第3話 生きるために必要なもの・後編
草むしりの仕事をした次の日。アイネアはクルトを連れて、村外れの森へやって来た。
「あれー?アイネア、また草むしり?」
「ふふ、似たようなものだ」
アイネアは森を見渡し、小さくて白い花を摘んだ。
「クルト、これと同じ花をたくさん摘んでくれ」
「いいけど、雑草を持って帰ってどうするの?美味しくなさそうだよ」
「これはな、煎じて薬にするんだ」
クルトは目を丸くした。
「薬?薬なんて作れるの?」
「ああ」
日が高くなるまで、二人はカゴいっぱいに花を摘んだ。
お次にアイネアは、町はずれの小屋を訪れた。
クルトはアイネアの手を掴んだ。
「ア、アイネア。ここって魔女が住んでる小屋でしょ?帰ろうよ。あの魔女は、悪いことをした子どもの骨をボリボリ食べるんだって」
「ただの噂だろう。そんな事をしているのだったら、私たちはとっくの昔に食べられているぞ」
「……それもそっか」
庭先では、老婆が日向ぼっこしながら茶をすすっていた。
「おや?珍しい客だね。町のみなしご達かい」
「こんにちは。錬金台を使わせてくれ」
開口一番、アイネアが言った。魔女は顔をしかめた。
「ハァ?あれは子どものおもちゃじゃないんだよ」
「分かっている。薬を調合するだけだ」
魔女はコップを置き、のそのそ立ち上がった。
「ちょうど休憩をしようと思っていたところだから、構わないけど……壊したら許さないよ。後ろから見てるからね。騒がしいいのもお断りだよ。ガキの声はうるさくて敵わない」
魔女はいぶかしげにアイネア達を見下ろした。
「好きにしろ」
アイネアは自信満々に釜へ向かった。
家屋には小さなかまどと、ふいご、乳鉢と乳棒のそろった台──錬金台があった。
意気揚々と進んでいたアイネアの足が、ぴたりと止まる。
「えっと、釜に火をつけてくれ」
魔女は「はぁ〜っ」とため息をついた。
「火をつける方法も知らないのに、釜を使おうとしてるのかい?」
「ぐぐ……!火のつけ方なら……し、知っている!本当だぞ!でも私の知っている炎魔法は、この辺り一帯を焦土に変えてしまうのだ!それだと火事になって困るだろうっ」
アイネアは悔しそうにした。
「アイネア、僕が火打ち石を使うよ。ちょっと下がっててね」
クルトが器用に火をおこした。
「でかしたクルト!よーし、後は任せろ」
アイネアは腕まくりして、錬金台に向かった。
「えーっと、確かこうして……」
アイネアは湯を沸かし、細かく砕いた白い花をぱらぱら入れた。
「へぇ、手際がいいねェ。誰かに教わったのかい?」
「まぁな」
「……?」
クルトは首をかしげる。
(アイネアが薬の作り方を教わったことなんて、あったっけ?)
「ふふふ……」
アイネアはほくそ笑む。
(私はかつて封印された後、この王国に巣食う呪いとして、非業の死を遂げた魂たちを取り込んできた)
(無実の罪で断罪された者、愛する人に裏切られた者、復讐叶わず道半ばにして斃れた者……)
(人々の悪意に晒され、絶望のまま死んでいった者達を、糧として力を蓄えた。その者たちの記憶は、私の中に残っている)
この薬の調合法も、その一つだ。これは今から50年後、とある女が発明した塗り薬だ。しかしその絶大な効能を、人々は悪魔と契約して得たものだとはやしたてた。女は悪しき魔女として火あぶりにされた。彼女は、人々を助けるために薬を作っただけなのに。
ただの少女に過ぎないアイネアは、魔王の時とは程遠く弱い。しかし、手に入れた知恵はそのまま宿っている。
「できた!!」
二人は完成した軟膏を器に盛りつけた。器は町で拾った、欠けた食器をよく洗ったものだ。今の二人には、薬壺を揃える金もない。
「ふぅん。よく作れているじゃないか」
魔女は薬を覗き込んだ。
「ありがとうな、貴様が場所を貸してくれたおかげだ」
「そりゃ良かった。じゃぁ」
魔女は手を差し出した。
「ん、なんだ?」
「賃料だよ。大切な錬金台を貸し出したんだから、当然だろ?」
「かっ金なんて持ってないぞ!?」
横でクルトが財布をひっくり返すが、ホコリしか出てこなかった。
「持ってないぃ~?仕方ないねぇ、これで勘弁してやるよ」
魔女はスプーンで、アイネアが作った薬をごっそりとすくい取った。
「ああー!いくら何でも取りすぎだぞ!」
薬は3分の1ほど減ってしまった。
「くっそぉ、意地悪魔女め」
アイネアは歯噛みした。
「はぁ……仕方ないね、これで売りに行こうか」
クルトも悔しそうだ。
