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第11話 ケルティヘーゲイ魔物事件②

 翌朝、荷袋を馬にくくりつけたノイマンは、扉の開く音を聞いた。

「……なにやってやがる、アイネア」

 大きなカバンを背負ったアイネアが立っていた。

「私も着いて行ってやろうと思ってな」

「遊びに行くんじゃねぇんだぞ。しっし!」

 アイネアは聞く耳持たず、馬に乗ろうとする。こうなれば力業だ。ノイマンはカバンごとアイネアを引きずっていき、寝室に閉じ込めた。すかさず魔法で大釜を扉の前に置き、ふさぐ。

「な、何するんだー! 開けろー!」

「はぁ、はぁ……朝から疲れさせるんじゃねぇよ……」

「なになに、どうしたの」

 餌やりを終えたクルトがやって来た。

「クルト! 俺が出発するまで、このバカを部屋から出すんじゃねぇぞ」

「はぁい」

「あっまずい、ク、クルト! カバンが窓に引っかかって……う、動けない! 助けてくれー!」

 扉の向こうから、アイネアの焦った声が聞こえる。

「はいはい、今行くよ! ここは僕に任せて、行ってらっしゃい」

「おう、行ってきます」

 白馬にまたがり、さっさとノイマンは出発していった。

 クルトは頑張って大釜をどかし、窓に挟まっているアイネアを引っこ抜いた。

「ふ~、ありがとうクルト」

「ノイマンはもう出発したよ」

「そうか、それは良かった」

 先ほどまでの大騒ぎしていた姿はどこへやら、落ち着き払った様子のアイネア。

 外を見れば、庭先の道には、小さな木の実が点々と落ちている。

 アイネアとクルトは顔を見合わせ、にや~っと笑った。

「作戦成功だ!」

 計画はこうだ。アイネアがノイマンの気を引く間に、クルトが馬の腹に袋を仕掛ける。袋には木の実を詰め込み、少しだけ穴を開けてある。馬が歩く振動で少しずつ木の実が落ちて、ノイマンの行く先がわかる。あとはノイマンにバレない距離から、ゆっくり追いかければいい。


「確認になるが、ノイマンは食糧を一食分しか用意しなかったんだな」

「うん。あとは乾燥フルーツとナッツをいくつか。たぶん非常食だね」

「よしよし、大した距離を移動するわけではなさそうだ。これなら徒歩でも、充分追いつけるだろう」

 二人は意気揚々と歩き始めた。

 木の実を辿って、二人は森を進んでいく。ノイマンがくれた魔法のランタンのおかげで、温かい。

「本当に舞踏会だったら、ご馳走を分けてもらおうよ」

「いいな! ノイマンにたくさん持ち帰ってもらおう」

 そんな話をしながら、二人は歩き続けた。

 しばらくすると喋ることがなくなり、黙々と歩いた。

「……」

 てくてく。

「…………」

 てくてくてく。

「……………………」

 てくてくてくてく。

「……クルト」

「うん?」

「飽きた。もう帰ろう」

「はぁー⁉ ここまで来て何言ってるのさ!」

「明らかに舞踏会じゃないぞ。出発するときのぼさぼさ頭、クルトも見ただろう」

「そうだけど……どこに行くのか、気になるじゃん」

「まぁ気になるが。でも荷物も重いし、もう疲れたぞ」

「も~~。アイネアの分の荷物も持つから! がんばって!」

 それから黙ってしばらく歩く。途中、ランタンに魔力を込めるために休憩した。

「クルト、本当に道、こっちで合ってるんだよな」

「目印が落ちてるんだから、こっちに決まってるよ」

「でも、似たような木の実がたくさん落ちてるぞ」

「そりゃ、たくさん用意できる木の実なんだから、森にもたくさん落ちてるでしょ。目印には石でちょっと傷をつけて、見分けつくようにしてる。アイネアだって一緒に準備したんだから、知ってるでしょ」

