第4話 森の中の出会い
「この花も枯れてる……」
クルトはしゃがみ、しおれた花をそっとすくい上げた。茶色くしぼんだ花弁にため息をつき、そのまま立ち上がる。
「気温が落ちてきたせいで、草花が枯れ始めてしまったんだな」
アイネアはカゴの花を数える。朝から探して、やっと5本。これでは作れても、いつもの3分の1くらいだ。魔女に賃料を支払ったら、さらに取り分が減ってしまう。
「これじゃ薬の材料を採れないね」
「ああ……」
(予想はしていたことだ。枯れる前に、ある程度の蓄えをしたかったが……考えが甘かったか)
うつむくアイネアを見て、クルトは励まそうと笑顔を作った。
「アイネア、今日はもう少し遠くに行ってみよう。大丈夫、きっと見つかるよ!」
「そうだな……」
そう返事をしたものの、アイネアの表情は優れない。
(また別の稼ぐ手段を見つけなければ……。この冬をクルトと乗り越えたい)
アイネアの深刻な顔に、クルトは思案した。
(アイネア、元気ないな。ここ最近、仕事にやる気だったもんね)
クルトは腕組みする。
(アイネアが元気になれるもの……うーん……、そうだ!)
「ねぇアイネア、この間使ってた魔法、すごかったね! また見せてよ」
「魔法? いいが……」
「どんな魔法を使えるの?」
「色々使えるぞ。例えばこれだ」
アイネアの回りにそよ風が吹いた。柔らかな風に舞い上がるように、アイネアの身体がふわふわと浮いた。
「隠れんぼのときにやってた魔法だね! すごい!」
「ふふん、それほどでもないぞ!」
クルトに褒められて、アイネアは得意顔だ。
(よしっ、アイネアが元気になってきたぞ〜)
「すごいすごい! アイネア、すごい!」
クルトは大げさにアイネアをヨイショする。
「風の魔法はとても便利なんだ。威力を高めれば、攻撃にも使える。こうして手を振ると……そら!」
アイネアが手刀を振るうと、一迅の風が吹き、木が両断された。
クルトが目を丸くした。
「それ、薪を作れるんじゃない?」
「薪……? 薪か。なるほど、その手があったか」
薪は、寒い冬こそ需要が高まる。子どもの力では大変な仕事だが、魔法があれば、うまいこと稼げるかもしれない。
「せいや!」
アイネアが手を振るうと、先ほど切り倒した樹木が、3等分された。
「すごい! すごいよアイネア! こんなこと、大人だって簡単にできないよ」
アイネアは得意になって、木を細く短く切断していった。クルトは大喜びだ。
「すごい! これなら大金間違いナシだよ!」
「はぁ……はぁ……そうだろう!」
「アイネア……大丈夫? 顔が真っ青だよ!」
「え、そうか……? ゲホッ」
頭がくらくらして、喉に焼けるような痛みがある。アイネアは大きく咳き込んだ。
「ちょっと休憩しよう。ごめんね、無理させちゃったね」
「無理なんて、していないぞ……」
「いいから!ほら座って」
(確かに、体が重い。この程度の魔法を使ったくらいで、疲れるわけがないのに。いや……)
アイネアは自分の手を見つめた。小さく、幼い子どもの手だ。
(今の私は、ただの人間だ。魔王の頃と勝手が違うのは、当然か)
二人は切ったばかりの丸太に腰かけた。
「はい、パンだよ。いっぱい食べてね」
クルトの差し出してくれたパンを、アイネアは夢中で頬張った。
「やっぱり魔法なんて、使わないほうがいいね」
「さ、さっきのは、はしゃぎすぎただけだ! もっとすごい魔法だって使えるぞ!」
アイネアはぴょんと立ち上がった。少し座ったおかげで、体はずいぶん楽になっていた。
「これはとっておきだぞ!耳を塞げ」
アイネアは息を深く吸い──
「わ あ ! !」
「わっ⁉」
「ふはははは! ビックリしたろう。声を大きくする魔法だ!」
「確かにすごいけど、これがとっておき?」
「なんだ、不満か?」
「だって、浮かび上がるほうがずーっとすごいよ! 大声を出すだけなんて、なんか地味」
クルトのしらけた顔に、アイネアは慌てる。
「大声の魔法はすごいんだぞ! 声を遠くまで届けられるし、なんと言っても威厳があるっぽく見える!」
魔王時代に、大声魔法は大活躍だった。敵に使えば威圧できるし、味方に使えば命令がしっかり届く。最も愛用した魔法と言っても過言では無い。
「大声なんて僕でも出せるよ。うぉーーん‼」
クルトが狼の鳴き真似をした。
「他には? 他に魔法はないの?」
「他には……」
(周辺を焼き尽くす魔法とか、人を悪夢に誘う魔法とか、毒沼を作る魔法とか……)
アイネアの頬に冷たい汗が流れる。
(うーん、ロクなものがない!)
