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第5話 グレンダール家での暮らし

 アイネアは見知らぬ部屋で目が覚めた。

 広くない部屋だ。壁いっぱいの本棚には、本がぎっしり収められている。

「ここは……どこだ……?」

 自分が寝かされていた場所を見る。大きくて柔らかいベッドだ。寝心地は良いが、少しほこりっぽかった。

 すぐ横には、同じ布団にクルトが眠っていた。すやすや寝入っている彼は、怪我もしていない。アイネアはホッとした。

「クルト」

 アイネアは彼をゆすり起こした。

「んん……おはようアイネア。良かった、目が覚めたんだね」

「おはよう。……あの後、どうなったんだ? 私たち、魔獣に襲われたよな」

「怖かったよね。でも知らないおじさんが来て、助けてくれたんだ。アイネアの怪我も治してくれたんだよ!」

「そのようだな……」

 包帯の巻かれた腕を見る。血は止まっている。


「ノイマンに教えよっと」

 クルトはすっくと立ち上がり、扉に突進して行った。

「ノイマン……?」

 クルトが言った名前に、アイネアは聞き覚えがあった。

(昔に会ったことがある人間か……? 何だろう、なぜかムカムカする……)

「ノイマーン! アイネア起きたよ。元気だよー!」

「……そんなにデカい声を出さなくても、聞こえている」

 銀髪の男が、気だるげに部屋に入ってきた。

「き、貴様は――!」

 アイネアは大きくのけぞる。


「ノイマン・グレンダール‼」


 男は怪訝な顔をした。

「あ? 俺のことを知ってんのか」

「知ってるも何も……」

 アイネアは歯ぎしりし、ノイマンをにらむ。


(貴様のせいで、私は封印されたのだ‼)


 かつて、人間として非業の死を遂げたアイネアは、この国に巣食う怨念となった。

 怨霊アイネアは人間に復讐するべく、王国に呪いをふりまいていた。人々から生気を奪い、悲観的にさせ、希望を奪う呪いだ。そこに、一人の魔術師が立ち上がった。


 王国きっての天才魔術師、ノイマン・グレンダール。彼はアイネアの枯れた遺体を五つに裂き、それぞれバラバラに封印を施した。核となる身体が封印されたことで怨霊アイネアの魂は封印され、王国に平和が戻った。


(思い出すだけで腹が立つ……! ノイマン・グレンダール!)


 アイネアはハッとした。

「ということは、あの氷の矢は貴様の魔法か!」

「あー……まぁ、そうだ」

 ノイマンはバツの悪そうな顔をした。

「あれのせいで死にかけたんだぞ!」

「……すまん。まさか子どもが空を飛んでるとは思わなくてよ。魔物かと思っちまった」


「まぁまぁ、アイネア。助けてくれたんだから、いいじゃない」

 クルトはなだめようとするが、アイネアはノイマンをにらんだままだ。

「私が血を吐いたのも、貴様のせいか?」

「あれは違ェ。魔力の使い過ぎでヘバっただけだ」

 ノイマンは首を振った。

「魔法使用時の咳と倦怠感から始まり、重症化で吐血、意識混濁。典型的な急性魔力欠乏症だな。魔力制御の未熟な学徒に多い症状だ。お前みたいに小さい奴がなるのは珍しいが」


「治るの?」

 クルトは心配顔だ。

「飯を食ってよく寝ればすぐ治る。現にコイツも無事に目を覚ましたろ」


 ノイマンは椅子に腰かけた。アイネアの敵意など、気にしていない様子だ。

「ともあれ、アイネアとやら。お前に話がある」

「私に……?」

「あの魔物をあそこまで追い詰めたのはお前だ。信じられないほどの魔法の練度だ。誰に習った?」

「独学だ」

「嘘だろ」

「本当だ」

(過去に巻き戻ったなど、こいつに話す義理はない)