「似たような傷と見間違えてたら? 木から実が落ちると、傷が付くときもあるだろう」

「も~! さっきから文句ばっかり!」

「本当のことを言ってるだけだぞ!」

「余計なこと言わなくていいの!」

 その時、二人のお腹がぐ~と鳴った。

 二人はカバンのパンを分け合い、黙々と食べた。

 食べた後は、ひたすら歩く。

 日が暮れる前に、どこにも着かなかったらどうしよう。幸い、魔法のランタンのおかげで凍えることはない。しかし食糧はどうにもならない。

 せめて宿か何かにたどり着かなければ。

……と、焦っているときに限って、悪いことは重なる。

「め、目印が……途絶えてる!」

 頼みの綱だった目印が、無くなってしまった。

「木の実を使いきってしまったんだな……」

「うーん、とりあえず、ここは一本道だから迷う心配が無いけど。分かれ道がきたら困るなぁ」

 クルトはアイネアに振り返った。

「アイネア、空を飛んでさ、近くに何か無いか探してみてよ」

「あんまり飛びたくないのだがな……」

 以前、ノイマンの魔法に撃ち抜かれそうになった記憶を思い出しながら、アイネアは浮かんだ。

「――え⁉」

「何か見つけたの⁉」

 アイネアはすぐに降りて来た。

「クルト、本当にこっちの道で合っているんだよな」

「う、うん。なに、もったいぶらずに教えてよ」

「クルトも見てくれ」

 アイネアはクルトを抱きかかえて、再び浮かび上がった。

 二人の居たところは、森の端っこだった。あと少し頑張れば、森を抜けられるのだ。森を抜ければ、広大な丘。高地には小さな城が建っており、それを囲むように建物がひしめき合っている。その光景には、見覚えがあった。クルトが声をあげる。

「ここ、ケルティへーゲイだ‼」

 始まりの町、ケルティへーゲイに帰ってきたのだ。


 二人は町にたどり着いた。

「本当にケルティヘーゲイだ……」

 夕方の町並みは、仕事終わりによく見た景色だ。

 二人は早速、白い魔法使いについて聞いて回った。すぐに目撃証言は集まった。人の多い町であっても、魔法使いは目立つものだ。彼は昼頃には町に到着し、活動を始めているようだった。