「無い!」
「……なんか隠してる?」
「無い! ないったら無い!」
アイネアは森の奥に走り出した。
「わわっ、待ってよアイネア〜!」
クルトはカゴを抱え、慌ててアイネアを追いかけた。
その後、二人は森の奥で薬草を探し続けた。
いつの間にか夕方だ。木々の生い茂る森は、一気に暗くなってしまった。
「もうこんな時間か〜」
「町に帰る頃には、夜になっていそうだな」
「でも、おかげで花が採れたね。これでまた薬が作れるよね」
遠くに鳥が飛んだのが見え、
「――!」
アイネアが急に立ち止まった。
「……急ぐぞ、クルト」
「うん? ああ、お腹空いちゃった?」
「魔物がいる」
アイネアの言葉に、クルトの表情がこわばった。
「どこ?」
「まだ遠い。でも、魔力を感じた」
クルトは落ちている木の枝を拾い上げた。武器になりそうな、頑丈な枝だ。
(まだ気づかれてない。こっそり離れれば大丈夫だ)
二人は息を潜め、道を引き返した。
「アイネア、心配いらないよ。僕がついてるからね。昔、家に入ってきた奴と戦ったことがあるんだ。お父さん達と戦ったら、勝てたよ」
クルトがささやいた。
「こういう棒でね、沢山叩くと倒せるんだ。だから大丈夫だよ」
アイネアをなだめるように、優しく微笑む。アイネアはあいまいに笑い返した。察知した魔力は強そうだった。普通の子どもが勝てる相手ではない。
急いで、しかし静かに。森の中を歩き進む。
突然、刺すような殺気。アイネアの背筋がぞくりとした。
「気づかれた――!」
アイネアが叫んだ。
凄まじい速さで、魔力の発生源が近づいてくる。
「掴まれ、クルト!」
「!」
クルトはとっさにカゴを捨て、アイネアにしがみついた。アイネアはクルトを抱え、魔法で浮かび上がった。
(くっ、二人だと重い!)
木の上まで浮上し、全速力で飛ぶ。夕暮れの向こうに町が見えた。
「はぁっ、はぁっ!」
「アイネア、大丈夫⁉」
「だ、大丈夫だ。うっ」
視界がぐらりと歪んだ。魔法が乱れて、ふらついた。
――そのわずか頭上を、高速で何かが飛来していった。
「は――?」
アイネアがかろうじて視認できたのは、きらめく氷の塊だった。鋭利な形をしていたように見える。
動揺で魔法が維持出来なくなったアイネアは、そのまま森に落下していった。
「っくぅ!」
着地の寸前、クルトがアイネアを抱きしめ、ごろごろ転がった。
「いったぁ……。ギリギリセーフ!」
「あ、ありがとう、クルト」
(あのまま飛んでいたら、し、死んでいた……)
アイネアは汗がどっと吹き出した。心臓がばくばく鳴っている。緊張で指が震えた。
先ほどの氷の矢。あれは迫りくる魔物とは、全く別方向から飛んできた。つまり……。
「魔物がもう一体いる⁉」
その時、背後の茂みが、ざわめきたった。
アイネア達よりも大きな魔物だった。頭はイノシシに似ている。四肢は猫のようにしなやかで、胴は牛に似てがっしりしていた。
「キマエラ? ……の、一種か」
アイネアの頬に汗が伝った。
(キマエラはもっと山奥に出現するはずだ。何故、こんな人里近くに?)