 アイネアはフンッと鼻を鳴らした。


「こっちも聞きたいことがある。ノイマン・グレンダール。あの魔物は何だったんだ? あんな凶暴なやつが町の近くに出るなんて」


 次はノイマンがはぐらかす番だった。

「お子様には関係のないことだ」

「私は子どもではない!」

「どの口で言ってんだ」


「僕たち、あと少しで死ぬところだったんだよ! あんな危ないやつが居るなら、これから先、誰も森に入れなくなるよ」

「もう居ないから平気だ」

「なんで平気だって分かるのさ。どっかに子どもがいるかもしれないでしょ」

「魔物は繁殖なんてしない」

 ノイマンがぶっきらぼうに答えた。

「そうなの?」

「普通の生き物とは違うんだ、魔物は」アイネアが説明を付け足す。


「それよりも、アイネア。本題に入るぞ」

「何だ」

 ノイマンがニヤリと笑った。


「お前の魔法の才能は目を引くものがあるな。お前、ここに居ろ」


「はァ⁉」

「前から、俺の研究を手伝ってくれる奴が欲しかったんだ」

「うわぁ! やったねアイネア! すごい!」

 クルトは手を叩いて喜んだ。


「いやいや! 断るに決まっているだろう」

「何故だ。その小僧と少し話をしたが、みなしごなのだろう。行く宛ても無く、町を浮浪していたと聞いたぞ」


「私はクルトとの生活を気に入っているんだ。クルトと離れ離れになるなら、どんな豪華な生活だってお断りだ!」


 はっきりと断言するアイネア。クルトはびっくりした顔でアイネアを見た。

「ふむ、じゃあその小僧も連れて来ればいいだろ」

 あっさりとノイマンは言った。

「……いいのか?」

「一人も二人も変わんねぇ。雑事を任せる者も欲しかったところだ」

「すごい、すごい! ここに住んでいいの?やったー! ねぇねぇアイネア、これで毎日、寝る場所の心配しなくていいんだよ!」

 クルトの嬉しそうな顔を見て、アイネアは何も言えなくなってしまった。



 ノイマン・グレンダールと暮らし始めて数日が経った。

 一つ分かったことは、この男がとんでもなくぐうたらということだ。

 朝にノイマンを起こしに行くことが、アイネアたちの習慣になった。放っておくと彼は、昼過ぎまで寝ているのだ。


「起きてー!」

「起きろ! ぐうたらー!」

 クルトがノイマンにかぶさり、大きくゆする。アイネアはフライパンにお玉を打ちつけ、うるさく鳴らした。


 ガンガンガン!


「起きて! 朝だよー! おはよー!」

「う、うう……」

「おはよー! もう起きて!」

「起きろ起きろ〜!」

 ガンガンガンガン!

 20回ほどゆすると、根負けしたノイマンがのっそり身を起こした。

「ゆらゆらフライパン作戦、成功だね!」

 クルトとアイネアはハイタッチした。


「ほら起きろ! 朝ごはんを用意してやったぞ」

 アイネアがノイマンの大きな背中を押す。

「ほっかほかのおかゆ! 早くしないと冷めちゃうよ」

「ふわぁ……」

 ノイマンは大きなあくびをした。彼が椅子に誘導した二人も、それぞれの椅子に飛び乗った。

「神よ、ふぁ……恵みに感謝いたします」

 ノイマンがあくび混じりに祝詞を言う。

「ふわ……いただきます」

「いただきまーす!」


 朝食を食べ終わったら、研究の時間だ。


 彼の研究室は、変な鉱石やよく分からない道具、分厚い本でいっぱいだ。お世辞にも片付いているとは言えない。

 壁には所狭しと何かの図面やスケッチ、方程式が貼られている。床には見たことのない石や何かの巻物が乱雑に置かれていた。アイネアは床の道具につまづかないよう気をつけながら、自分の椅子に着く。


 今日の仕事は、様々な品種の葉っぱを片っ端からすり潰す作業だ。アイネアは小さな手で、乳棒を握りしめる。砕いた葉っぱをこぼさないよう気をつけながら、ゴリゴリとすり潰していく。


 彼女の作業をのぞき見、ノイマンは、

「貸せ」

 アイネアの乳棒をするりと抜き取った。

「さっきのやり方だと均等に潰せない。こうしろ」

「別にこれでもいいだろう」アイネアはぶーたれた。

「駄目だ。やり直せ」

「くっそぉ」

 ノイマンはアイネアがペースト状にした葉っぱを小分けにし、何やら薬品と混ぜる。そしてノイマンが指を振るうと、葉っぱの色が赤く変化した。すかさずアイネアは傍に準備しておいた砂時計をひっくり返す。