「君達、白銀の魔法使い様を探してるのかい」

 知らないおじさんが話しかけてきた。

「そうだが、なんだ、そのあだ名」

「カッコいいだろう! 俺がつけたんだ。絶対流行るぞぅ!」

 おじさんはクッキーを差し出した。

「見てくれ、白銀の魔法使いクッキーだ」

「……全然白くないよ?」

「魔法使いっぽくもない」

 どう見ても、普通の丸いクッキーだ。

「こういうのは名前が大事なんだ。町を助けに来てくれた英雄様だからな。みんなありがたがって、きっと飛ぶように売れる!」

「町を助けに来た……?」

「知らないのか?町に危ない魔物が出たんだよ」

「魔物が!」

「詳しく教えてくれ」

「えー、何だったかなぁ。クッキーを買ってくれたら思い出せる気がするなぁ~」

 白々しくこめかみを抑え、おじさんはうめく。

「きっ貴様、子どもにたかるつもりか!」

「たかるだなんて、ただ思い出せないんだよぉ」

「……クルト、こいつぶっ飛ばそう」

「気持ちは分かるけどダメだよ。おじさん、クッキーを一つちょうだい」

「はぁ。金稼ぎに執着するこの感じ、ケルティヘーゲイに帰ってきたって実感するぞ」

 おじさんはクッキーと共に、情報をくれた。


 つい一週間前、町で魔物の被害が出始めた。

 魔物は夜間に出没する。もう既に、何人か死者も出ていた。

 厄介なのは、魔物の姿が目に見えないところだ。そのせいで憲兵たちは、魔物の居場所を突き止められない。

 困っていたところにやって来たのが、王国イチの魔法使い、白銀の魔法使いだ。さっそうと現れた彼は、魔物退治に取りかかった。


 逆に言えば、まだ取りかかっただけなので、魔物は普通に居る。


「だから君達も、早くお家に帰りなさいね」

 おじさんはそう話をしめくくり、さっさと帰ってしまった。もう日が暮れている。

 アイネアとクルトは顔を見合わせた。この町に、彼女たちの家は無い。

「ど、どうしよう! もう夜になってきちゃったよ⁉」

「落ち着け。ノイマンがこの町に来てるのは確かなのだ」

「宿屋を回ってみる? 何店かあるけど」

「こういう時は、“アレ”だ」

「ああ……“アレ”だね!」

アイネアの十八番、大声魔法の出番だ。


「ノ イ マ ン ー! !」

 町の中心にある広場で、空中に浮かんだアイネアは呼びかける。

「広 場 で 待 っ て る ぞ ー! !」

 巡回している憲兵に注意されつつ、二人は広場で待った。程なくして、血相を変えたノイマンが走って来た。ぜーぜーと息を切らしている。よほど急いだのだろう。

「ほ、ホントに居やがった……」

 ノイマンは膝で息をしている。

「さっすがアイネアのとっておき魔法! 効果テキメンだね」

「ふっふー! もっと褒めるがよい!」

 無事にノイマンと合流できて、二人ははしゃいでいる。

「こんのッ馬鹿共がァ‼」

 大声魔法に負けないくらい、ノイマンは二人に怒鳴りつけた。

「着いて来んなつったろうが‼ お前らの耳はただの飾りか⁉ アァ⁉」

 ノイマンは二人の耳を引っ張る。

「いだだだ‼ や、やめてくれー!」

「ぎゃー! ごめんなさいー‼」

「危ねぇことしやがって。こんなんじゃ、命がいくつあっても足りねぇぞ!」

 ノイマンの宿泊している宿屋にやって来た。ノイマンは宿屋の主人に、人数を増やして良いか尋ねる。

 魔物の影響で客が減っていた主人は、喜んで三人用の部屋を用意してくれた。

「――さて」

 大部屋に自分の荷物を移したノイマンは、先に正座させていた二人を振り返る。

「んで? どっちが悪いんだ」

 ノイマンは鬼の形相だ。

 すぐさま二人はお互いを指さした。

「クルトが気になるって言ってました」「アイネアが着いて行こうって言い出しました」「クルトが馬に細工して尾行しました」「アイネアが作戦を考えました」「クルトのほうがノリノリで準備してました」「ノイマンはマヌケだからきっと気づかないってアイネアが言ってました」