「グルルル……」
「アイネア、逃げて!」
クルトの叫びと魔物の唸り声に、アイネアは我に帰った。
「考えている場合ではないか」
アイネアは構える。
「クルト、耳をふさげ」
「う、うん!」
クルトが両手を耳に当てたのを確認し、アイネアが深く息を吸い込んだ。
「失 せ よ ! !」
魔力が音となって、辺りをビリビリ響かせる。魔物が大きくのけ反った。
「どうだ。獣相手には、これが一番効く」
大抵の魔物は、これで逃げ帰る。獣型の魔物ともなれば、音に敏感な個体が多い。
消費魔力も少なく、効果は絶大。ゆえにとっておきの魔法なのだ。
しかし目の前の魔物は、怯んだのもつかの間。すぐさま飛びかかってきた。
「アイネア!」
クルトがアイネアを抱きかかえ、転がる。鋭い爪が、先ほどまでアイネアが立っていた地面をえぐった。
「……凄まじい身体能力、鋭き爪、獲物への執着心。音だけでは怯まぬ、高い知性も持つときた。部下として欲しかったところだが、是非もない」
(逃げるのも駄目、脅かしても効かない。となれば……)
「戦うしか、ない……!」
アイネアは構えた。クルトも木の枝を構えている。
「クルト、魔物がもう一体いる」
魔物と見合ったまま、アイネアは語りかける。
「さっきの、矢みたいな物を飛ばしてきたやつだね」
獣型の魔物は、旋回するようにゆっくり歩いている。こちらの隙を探っているのだ。
「合流されたら、こっちの勝ち目は薄い。速攻でコイツをぶっ飛ばして、逃げよう」
「おっけー」
言うが否や、魔物が飛びかかってきた。クルトは枝をぶんぶん振り回し、魔物の鼻先を殴打した。全く効いている様子はない。怯みもせず、突進してくる。クルトはすんでのところで避けた。
アイネアは首元を狙い、風の魔法を放つ。魔物は飛び退き、避けた。
「くっ! すばしっこい!」
追い討ちで魔法を放つ。木を切り倒しながら魔物に迫り、角をへし折った。
「くらえ!」
クルトが小石を投げる。真っ直ぐ飛んでいった小石は、魔物の目に当たった。
驚いた魔獣が大きく体勢を崩した。
「今だ──!」
疾風が魔物のわき腹をえぐった。
「グオォォォォン‼」
「もう一発!」
アイネアが魔力を込め……
「ガハッ」
アイネアは吐血した。
(え……?)
魔物の攻撃ではない。痛みは、喉の奥から来たものだ。地面にしたたった血に、アイネアは目を見開いた。
次いで、脱力感。
糸の切れた人形のように、アイネアは崩れ落ちた。
「アイネア⁉」
クルトの絶叫が、どこか遠くに聞こえる。
(なんだ? なんだこれ?)
まぶたが重い。強烈な眠気に抗えず、アイネアは意識を手放した。
残されたクルトは、窮地に立たされた。
「アイネア! アイネア!」
クルトはアイネアの肩を抱き上げた。アイネアの応答は無い。口から血を垂らしたまま、ぐったり気絶している。
絶好のチャンスを、魔物は見逃さない。
真っ直ぐに獲物を見すえた魔物は、猛然と駆けだした。弱り果てた人間の子どもを狩るのに、フェイントなど必要ない。鋭い爪を立ててしまえば、それで終わる。
「く……!」
アイネアを抱えて逃げる暇は無い。クルトはとっさに、彼女へ覆いかぶさった。せめて自分が盾になろうとしたのだ。
ぎゅっと目をつむる。
冷たい風を頬に感じ、その次に襲いかかるであろう痛みに身震いした。
「…………あれ?」
しかし、予期した痛みは、いつまで経っても来なかった。辺りは恐ろしいほどに静まり返っている。
「…………」
おそるおそる、クルトが薄目を開けると……。
世界は一変していた。
氷が辺りを埋め尽くしている。静かな冷気は、魔物を生命ごと凍てつかせた。魔物はクルト達を見すえたまま、分厚い氷の中に閉じ込められていた。
森の木々も、周辺の何本か凍っていた。
はぁっと吐いた息が白く色づいた。
「何が……あったの……?」
氷の中の魔物が黒く崩れ落ちた。煙のように消えてしまうソレが魔物にとっての〝死〟であると、クルトは知っていた。残されたのは、魔石――魔物の残骸が塊になった物だけだ。中身を失った氷が、がらりと崩れた。
シャリ、シャリ。
霜柱を踏み荒らし、その足音は近づいてきた。
クルトはビクッと肩をこわばらせた。茂みの奥に目をこらす。ほどなく、足音の正体は現れた。
端正な顔立ちの男だった。白いローブ。月明かりに照らされた銀色の髪。
「ッ⁉ 子ども……⁉」
男は明らかに驚愕していた。
アイネアを抱きすくめたまま、クルトは男と見合った。




