第13話 ケルティヘーゲイ魔物事件④
出かけようと準備を整えたとき、部屋にノックする者がいた。ルッツだ。
「ノイマンさん、居るか? さっき、ウチの納屋に魔物の痕跡を見つけたんだ。害が無いか調べて欲しいんだが……」
「ノイマンなら、今朝出発しちゃったんだ」
「私が代わりに見よう」
アイネア達はルッツの家の納屋にやって来た。
納屋の土床には、人よりも大きな、茶色い布のような破片が散乱していた。
「な、なにこれ」
クルトは怖がって近づかない。
「これは……脱皮の跡だ」
アイネアは痕跡を手に取った。かさかさに乾いた皮膚だ。
「全部集めると、人よりも大きそうだな」
「脱皮って、ヘビとかがやるやつだよね。魔物も脱皮なんてするの?」
「する者もいる」
(不可視の魔物……実態がある……脱皮の習性……この皮膚の質感……)
ここでアイネアは、魔物の正体に気づいた。
「早くノイマンに知らせなければ!」
アイネアは立ち上がった。
(ノイマンは既に、魔物のいる森へ出発している。既に交戦している可能性もある。帰りを待っている時間が惜しい)
アイネアは腕組みして考える。
(彼を探し出すには、魔力を探るのが一番早い。この町でノイマンを素早く探し出せて、機動力に優れており、万が一魔物との戦闘になっても対処が可能な者……)
「……私だ!」
「どうしたのアイネア、いきなり叫んで」
「クルト。私、ノイマンのところに行こうと思う」
「君が……?」
クルトは目を見開いた。
「ダ、ダメ! ダメだよ! 絶対ダメ‼」
「だが、私ならノイマンを手助けできる」
「だとしても、危なすぎる!怪我するかも……ううん、最悪、魔物に殺されちゃうかもしれないんだよ!」
クルトは両手を広げ、アイネアの前に立ちはだかる。
「アイネアが行くなら、ぼ、僕も行くから!」
(だよな。私がクルトの立場だったら、同じことを言うだろう)
らんらら、らーんらー。
アイネアの脳内に、旋律が響く。美しくも不気味な、あの歌が。
『くすくす、アイネア。迷ってるんだね』
鈴を転がすような、可愛らしい少女の声がする。
『いいじゃない、憲兵にでも情報を伝えて、宿で待っていましょうよ。魔物と戦うのは怖いでしょ』
あの女の姿を借りて、自分の弱さが語りかけてくる。
『痛いのは、嫌でしょう。クルトと離れるのは、もっと嫌。ノイマンならどうせ勝てるし、平気よ』
(……うん、彼なら、この戦いでも生き残るだろう。私が居なくても、きっと魔物に勝てる)
『そうよ。だったら……』
(でも、独りで戦う心細さは、私が一番よく知っているから)
「ありがとうクルト。その気持ちが、何よりも心強い」
アイネアはクルトをぎゅっと抱きしめた。
クルトの視界に、光がちらついた。
「え、あれっ?」
クルトは目を丸くした。アイネアをまじまじと見つめる。見間違いではない、アイネアの身体が、白い光をまとっていた。
「なにこれ、え、アイネアどうしたの」
「きっとクルトの気持ちが、魔法になったんだ!」
「魔法……僕が?」
クルトは困惑していた。アイネアは手を差し出した。
「クルト、念じながら私の手を握ってくれ」
「う、うん……」
クルトはおずおずと手を握る。
「……ノイマンを助けたい。アイネアにも無事でいてほしい。魔物を倒したい……」
「もっともっと!」
「みんなを助けたい!」
アイネアがまばゆく光った。
「力が溢れてくる!」
「え、そうなの⁉ すごい、すごい! 僕も魔法を使ってみたいって思ってたんだ!」