二人は町の薬屋にやって来た。
「薬屋に来たはいいけど、買い取ってくれるかな?」
「ふふん、任せろ。私に考えがあるんだ」
アイネアはクルトを振り返った。
「クルトは店の外で待っていてくれ」
「ええっ? 君一人で売りに行くつもり?」
「秘策があるんだ」
クルトはしぶしぶながら、アイネアを送り出してくれた。
「何かあったら大声で呼ぶんだよ」
「分かった。行ってくる」
店に入ると、カウンターに店主が座っていた。店主はこちらに目を向けたが、来店したのが少女だと分かると、すぐに姿勢を崩した。
「この薬を買い取ってくれ」
アイネアは作った軟膏をカウンターに置いた。
「怪しい薬を売れって?できるわけないだろう」
「この店は盗賊にも薬を卸しているよな。知っているぞ」
店主がギクリと肩をこわばらせた。
「でも、仕入れた材料と売れた薬の数があまりにも違うことを、いつ役人に見つかるかビクビクしているんだろう? 私からの商品は正規の流通ルートを辿っていないから、そのリスクを格段に減らせる」
「しかし、質の悪い薬を売ったらウチの評判も下がる……」
薬屋の店主はそう言いながら、アイネアの薬を指ですくってみた。
(ふむ、腐ってはいないようだ)
手の甲に塗り広げる。
(こ、これは……!)
薬屋の目がキラリと輝くのを、アイネアは見逃さなかった。質の良い傷薬であると気づいたのだ。
「コホンっ。まぁ、悪くないな」
店主は表情を取り繕った。
「この出来だと、30グロングってところだな」
「そんか訳あるか!100はくだらないはずだ!」
(やっぱり!子どもだと思って、買い叩こうとしたな)
ここまでは予想通りだ。
「この量で30グロングは安すぎる。さっき出来たばかりの、新鮮な軟膏だぞ。せめて100グロングはもらわないと、割に合わないぞ」
「値段が付くだけ、マシだろう。大体なんだね、この器は。ゴミに詰めた軟膏なんて、誰が使いたがる」
「器は3回も洗って、熱湯で清めた。見た目が気に入らないなら、貴様の薬壺に詰め替えればよい」
「とにかく!文句があるなら買い取らないぞ。他を当たるんだね。まぁ、君たちみたいな、みすぼらしい子どもから薬を買おうなどという、良心的な店があれば、の話だがね」
店主はいやらしくニヤリと笑った。
「まったく、子どものくせに大人をからかうなんて、けしからんな。迷惑料として、この薬は没収するよ」
アイネアはため息をつき、押し黙った。
(全く取り合う気が無いようだ。まぁ、そうだろうな)
「分かったら、さっさと帰るんだね。これ以上うるさくすると、痛い目にあわせるぞ」
店主は虫を追い払うかのごとく、しっしと手を振った。
ごごご……。
地鳴りのような音が、店主の耳をかすめた。
「何だ……?」
音は止まない。そればかりか、棚の薬壺までカタカタと揺れ動いた。肌にびりびりと響くこれは、地震でも、大風でもない。
魔力だ。溢れんばかりの魔力が、店内を震わせているのだ。
発生源は、先ほど散々こき下ろした少女。
「な、な……!?魔法……!?」
「私が優しくしてやっているうちに、急げよ」
アイネアの身体がふわりと浮かび上がる。
「それとも、お前を消して店ごと浚うか?」
冷たい瞳が店主を見下ろした。
「わ、わかった! 悪かった!言い値で買い取るから!店を壊さないでくれ!!」
「ほほう、言い値で良いとは、なんと殊勝な。では相場の3倍で……いや……。そういうのは止めたんだった」
アイネアは床に降り立った。店内に静寂が戻り、店主は胸をなでおろした。
(クルトを連れて来なくて正解だったな。まともに交渉に取り合ってもらうために、手荒な手段を取らなくちゃいけない。悪いことはしたくなかったが)
しかし、これで交渉の糸口が見えた。
「さて、適正価格で買い取ってもらうぞ。100グロング!」
「う~~ん、でもなぁ……」
「まだ文句があるのか?」
「いやぁ、だってさぁ。君はさっき『器を詰め替えればいい』って言ったけど、これだと詰め替えるための工賃もかかるよな。80グロングが適正だろう」
「き、貴様、凄い商売根性だな……」
80グロングを持って帰ると、クルトは手を叩いて大喜びした。
「すごい、すごいよアイネア! こんなにたくさんのお金、見たことない!」
「ふっふーん! すごいだろう!」
アイネアは得意になった。このまま働けば、きっと暮らしていけるだろう。
しかし──その数日後。
「アイネア、逃げて!」
あんな事になるなんて……。