「……よぉぉぉく分かったぜ」

 額に青筋を浮かべたノイマンは、腕組みしながら二人を見下ろす。

「二人とも、今晩はメシ抜き。加えて明日から一ヶ月間、おやつ抜きだ」

「そんな‼」

「ひどい! ひどすぎる‼」

「じゃ、俺は今から優雅なディナータイムといくぜ」

 ノイマンは部屋のドアを開け、出て行った。廊下からふわりと美味しそうな匂いが漂ってくる。閉める直前、ノイマンの鋭い眼光が二人を捉えた。

「……これを守らなかったら、おやつは二か月抜きだ」

 バン! 乱暴に扉が閉じられた。

「はぁ~」

 二人は姿勢を崩した。

「めちゃくちゃ怒ってたな……」

「魔物は危ないからねー。ああもう、お腹空いた……」

 クルトはベッドで横になった。


 しばらくして、ノイマンが部屋に戻ってきた。チキンを片手に。

「んなっ! 貴様それっ!」

「いや~、ここの宿のチキンはうめぇな~。思わずテイクアウトしちまったぜ。あ~うめ~」

これ見よがしにノイマンがチキンにかぶりつく。昼からパン1個とクッキー1枚しか食べないで歩き続けた二人は、よだれが止まらない。

「ノイマン! いやノイマン様! ひ、一口だけでも……」

 ふらふらと手を伸ばすクルトを、ノイマンは避ける。スパイシーな香りが、部屋いっぱいに広がった。

「そこで指でもくわえて見てろ」

「うう……これが罰か……」


「んじゃ、早速取りかかるとすっか」

 チキンを骨までしゃぶりつしたノイマンは、部屋に地図を広げた。現在アイネア達が居る町、ケルティヘーゲイの地図だ。

「町の衛兵の資料で、魔物の目撃場所はあらかた調べられた。現在、夜間巡回を強化してもらい、警戒にあたってもらっている」

 ノイマンは、被害のあった場所を丸で囲む。

「こうして見ると、町の南側に多く出没しているんだな」

 アイネアも地図とにらめっこする。

「町の中心辺りは、どれも深夜に目撃情報があるね」

 クルトは城近くの印を指さした。

「逆に日の入りと朝方の目撃は、町の外周が多い」

 アイネアが外周辺りを指さす。

「……死亡事件は、どれも町の外周付近か。何故だ」

 ノイマンがうなる。

「城の近く――町の中心になるほど、衛兵の警備が固いから」

 クルトが即答した。

「町の外側は、魔物避けの柵も付けられない人もいるんだ」

「そういうことかよ」

「あの魔女は……無事だろうか」

「うん、僕もそれ考えてた」

「魔女? 誰だ」

「私がこの町で薬を売っていたことは知っているな。薬を作るための錬金台を貸してくれていた、意地悪婆さんだ」

「町から外れたところにある家に、一人で住んでるんだ。町の西側だから、大丈夫だと思うけど……」

「よし、明日そこに行こう」

 ノイマンは地図の西側にピンを刺した。

「着いて来ちまったもんは仕方ねぇ。お前らにも手伝ってもらうぞ」

「もちろん手伝うよ。この町には、僕らの友だちも住んでいるんだ」

「まったく、水臭いぞ。この町での土地勘は、私たちのほうがあるんだからな」

「そう言い出すと思ったから黙ってたんだよ……」

 ノイマンは本日何度目になるか分からないため息をついた。


「さて、言わずもがな、今回の魔物の厄介なところは、姿が見えないところだ」

 ノイマンの言葉に、アイネアはアゴに手を当てる。

「不可視か。考えられる魔法はいくつかあるな。体の変色、認識阻害、目に捉えられぬほどの高速移動……そもそも体を持っていない可能性もある」

「体を持っていないって……そんな魔物もいるの」

「ああ、いわゆるゴーストだな。ただし怖い話みたいに、誰か生きていた人物の魂が魔物になったわけじゃない。ゴーストはゴーストという、魔物として生まれてくるんだ」

「詳しいな、アイネア」

「ま、前に誰かから聞いたことがあるんだ」

 アイネアは焦った。

(あまり知識を披露しすぎると、怪しまれてしまうか)

