第12話 ケルティヘーゲイ魔物事件③
三人は宿に戻って昼食をとった。
「クルト―! アイネアー!」
ツンツン髪の少年が、宿にやって来た。二人を見つけるなり、腕を大きく振りながら走ってくる。
(私達の孤児院の出身の奴だ。名前は確か……)
「ルッツ!」
クルトが嬉しそうに立ち上がった。
「ぅお、本当に白銀の魔法使いと一緒に居る!」
「俺のことか?」
「すっげー、本物だ!」
「凄いでしょう、凄いでしょう」
クルトは鼻高々だ。
「紹介するね。僕たちの雇い主の、ノイマン……えーっと苗字なんだっけ」
「ノイマン・グレンダールだ」アイネアが助け舟を出した。
「それで、こっちが僕らの友だち、ルッツ!」
「初めまして、ルッツ。二人の友だちか。握手してやろう」
「あ、ありがとうございます……じゃなくて、いや握手もして欲しいけど! 俺、白銀の魔法使いを探しに来たんです」
ルッツは家の方向――町の南を指さす。魔物の被害が多い地域だ。
「一昨日、俺ん家の2軒先が魔物に襲われて。魔法使いに見て欲しいんです」
「二日前となると……アイネア、地図を」
アイネアは地図を広げる。彼は表情を曇らせた。
「カゴ屋のジーシク。死亡事件か……」
「そうです。俺の家族も含めて、皆魔物を怖がってるんです。憲兵が調査に来てくれたけど、頼りないし……魔法使いが来てくれたら、きっと安心できます」
「この辺も行こうと思っていた場所だ。ぜひ案内してくれ」
ルッツに案内され、三人は魔物の被害があった家に着いた。
「ケイト、白銀の魔法使いを連れて来たぞ! これでもう安心だぜ」
ルッツは民家に呼びかける。扉が開き、おばさんが出てきた。見覚えがある。ルッツの養母だ。
「あれ⁉ 母さん! なんでここに居るんだよ」
「ケイトちゃんが心配で見に来たのよ! それより……」
おばさんはノイマンを見、アイネアたちに視線を移すと、驚いた。
「噂になってたけど、本当にあなたたち、白銀の魔法使い様と一緒に居るのね」
アイネアとクルトは緊張した。ルッツの養母にも、二人は良い印象を持たれていない。
「ごめんなさい!」
二人が何か言うよりも先に、おばさんが二人に頭を下げた。アイネアとクルトは困惑した。
「パン屋での騒動を、私も聞いたの。恥ずかしいわ。私ったら、あのご主人の嘘をまんまと信じていたのよ!だってあの男ってばこれまで、声高らかに自分は被害者だ~って主張してたんですもの」
ルッツの養母は、ルッツの頭をなでる。
「そのせいで、大事な息子の友だちに酷いことをしちゃった。もう、許せないわ!」
「思ったより、騒ぎになっていたのだな」
「魔物の調査に来てくれたのよね。うちの店も協力するわ。必要なものがあったら、何でも手に入るわよ!」
「ウチの店、生活雑貨を扱ってるんだ」
ルッツが胸を張る。
「それで、ケイトというのは?」
「死んだジーシクおじさんの孫。おじさんと仲が良かったから、今回の訃報でかなりショックを受けてる」
ケイトは彼女の母親と共に、近くの芝生に座っていた。アイネアよりも小さな少女だ。
彼女は三人が近づくと警戒し、母の後ろに隠れてしまった。
「ケイト、魔法使いを連れて来たぜ。怖い魔物を倒してくれるんだ」
「魔法使いさん……?」
少女は母親の後ろから、じっとノイマンを見つめた。
「…………」
ノイマンは何も語らず、少女と見つめ合う。
ケイトは意を決して母親に隠れるのをやめ、ノイマンの目の前にやって来た。
「魔法使いのお兄さん……お願い、おじいちゃんを生き返らせて……!」
涙ながらに、ケイトは訴えた。
「こらケイト……!すみません、魔法使い様」
ケイトの母親は、彼女をたしなめた。
「だって、お兄さんはすごい魔法使いなんでしょ。魔法って、なんでもできるんでしょ! おじいちゃんとお別れなんてイヤだよ……」
大粒の涙を流しながら、ケイトはノイマンを見上げる。
「すっごく優しいおじいちゃんなの。お願い、助けて……!」
「無理だ」
無表情のまま、彼は答える。
「死んだ人間を生き返らせることはできない」
ケイトの目が見開かれる。ノイマンの言葉をはんすうし、その意味を理解する。母親の腕の中で、少女は泣き崩れた。
「……事件現場を調べさせてもらう。構わないな」
ノイマンは母親に聞く。
「は、はい。よろしくお願いいたします」
三人は事件現場にやって来た。庭園だ。
「あんな言い方しなくたっていいじゃん」
