神が、共通している
火曜の二限は、一般教養の比較宗教学だった。
専門の経済学とは関係のない授業で、卒業単位を埋めるために取っていた。担当の教授は六十代の男性で白髪と縁の太い眼鏡が印象的だった。授業は淡々としていて、学生の半分は寝ていた。
俺はいつもなら寝ている側だった。
でも今日は、観察する側にいたかった。
昨日の月曜日に確かめた「世界は設計されている」という仮説を、もう少し別の角度から検証したかった。
授業が始まった。
今日のテーマは「世界宗教における倫理の共通項」だった。
教授はパワーポイントを使わずに、黒板に箇条書きで板書していった。
「殺すな」
「盗むな」
「嘘をつくな」
「他人のものを欲するな」
「親を敬え」
教授が振り返って、学生たちを見た。
「これらの戒律は、どの宗教にもほぼ共通して存在します」
教室の前の方の席で、誰かがノートを取っていた。後ろの方は、ほとんどが寝ているか、スマホを見ていた。
俺は、ノートに教授の言葉をそのまま書き写した。
教授は続けた。
「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は同じ系統だから、共通するのは自然と言えます。しかし、地理的にまったく隔絶された仏教にも、ヒンドゥー教にも、儒教にも、ほぼ同じ戒律がある」
教授が黒板の脇に、もう一つ書いた。
「孔子の論語、釈迦の経典、新約聖書」
「いずれも紀元前数世紀から紀元後一世紀の成立。地理的距離は数千キロ。文化的な交流はほぼなかった」
「それでも、倫理規範はほぼ同じになる」
教授が振り返った。
「これを、どう説明しますか」
教室は静かだった。誰も答えなかった。
教授は答えを期待していなかった。自分で続けた。
「人類学者は『社会が成立するための機能的要請だ』と言います。社会学者は『集団生活の進化的副産物だ』と言う。哲学者は『人間理性の普遍性だ』と言う。神学者は『神は一つだから』と言う」
「どれも、当たっているのかもしれない。どれも、外しているのかもしれない」
「ただ、一つだけ、確かなことがあります」
教授は黒板に向き直って、最後に書いた。
「倫理は、世界が共有している」
俺はノートに書き写しながら、別のことを考えていた。
倫理は世界が共有している。
別の言い方をすれば、倫理は世界に「最初から組み込まれている」。
もし、世界が誰かによって設計されているなら、その設計者は倫理を全人類に共通する仕様として組み込んだのだ。
それは、効率がいい。設計者から見れば、当然の選択だ。倫理を共通仕様にすれば社会の自動運転が成立する。社会が自動運転されれば、設計者は細かい干渉をしなくて済む。
俺は、ペン先を止めた。
もし、これが本当なら——
俺がいるのは誰かが設計した世界だ。
その設計者は、効率を考えて人類に共通の倫理を組み込んだ。
昨日の月曜日のループも、葉山の繰り返し発言も、集団笑いの同期も、全部、同じ設計の結果なのではないか。
俺の胸の奥が、薄く熱くなった。
恐怖ではなかった。
知的興奮だった。
俺は異常者ではないかもしれない、という安堵だった。
俺が見ているものには、論理がある。
授業が終わった。
学生たちが教室を出ていく。みんな、いつもの月曜日の続きの中にいて、誰も何も気づいていない。
俺は最後まで残って、ノートを見直した。
書いた言葉を、もう一度読んだ。
「倫理は、世界が共有している」
その下に、自分の言葉を加えた。
「世界が共有しているのは、世界が一つの設計から生まれたからだ」
ペンを置いた。
教室を出ると、廊下で岡田に会った。
「お、遠野。次の授業何だっけ」
岡田は試験対策会の友人で、同じ経済学部の三年生だった。要領のいいタイプで、いつも俺と意見が合う。今日は、いつもより少しだけ眠そうな顔をしていた。
「俺は、これで終わり」
「マジか。早いな。今からどっか飯行く?」
「今日はいい。ちょっと考え事してて」
「お前、最近、考え事ばっかりじゃん」
岡田が笑った。
俺も笑い返した。
ただし、岡田の笑い方を見ながら、心の中ではこう思っていた。
お前の笑いも、世界の設計に組み込まれた反応のひとつなのか。
岡田は気づかずに手を上げて、廊下を歩いていった。
歩く速度も、足音のリズムも、いつもの岡田だった。いつもの岡田が、いつもの月曜日と同じように歩いていく。それを見ていて、俺は急に切なくなった。
岡田の「いつも通り」は、岡田が作ってきたものではないのかもしれない。
でも、岡田はそれを知らない。知らずに、いつも通りを生きている。
知らずにいる方が幸せなのかもしれない、と一瞬だけ思った。
岡田と別れて、俺は構内を歩いた。
歩きながら、頭の中で言葉を整理していた。
俺の優秀さは俺のものではない。
世界は、ループしている。
世界の倫理は、共通している。
全部、誰かの設計だ。
その設計者の名前は、まだ分からない。
でも、設計者がいる以上その設計には目的があるはずだ。
ふと、サークルにいた佐伯先輩のことが頭に浮かんだ。
あの人だけが、俺を笑わせなかった。
あの人だけが、俺の優秀さに反応しなかった。
もし、世界の設計者が「主人公が好印象を残すように」と俺の周りを動かしているなら、佐伯先輩の存在は、その設計の例外だった。
例外には、意味がある。
俺は、もう少し、佐伯先輩について調べてみる必要がある。
比較宗教学の授業、書きながら自分も「世界の倫理がほぼ共通している」という事実に改めて驚いていました。倫理は世界が共有している──このフレーズに、本作の世界観の核の一つが入っています。
そして、佐伯先輩への接続が再起動します。