 必要な情報があったら言う程度にしよう、とアイネアは口をつぐんだ。

「町に魔物が出たらすぐさま俺を呼ぶよう、衛兵には伝えてある。そうなったらお前らは宿で待機だ」

「ああ、分かった」

「本当に分かったんだろうな……」

「流石に魔物との戦いに着いて行くほどバカじゃないって」

 クルトは苦笑した。

「本格的な調査は明日からだ。各自、しっかり眠るように。他に質問のあるものは?」

 アイネアが手をあげた。

「すごくお腹が空いた」

「早起きして朝ごはんをしっかり食え。他には?」

 二人は不満顔だが、何も言わない。

「以上だ。解散」



 翌朝、さっそく三人は魔女のところに行った。

 相変わらずのボロ家だが、窓も扉もしっかり閉じられていた。

「おばあちゃーん、僕だよ、クルトだよー!」

 ノックをすると、すぐさま中から物音がした。


「くぉらガキ共ーー‼」


 扉をバァンと開け、魔女が出てきた。

「ようやく顔を出したね! てっきりどこかで野垂れ死んだかと思ってたよ! 生きてるなら生きてるって、早く言わないかい‼」


 魔女は相当ご立腹だ。

「ご、ごめんな、魔女よ。しかし、まさか私たちを心配してくれるなんて……」


「錬金台の貸し出し、まだ未払いの賃料が残ってんだ。今ここで、耳をそろえて払いな!」


「心配してたのは金のほうかー!」

「延滞金も含めて70グロング! で、払えるのかい、払えないのかい」

「な、70グロング……」


 アイネアはクルトとひそひそ話をした。

「クルト、いくら持ってきた?」

「多めに持ってきたけど、30グロング……。アイネアは?」

「10グロング……」


「他に入ってないか探そう!」

 二人は必死になってポケットをまさぐった。


「ん? そこの兄さん……」

 魔女がノイマンを見、ハッと目を見開いた。魔女の勢いに気圧されていたノイマンは、ビクッとした。

「俺に、何か?」

「あんたもしかして、ホォーヨメレット村の爺さんとこのガキかい」


「爺さんのこと知ってんのか」

「知ってるも何も、商売敵さね。あのジジイには何人も顧客を取られてンだ」


 ノイマンはヤベェという顔をした。魔女はキスでもするのかという距離で、ノイマンにガンつける。ノイマンの頬に、滝のような汗が流れた。

「んで? そのジジイんとこのガキが何の用だい」

「俺はただの付き添いだ。そいつらの」

「私たち、今はノイマンのところに住み込みで働いているのだ」

「ホー、あのジジイのとこで」


「爺さんは居ない。半年前に死んだ」

 ノイマンの言葉に、魔女はピタリと動きを止めた。


「死んだ? あのジジイが……」

 ノイマンが一歩下がる。

「老衰だ。年には勝てなかった」

「…………」

 今までの勢いが嘘のように、魔女は生気を失った。

「そうかい」

 くるりと踵を返し、帰っていく。

「あの、お金……」

 何とか有り金をかき集めたクルトの手から、魔女は金ではなく魔法のランタンを取った。

「これをもらうよ」

 そう言って、家に入っていった。どう考えても70グロング以上の価値があるランタンだが、アイネアもクルトも、なぜか文句を言う気になれなかった。


「待ってくれ」

 ノイマンが魔女を呼び止めた。

「不可視の魔物について、知っていることがあれば教えて欲しい」

「魔物避けのまじないは効くよ。それは間違いない。ウチのすぐ外にも来たからねぇ」

「だ、大丈夫だったのか⁉」思わずアイネアは叫んだ。

「大丈夫じゃなかったら、今こうしてあんたらと喋ってないさ。しばらくウチの周りをごそごそ動き回って、うるさいったらなかったよ」

「うるさい……か」

 ノイマンは考え込んだ。

「動き回って物音がするということは……実体があるタイプだ」

「ゴーストの線は消えたな」

「もう用は済んだね。じゃ、さっさと帰んな。騒がしいのは嫌いだよ」

 魔女はランタンに魔力を込める。赤く柔らかな光を灯すランタンに、魔女は顔をほころばせた。


「これはいいね。綺麗で、何より静かだ」


 玄関は再び、固く閉ざされた。



「ノイマンの師匠って、魔女のおばあちゃんと知り合いだったの」

「みたいだな。はー。爺さんめ、こんな所に敵を作ってたのかよ……」

 ノイマンが憎々しげに呟く。

「魔女のやつ、元気が無かったな。なぜだろう」

「なんやかんや、仲が良かったのかもね」

「かもな。魔法が使えるやつは少ないし。交友があってもおかしくはないか」

「にしても、目だけで殺されるかと思ったぜ……」

「ノイマン、すっごい睨まれてたね」

「まぁ……ひとまず、これで魔女の安否は確認できたな。それに、魔物の情報もあった!」

 アイネアは羊皮紙に『実体アリ』と書き取った。



 その後も、アイネア達は聞き込みを続けた。

「どっと疲れたぜ。早いが、そろそろ昼にすっか」

「賛成だぞ。今朝の分じゃ足りない」

「昨日、宿屋の近くに美味いパン屋を見つけたんだ。そこに行こうぜ」


 ノイマンの足が広場の方に向かう。クルトはハッとした。

「……アイネア」

 クルトがアイネアに耳打ちする。

「ん、なんだクルト」

「あのお店、行くのはよそうよ」

「え、なんでだ」

「なんで、って……」

 クルトは息をのんだ。


「覚えてないの?」


 アイネアはドキっとした。


「お、覚えてるぞ!」

 反射的に、そう返した。

「どうした、二人とも」

 アイネアの大声に、ノイマンが振り返った。

「何でもないぞ、早く行こう」

 クルトとの会話を打ち切りたいアイネアは、ノイマンを急かした。広場近くのパン屋に、三人は訪れた。店先の屋台をから、パンの良い香りがする。

「いらっしゃい、魔法使いの旦那!」

 太った大柄な店主が、気さくにノイマンを出迎えた。


(覚えてないって、なんだ? なんだっけ。何かあったのだっけ……)


 思い出せない。アイネアは必死に思考をめぐらせる。


『覚えてないの?』

 責めるでもない、咎めるでもない、ただの驚嘆の言葉。それがアイネアを焦らせる。

 覚えていないのかだって? 覚えているわけがない。クルトとこの町で過ごした日々は、アイネアにとって300年前の過去だ。


(それに私は……あの時自分の記憶ごと……)