 しばらく置いた後、大抵は何やらメモを書きとり、ぽいっと捨ててしまう。たまにノイマンは顔をしかめたり、意味ありげに頷いたりする。



 二人が研究をしている間、クルトは家畜への水やりや、庭園の世話をする。たまに手持ち無沙汰になると、実験の様子を眺めに来る。

「今は何の実験をしてるの?」

「葉っぱに色変え魔法を使用した際の触媒別におけるカラーチャートの作製、及び効果時間の検証」


「それ、何か役に立つの?」

「命題を直接求めるには弱いが、副次的な論拠に繋がる可能性がある。視覚的な分かりやすさは客観性を担保しつつ……」

「えっと、つまり?」


「何の役にも立たん。今のうちはな」


 ノイマンの言葉に、アイネアがすぐさま反論した。

「実用化すれば有用だろう。野菜をみずみずしい色に変えられれば、八百屋がこぞって使いたがるぞ」

「魔法を使うコストと、得られる利益が釣り合わねぇだろ」

「だから、魔力消費を抑えつつ、多くの野菜を変色させられる方法をだな……」

「そんな事せずとも、新鮮な野菜を店に並べればいい。多少目劣りする野菜でも、欲しがる奴はどんな物でも欲しがるだろう」


 そもそも、とノイマンは付け加える。

「この魔法が人体にどんな影響を及ぼすか不明だ。健康に害を及ぼす可能性がある。それが分からねぇうちは、実用化なんぞ二の次だ」

「大げさだなぁ。葉っぱを数枚、食べるだけだろう」

「お前なぁ……」

 ノイマンは呆れ顔だ。この世界に公害や生物濃縮の概念は、まだない。


「なんか難しいことをしているんだね」

 ずっと聞いていたクルトが間に入った。

「でもさノイマン、役に立たないなら、何で研究してるの?」


「……魔力測定器を作製するためだ」


「魔力……ケーキ?」

「魔力測定器」

「魔力なんて測ってどうするのだ」


「魔法が自然現象に与える影響を精査するためだ。今の科学では、魔法と物理法則の差異を推し量ることが困難だからな」


「どゆこと?」

 クルトは頭をひねっている。

「そのままの意味だ」

「だから、それが意味わからないんだ」

 アイネアももどかしく思った。

「あー…………」

 ノイマンは少し考えて、


「面白そうだから。趣味、暇つぶし」

「働かないの?」

 クルトは可哀想な人を見る目になった。

「仕事、紹介してあげよっか?」

「必要ねぇ。金ならある」

「王国イチの魔法使いだからな……」

 にくにくしげにアイネアは呟いた。


(こいつさえ居なければ、私は封印されずに済んだのに……。貴様のせいで、300年も身動きが取れなかったんだぞ)


「ノイマンすごいもんね。あの魔獣だって、バーン! ってすぐ倒しちゃったんだよ」

 クルトがキラキラとした目でノイマンを見ている。アイネアは負けじと声を張り上げた。

「わ、私だって本調子なら負けなかったぞ! ノイマンがバーンなら、私はドババーンだ‼」

「実際、あの魔物にあそこまで善戦できていたのは驚いた。独学だなんて信じられねぇ」

「う、嘘なんてついてないぞ」

「はいはい、そういう事にしてやる」

 ノイマンは思い切り訝しんだ。

「ある日突然できるようになったんだって」

「わ、私は天才なんだっ」

 アイネアは目を逸らした。


 その時、ドアの隙間から、ヤギがのそのそ部屋に入ってきた。

「わわっ、ダメだよ〜中に来ちゃ! 餌ならこっちにあるから」

 あわててクルトがヤギを連れて出ていった。アイネアもクルトに続いた。


 クルトに誘導されたヤギは陽だまりの中で、ゆったりと草を頬張り始めた。

「食いしん坊だなぁ、貴様は」

 アイネアはヤギをなでた。

「アイネアみたいだね」

「クルトみたい、の間違いだろ」

 軽口を叩きながら、二人はニヒヒと笑った。


「今日は暖かいな」

 アイネアは伸びをした。

 森の中にあるこの家は、小鳥のさえずりがよく聞こえる。お昼寝をしたら、気持ちよさそうだ。

「改めて見ると、立派な家だよね」

クルトが小屋を見上げた。

「森の中に、よくこんなのを建てたよね」

「たぶん、魔法で作られているな」

「分かるの、アイネア?」

「ああ。土の魔法……の一種だろうが、もっと高度な……何だろうな。詳しくは分からんが、間違いなく材料か、組み立てか、あるいはその両方に魔法が使われている」

「ノイマン、すごいね!」

「悔しいが、確かにすごい」


 アイネアも魔王の頃、自分の城を作ったことがある。だからこそ、分かる。この家に込められている魔法は、最上級のものだ。そもそも魔法に限った話ではないが、大きくて頑丈なものを作るのは大変だ。