「きっとみんなを想う気持ちが、奇跡を起こしたんだ」
アイネアは浮かび上がった。
「これなら魔物にも勝てる! 行ってくるぞ!」
「う、うん。気を付けてね。無事に帰ってきてね‼」
「ああ!」
アイネアは上空を飛んでいく。その姿は、青空を貫く流星のようだった。
「……ごめんクルト、嘘ばかりで。悪い子でごめん」
さっきのは、ただの魔力だ。魔法でも、奇跡でも何でもない。クルトに送り出してもらうだけの、詭弁に過ぎない。その証拠に、町から離れて森の上空を飛ぶアイネアから、光は失せている。
「だがきっと……絶対に良い未来を掴んでみせる‼」
ノイマンの放った氷の矢は、森の奥に飛来して消えた。手応えは無い。
「チッ、速ェな!」
不可視の魔物の対抗策として持ってきた塗料も、当てられなければ意味がない。
死角から物音がし、ノイマンは身をかがめた。ビッと鋭い音が頭上ではじけて、それが魔物の攻撃であったと悟る。彼は森の中を走り回る。一際大きな木に身を隠したノイマンは、息を整えた。
「何とかして、隙を作らねーと」
魔力の微量な揺らぎを感知し、ノイマンは反射的に氷を放った。俊敏に動く影が、彼の魔法を避けた。
「うわっ! あっぶないぞ!」
すかさず追撃しようとした腕が、聞き覚えのある声で止まる。
「なっ! お、お前っ……」
「ハーハッハッ! 苦戦しているな、ノイマン・グレンダール‼」
太陽を背に、高笑いをする影が一つ。鳥か? 魔物か? いや違う――アイネアだ!
「驚いているか? 驚いているな! そしてそれは――貴様も同じことだっ!」
アイネアが上空から急降下し、魔物に蹴りを繰り出す。アイネアの蹴りを喰らった不可視の魔物は、ふらつく。そしてその姿をあらわにした。人よりも大きな、トカゲに似た魔物だ。
「ふっ、驚くと固まるのは、人も魔物も同じだな」
アイネアは優雅に降り立った。
「な、なんで来やがったお前‼」
「なんでって、助けに来たに決まっているだろう」
あっさりと言うアイネア。ノイマンは驚きのあまり、開いた口が塞がらない。
「土産もあるぞ」
「土産……?」
「不可視の魔物の、正体についてだ」
アイネアとノイマンは横に飛んだ。二人の居た場所に、魔物の見えざる攻撃が来る。攻防の間に、アイネアは言葉を紡ぐ。
「奴の名前はカエレオン。舌が長い爬虫類型の魔物だ。昼は魔力を蓄え、夜に狩りをする。その皮膚は日光で魔力を生成するため、木の葉に近い性質を持つ。つまり、奴の迷彩能力は……」
ノイマンがハッとした。
「――葉っぱの色変え魔法か!」
「その通り!」
木を這う魔物に、アイネアは魔法を放つ。木の幹に同化していた魔物は、赤く染まった。魔物は身をくねらせながらノイマンの氷を避け、再び体の色を変化させた。
「塗料をぶつけるより、魔法なら素早く相手に命中させられる。これで戦いやすくなるはずだ」
「もっといい方法があるぜ」
ノイマンがニヤリと笑った。
「なんだと?」
「お前の情報を聞いて思いついた。敵が避けるなら、避けない相手に魔法を使えばいい」
ノイマンは杖をかざした。葉を残す木々が、その幹ごと鮮やかな青に染まった。彼を中心として、文字通り、景色が塗り替えられていく。
「そうか! 潜むための草木に魔法を使うのか!」
視界の端で、何かがうごめいた。反射的にノイマンの魔法を避けてしまった魔物は、緑のままだ。
「そこだ!」
アイネアが旋風を飛ばす。魔物に命中し、尻尾を切り落とした。
魔物は体の色を青く変え、茂みに溶け込んだ。