クルトは彼をたしなめた。
「事実だ。魔物を倒したところで、死んだ人間は蘇らない。俺にできるのは早急に魔物を討伐し、これ以上被害を増やさないようにすることだけだ」
(……そうだ。死んだ人間を生き返らせることはできない。そのはずだ)
アイネアは押し黙っていた。馬車に轢かれて亡くなったクルト、老いて亡くなったノイマンが、今まさに、目の前に居る。
「魔法は理論上万能だが、使用する人間は、そうではない。遥か先の未来で、もしかしたら死者蘇生も可能になるかもしれねぇが……」
(300年後の未来でも、死者蘇生なんて無理だ。過去に戻る魔法だって……)
(人の手に負えない。それこそ、神の奇跡でもない限り……)
(もしかして、私は未来の記憶を得ただけなのだろうか? だとしたら……私は……魔王になってしまうのだろうか)
嫌だ。あんな事を繰り返すのは、嫌だ。
「はい質問」
クルトが右手をあげる。
「前から気になってたんだけど……そもそも、なんで魔物って人間を襲うの?」
クルトが首をかしげた。
「柵とか武器とか持ってるし。そうでなくても、群れで生活してる。もっと弱そうな動物を狩ったらいいのに」
「ああ。それは確かに、学者たちの間でも議論になってる。奴らは姿かたち、特質も様々だが、積極的に人間を害する点は共通だ。たとえ狩りに適さない、草食動物に似た個体だろうと、奴らは人間を前にすると攻撃的な反応を示す」
「ふーん、謎なんだ。ほんと、何でなんだろうね」
「――憎いからだ」
アイネアが呟いた。
「人間が憎くて憎くて仕方ないから。早く消えてほしいからだ」
かつてのアイネアは、人間の愚かさを憎んだ。愚かさゆえに間違いを犯すから、人間が嫌いになった。魔物は違う。魔物にはもっと根本的な……本能に基づく、人間への敵意がある。
それでも、同じ『人間』を憎む存在だからこそ、アイネアは魔物を束ねる『魔王』たり得た。
だから、よく知っている。魔物は、人間が嫌いなのだ。
「アイネア……?」
クルトの心配そうな顔。アイネアはハッと我に返った。
「……っていう、可能性もあるな〜と思っただけだ!」
「ふむ……魔物にも感情があるという仮説は面白いな。確かに、これなら他の動物よりも優先して人間を狩ろうとする説明になる」
ノイマンがアゴに手を当てる。
「検証しがいのある説だが、今は時間がねぇ。後にしよう」
「は~い」
「……ん?」
下を向いていたアイネアは、一点を見つめた。何か違和感を感じる。
「ノイマン、これ、魔物の痕跡だ」
べっとりした粘膜の付いた葉っぱが、庭の素朴な柵に付着していた。
「よく見つけたな」
「この葉っぱ……」
「知ってるのか、クルト?」
「うん。ギザウツギの葉っぱだよ、これ。枝にとげとげが付いてて危ないから、町では切って育たないようにするんだ。柵に使う家もあるらしいけど、この辺りでは見ないよ」
「町の外……そうか!」
ノイマンは地図を開いた。
「日の入りと朝方の目撃は、町の外周が多い。当然だ。奴は町の外――森からやって来るんだ。夜になると町にやって来て、朝は住処の森に戻る。被害状況から照らし合わせると……町の南の森! そこが奴の生息地の可能性が高い」
「魔物の居場所が分かったね!」
「でかしたぜ、二人とも」
夕食はルッツの家にお呼ばれし、皆で食卓を囲んだ。おばさんが腕によりをかけた料理を振る舞ってくれた。
「みんなにこれをあげるぜ!最近ウチで扱い始めた、新名物『白銀の魔法使いクッキー』!」
「先ほど聞いた時にも思ったが、なんだよ、そのあだ名」
ノイマンはルッツからクッキーを受け取った。
「ああ、こいつ等はおやつを食べられねぇんだ。代わりに俺がもらおう」
「ぐぬー!」
悔しいが、罰だ。3枚のクッキーが彼に集まった。
ノイマンは包みからクッキーを取り出し、じっと観察する。どう見ても普通の茶色い、ただのクッキーだ。
「……白くねぇな」
自分たちと同じ感想に、アイネアとクルトは吹き出した。
宿に戻った三人は部屋で作戦会議をした。
「今までの情報を統合すると、相手はおそらく魔法によって不可視の状態を保っている。霊体などではなく、生き物のように実体がある。目で追えないほどの高速移動ってわけでもなさそうなのは、幸いだったぜ。そして昼は南の森に潜んでいる。夜に活発的な活動をすることを踏まえると、昼は休眠期間――つまり、狙い目だ」