「アイネア、先に戻ってて。僕は水汲みに行ってくるから……よいしょっ」

 クルトは玄関に置いてあった桶を持ち上げた。

「うん、頑張ってな、クルト」


 アイネアが部屋に戻ると、ノイマンは集中して紙にペンを走らせていた。

「……ツレはどうした」

 顔を上げぬまま、ノイマンが聞いてきた。

「ツレ? クルトのことか。水汲みに行ったぞ」

「そうか」

 ノイマンはぶっきらぼうに返すと、黙ってしまった。

(興味があるのか、無いんだか。いまいち掴めん男だ……)


 アイネアも葉っぱをすり潰す作業に戻った。今日はあと、15種もすり潰さなければならない。



「飽きた…………」

 3種をすり潰したあたりで、アイネアの手が止まった。

「ノイマン、飽きた」

「うん?」

 ノイマンが顔を上げた。


「飽きた! 朝からずーーーっと、すりすりすりすり……。手首も痛い。他の事がしたいぞ! かくれんぼとか!」


「まだ始まったばかりだろうが……。文句言わずに続けろ。給料をやるから」

「う〜……」

(あ、そうだ。風の魔法で道具を操ればいいじゃないか!)


 アイネアは乳棒を机に置き、指を振るった。道具が踊るように舞い上がり、葉っぱをすり潰す。

(調整が難しいが、こっちの方が楽しい! 魔法の練習にもなるし、一石二鳥だなっ)


「ストップだ」ノイマンが指を鳴らした。


 途端、道具が力を失い、机に転がった。

「魔法は使うな。実験結果に響く」

「な、何ィ⁉」

 アイネアはうんざりした。

「ちょ〜っとだけでも駄目なのか?」

「駄目だ」

「ケチ!」

「ケチじゃねぇ」

 途中、水汲みを終えたクルトが手伝いに来てくれた。結局この日は一日中、葉っぱと向き合っていた。



 日が傾き始めると、夕食作りの時間だ。夕食を作るのも、二人の立派な仕事だ。


 じゃがいもの皮をむいていると、ノイマンがキッチンにやって来た。

「あれ、ノイマンどうしたの。お腹空いちゃった?」

 クルトが振り返った。

「いや、食材を見せてくれねぇか」

「? ああ」

 アイネアはじゃがいもを差し出した。彼はじゃがいもをしげしげと観察した。

「うーむ、やっぱり腐ってねぇな」

「何か気になることでも?」

「最近、やけに腹をくだすんだよ。食材が腐ってるのかと思ったんだが、違うみてぇだな」

「流石に腐ってたら、料理に入れたりしないよ」

 クルトが苦笑した。

「風邪か?」

「風邪って感じでもねぇんだよな……」

 そこまで言ったところで、ノイマンがふと、二人の手元を見やった。

「……なんかお前ら、手が汚くねぇ?」

「喧嘩を売ってるのか。葉っぱを一日中すりすりさせたのは、貴様だろう」

「そうじゃなくてよ。ホコリっぽいつーか何つーか……」

 ノイマンの頬に、冷たい汗が伝った。

「一応聞くが、料理の前に手を洗ったか?」


「手? 洗ってないけど?」


 あっさりとクルトが答えた。庭園の世話を任されている彼の手は、土と肥料まみれだ。


 ちなみに肥料は、動物のフンや腐った食材から作られる。


 ノイマンがあんぐりと口を開けた。

「まさか、今までの料理も全部…………」

 ノイマンの顔が青ざめていく。

「ホ、ホゲェーーッ!」

 ニワトリのような声を上げて、ノイマンは卒倒した。


 それからというもの、料理はみんなで作るのがお約束になった。



 夕食を終えて体を洗ったら、眠る時間だ。

 二人の部屋は、古臭い書斎のような部屋だ。ノイマンが言うには、一緒に暮らしていた老人の部屋だったらしい。アイネア達が来る半年前に亡くなり、以来誰にも使われていなかったそうだ。本でいっぱいのこの部屋は、程よい狭さが落ち着く。

 アイネアとクルトは一緒の布団に潜る。一人用のベッドだが、体の小さな二人には丁度良い。

「おやすみ、アイネア」

「おやすみ」


 こうして、グレンダール家での一日は終わるのだった。

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