「コイツ、周囲の色に合わせてきたか!」
アイネアが舌打ちした。ノイマンは顔色ひとつ変えず、杖を振るう。
「想定内だ」
お次は植物が赤く染められる。青い魔物は慌てふためいた。体を赤く変化させる。すぐさま景色は緑に変わる。体を引き裂く風が飛んでくる。
紫、黄色、白、再び赤。
「すごい……」
思わずアイネアは呟いた。
魔法とは、現実を塗り替えてしまう力。世界の法則に干渉する術だ。当然ながら、人間が世界に影響を与えることは簡単ではない。
(それをこうも、この若さで自在に操ってみせるか。悔しいが、彼の実力は本物だ)
茂みの奥から、魔物の舌が突き出した。ギリギリで避けるアイネア。紺色の髪が数本、宙を舞う。ノイマンの魔力が乱れたのを感じた。
「集中しろ!」
アイネアが叱咤する。
「分かってる、っと!」
魔物の攻撃を木の幹で防ぎ、再び色変え魔法を使う。すかさずアイネアは魔物に攻撃をする。
ダメージは確実に入っている。
「ゲホッ」
ノイマンが苦しげに咳をした。魔力の使い過ぎだ。
「大丈夫か!」
「平気だ、こんくらい」
とは言うものの、ノイマンの顔色は悪い。
(当然といえば当然か。消費魔力が少ない魔法とはいえ、こうも広範囲に連発していては)
「さっさとケリをつけるぞ」
目まぐるしく変わる景色の中、アイネアは再び旋風を放った。魔物のうめき声が、森に響く。奴の動きは、先ほどよりずっと鈍くなっている。
このまま押し切れれば――
魔物は四つ足をべたべた忙しなく動かし、こちらに背を向けた。
「まずい、逃げる気だ!」
ノイマンの頬に汗が流れた。
「逃がすか!」
アイネアが手を掲げる。
「木々よ! 貴様らの恵みをもらうぞ」
森に突風が吹き荒れる。アイネアの頭上に、木の葉が舞い踊った。
ピキィン、と音が聞こえる。浮かんでいる木の葉が、氷をまとった。アイネアはとっさにノイマンを見やった。ノイマンは、
「ぶちかませ」
とだけ言った。
「ああ!」
それはまるで、空を埋めつくすほど大輪の、氷の花が咲いているようだった。陽光に照らされ、氷の葉はキラキラと輝いた。
「はぁぁああああ‼」
ありったけの魔力を込め、アイネアは両手を突き出す。空の輝きは、不規則な弾道で地上に降り注いだ。
二人の視界は枯れ葉と土ぼこりで埋めつくされた。辺りがしん、と静まり返る。
土ぼこり向こうに目をこらすと、魔物の体が黒いモヤとなって消えていくのが見えた。
「やった……のか」
ノイマンが呟く。森の一部が、掘り起こしたような大きなくぼみになっていた。そこに、魔物の核――魔物が息絶えた証が転がっていた。
「ふっふっふ、はーっはっは!」
アイネアは腰に手を当て、勝利の大笑いをした。
「今の大技は良かったな! 氷をまとった葉っぱ攻撃……うむ、アイスリーフ攻撃……はダサいな。まぁ、後で考えるか!」
「アイネア……」
ノイマンはアイネアに肩をぽんっと置いた。
「ふふっ、どうした。我が魔法に惚れぼれしたか? 存分に賛美するがよいぞ!」
「言いつけを守らず着いて来やがったな? 罰としてテキストの書き取り10ページ。もちろん後で内容を覚えてるかどうかテストする」
「初めに言うことがそれかー!」
「うるせぇ、危ねぇことしやがって」
ゲホッとノイマンが咳き込んだ。アイネアが笑う。
「フハハ! 調子に乗って無茶するからだぞ、マヌケ〜。ゲホッ! ゲホゲホッ!」
「お前の方が咳き込んでんじゃねーか」
ノイマンは水筒を取り出し、アイネアの目の前でごくごく飲み始めた。