「姿が見えない魔物なら、どうやって倒すの?」
「不可視かつ実体を有するの魔物についての対策は、塗料をぶつけるのが定石だ」
ノイマンはボール状にした塗料を取り出した。ルッツの店で仕入れた塗料を固めたものだ。
「相手の使ってる魔法を解析できたら一番いいんだけどな。人的被害が出てる以上、贅沢は言ってられねぇ」
「そうだな。魔法って、色んな種類があるもんな。調べていたら、キリが無いぞ」
「ただ、問題が一つある」
「なに?」
「見えない相手に、これをぶつけなきゃいけねぇ」
「あー……」
相手を見えるようにするために、見えない相手に染料をぶつける。これは確かに、難問だ。
クルトは手を上げた。
「僕……投げに行こうか? 君よりはボール当てが上手だと思うよ」
ノイマンがじろりとにらんだ。
「言うまでもねぇが、魔物退治は危険だ。二人とも魔物の脅威がなくなるまで、安全な町で待機してろ。間違っても、魔物がいる森にのこのこ入るなよ」
「は、はぁい」
クルトはおずおずと手をおろす。
「そもそも俺が森に入ってる間、誰も立ち居らせねぇようにするからな」
「何故だ。他の者を連れて行けば良い。町には憲兵がいるし、近くの城には騎士もいる。彼らの運動能力であれば、塗料を当てられるだろう」
「邪魔だからだ」
あっさりとノイマンは言った。
「騎士が百人いるより、俺一人で戦ったほうがいい」
(そういえば、私を封印しに来たときも一人だったな)
「一人じゃ心細いでしょ」
「別に」
「怪我しても、帰るまで誰も手当してくれないよ。死にそうになっても、誰も助けてくれないんだよ?」
「知ってる」
ノイマンは平然と答えた。
「俺が国王から招集されるのは、高度な魔法を使役する魔物が出現し、多大な人的被害が予測される場合だ。危険はハナから承知の上だ」
「…………」
「そんな顔すんな。ヤバくなったら逃げるさ」
「逃げないだろう、貴様は」
アイネアは真っ直ぐノイマンを見つめた。
怨霊になったアイネアは、強大な力を得ていた。ノイマン・グレンダールは希代の魔法使いだったが、それでも怨霊アイネアには敵わなかった。
彼は苦肉の策として、彼女の遺骸を探し出し、呪詛を振りまくそれを分割し、各地に封印した。怨霊の呪いに間近でさらされる、危険な儀式だ。彼はそれを、一人で成し遂げた。呪いに肉体を蝕まれた彼は、封印の旅を終える頃には片足が腐り落ちてしまった。しかし彼はやり切った。たった一人で。
何が彼を突き動かしていたのか、アイネアには分からない。それでも、彼が絶対に逃げないことだけは知っていた。誰よりも近くで見ていたから。
「頼むから、死んでくれるなよ。貴様が居なくなったら、私たちはまた路頭に迷ってしまう」
「そうだよ! ちゃんと帰ってきてよね、雇用主さん」
翌朝、早い時間にノイマンは出発した。
「もう出発するの……?」
二人は町の外で見送った。クルトは心配そうな顔だ。
「いいか、着いてくるなよ。危ねぇからな。町で待ってろよ」
「分かってるぞ」
「行ってらっしゃい」
ノイマンは歩き出した。数歩進んだところで、二人を振り返る。
「……ガチで着いてくるなよ?」
「分かったから!」
その後もノイマンはチラチラ振り返りながら、森へ歩いて行った。
「全く、しつこかったな。逆に着いて来て欲しいのかと思ったぞ」
「魔物と戦うのは危ないからね。本気で僕らを止めたかったんでしょ」
二人はノイマンが帰ってきたときのために、ご飯を買っておくことにした。ノイマンは、夜には帰ってくると言っていた。夜は魔物が町に来るかもしれないからだ。
「きっとノイマンのやつ、お腹を空かせて帰ってくるぞ。たくさん買っておこう」
「宿屋のチキンは、夜になってからでいいよね。あとは何が要るかな」
「フルーツケーキがいい!」
「買ったって、僕らは食べられないんだよ? 一か月はおやつ抜きだから……」
「ちっちっち。考えが甘いぞ。デザートとして出すんだ。デザートはおやつじゃない」
「そっか! ナイスアイディア!」
そんな訳あるか! とツッコんでくれるノイマンは、この場にいない。
昼過ぎになるのを待ってから、二人は買い出しに行くことにした。
出かけようと準備を整えたとき、部屋にノックする者がいた。ルッツだ。
「ノイマンさん、居るか? さっき、ウチの納屋に魔物の痕跡を見つけたんだ。害が無いか調べて欲しいんだが……」




