だな」

 二人は笑いあった。



 この数日後、クルトが居なくなった。

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