「み、水っ。私にもくれ! ゲホッ」
「水筒も持たずに来たのかよ。ほんっと考えなしだな。ちゃんと反省しろ」
「うう……反省してます……だから水をください……」
「よろしい」
水筒をもらったアイネアは、急いで喉を潤した。
「ぷはぁ、生き返った~。ありがとうな、ノイマン」
アイネアは水筒をノイマンに返す。彼はじっと、アイネアの顔を見ていた。
「ノイマン……?」
「アイネア」
ノイマンは真面目な顔をしていた。
「今更ながらもう一度聞くぜ。お前は……何者なんだ」
「私は……」
「魔物に対する知識、卓越した魔法の技術。どれも、普通の子どもなら持ちえないものだ。誰に教わった。どうやって身につけた」
「……」
ここが潮時か、とアイネアは思った。もう隠しきれない。
「実は……」
アイネアは口を開いた。
「…………」
だが、次に言うべきことが、『魔王だったんだ』が言えない。
短い付き合いだが、分かる。ノイマンはいい人だ。
魔王だと、悪いことをして、人々を傷つけていたと知ってしまったら、彼は何と言うだろう?
いや、何と言われようと良いのだ。それだけのことを、アイネアはしてしまったのだから。今のアイネアには、何の罪もない。しかし、魔物の知識まで本物だったと、今回の件で証明されてしまった。遥か未来の出来事だが、記憶は地続きだ。
自分は魔王をしていた。人々を苦しめ、村々を焼いて、人を殺していた。それはもう、言い逃れのできない事実だ。否定するつもりは無い。
怖いのは、ノイマンに嫌われたらということだ。
(私はいつの間にか、ノイマンのことも大切になっていたのだな)
「……言えねぇか」
アイネアが辛そうな顔をしているのを見て、ノイマンは言った。
「い、言えないわけじゃないのだ。ノイマン……その……。私…………」
「言いたくねぇなら、構わねぇよ」
ノイマンは表情を緩めた。
「知られたくねぇことの一つや二つ、誰にでもある」
「……自分でも、どうしたら良いか分からないのだ。たぶん、貴様に聞いてもらったほうがいい……」
「無理すんな。今のお前、すっげー顔色悪いぞ」
「……ごめん。でも、いつか絶対話すから……」
「それでいい。これからも一緒に居るんだ。焦る必要はねぇさ」
二人は町を目指して歩き出した。
「ところで、クルトはどうしたんだ。まさかアイツまで来てるとか言わねぇよな」
「クルトは待っていてもらってるぞ」
「よく説得できたな」
「魔力を垂れ流すとぴかぴか光る現象、あるだろう。あれを見せて、クルトの魔法パワーが宿った! 勝てる! って押し切った」
ノイマンは手で額を抑えた。
「はぁ……こんなアホに助けられたのかよ、俺……」
「アホとはなんだ! 失礼だな」
「どうすンだよ、これで今後、クルトが魔法パワーとか言いながら魔物に突撃していったら」
「その時は……その時だ!」
「お前なぁ」
あきれるノイマン。アイネアはニヒヒと笑った。
「貴様も言ってくれただろう。これからも一緒に居る。何とかなるさ」
「……ま、そうだな」
ノイマンも淡く微笑んだ。
「アイネアー!」
町に着くなり、ルッツが慌てて走ってきた。
「ここに居たか、アイネア!」
「ルッツ、心配かけたな」
アイネアはルッツに駆け寄った。ルッツはアイネアの無事な姿を見ても、表情を強張らせたままだった。
彼の悲痛にな面持ちに、アイネアは何か胸騒ぎがした。
「アイネア、落ち着いて聞いてくれ」
ルッツは震える唇で、彼女に告げた。
「クルトが……貴族の馬車に轢かれた‼」