 らんらら、らーんらー


 あの女の旋律が、脳内に甦る。


「コラ! このガキ!」

 男の怒号が飛んできた。アイネアの意識は、現実に引きも度された。

「え――」

 アイネアが顔をあげると、店主が彼女を殴ろうとしたところだった。とっさのことに、アイネアの反応が遅れる。クルトが二人に割って入った。店主のこぶしがクルトに当たり、クルトは地面に倒れた。


「ク、クルト!」


 クルトに駆け寄ろうとしたアイネアの手を、店主が乱暴に掴んだ。


「っ! 痛っ!」

 アイネアの細い腕を捻りあげる。持っていた羊皮紙を落としてしまった。


「このドロボウ共め! 今度はスリをしたのか!」


「その子を離せ」

 店主の腕を、ノイマンが掴んだ。

 ノイマンの本気の怒気に、店主の手が緩む。

 アイネアはその場にへたり落ちた。


「アイネア!」

 起き上がったクルトが、アイネアを抱きすくめた。


「旦那、危ないところでしたぜ。コイツ等は町でも有名な悪ガキなんだ。今も旦那のローブから、この紙をスリ盗ろうとしてました」


「これは俺が持たせたものだ」

 はっきりと、ノイマンは言った。

「この子達は俺の雇われだ。文句があるなら俺が聞こう」

「え、雇われ……コイツ達が? ご冗談でしょう」

 店主は笑い飛ばした。


「雇うなら、もっとマシな奴を探すべきですぜ。そいつらはロクデナシだ。ウチのパンも、数えきれないくらい盗まれてる!」


「……4つ」

 クルトが呟く。

「このパン屋から、小麦の運搬の仕事をもらったことがあるんだ。僕らはちゃんと運んだのに、仕事が遅いとか袋が汚れてるとかで、賃金がもらえなかった。僕とアイネアは……飢え死ぬところだった」


「……だ、そうだ」


「そんなの、証拠があるのか⁉」

 店主は負けじとクルトに怒鳴った。


「証拠か。なるほど、証拠が必要か」

 ノイマンが杖で地面を叩いた。屋台の秤がガタガタと震えだし、淡い光をまとった。


 ノイマンは懐から鳥の羽を取り出し、左の天秤皿に乗せた。

「真実を語りながら小石を乗せれば、天秤は羽に傾く。偽れば、その逆に」


 ノイマンは小石に「俺は魔法使いだ」とささやき、右の天秤皿に乗せた。天秤は左――軽いはずの、羽が沈んだままだ。


「ほ、本当に魔法だ……!」

 パン屋の顔は真っ青だ。


「クルト」

 ノイマンは小石をクルトに差し出した。クルトはアイネアと顔を見合わせた後、ゆっくり立ち上がった。ノイマンから小石を受け取る。

「復唱しろ。『私が盗んだパンは4つです』」

「わ、『私が盗んだパンは4つです』」

 天秤は羽のほうに傾いたままだ。


 次にノイマンは、パン屋に向き直った。小石を差し出す。

「さぁ、復唱しろ。『私はクルトとアイネアに、正当な賃金を支払った』」

 パン屋は動かない。顔に脂汗がにじんでいる。


「……未払いの給料の補填として、クルトはパンを貰った。これで問題無いな?」

 パン屋はこくこくと頷いた。


 ノイマンが杖をわずかに傾ける。秤は力を失い、ただの道具に戻った。


「行くぞ」

 ノイマンはローブをひるがえし、歩き去った。二人は慌てて彼に着いて行った。



「さっきの魔法、凄かったな! 私にも教えてほしいぞ!」

 アイネアは興奮気味に話しかけた。手首の痛みなど、忘れてしまった。

「もう使えるぞ」

「えっ? でもあんな魔法……」

「あれはただの風魔法だ」

あっさりとノイマンは白状した。

「風魔法って、アイネアがよく使うやつだよね」

「ってことは……真実がどうのこうのは嘘っぱちか‼」

「くくく、良い演出だったろ?」

「僕が嘘をついてたら、どうするつもりだったの?もっと沢山、パンを盗んでいたら……」

「そん時は……」

 ノイマンはニヤリとした。


「三人で謝りまくろうぜ」

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