三人を、選ぶ
鏑木さんに「仲間を作っとけ」と言われた翌日、俺は誰を巻き込むかを考えていた。
信頼できる相手。
書き換えに気づける相手。
俺を止められるか、支えられる相手。
頭の中に、自然と三人の顔が浮かんだ。
桐谷香、南竜也、葉山颯太。
いずれも、俺に近い距離にいる人間だった。
桐谷は、すでに何かを察している。集団笑いの場面で、彼女だけが書き換えに応じなかった。彼女には、たぶん「効かない」何かがある。
南は、サークルの後輩で、IT系の理工学部に通っている。技術的な観察眼が鋭い。何かを試そうとした時、計測しろと言ってくる男だ。
葉山は、純粋すぎるくらい純粋だ。書き換えに一番引っかかりそうだが、その分、何かが起きた時に「マジっすか」と素直に驚く。それが確認の役に立つ。
三人でちょうどよかった。
もう一人、鏑木さんが見守り役にいる。
四人と、観察者一人。
始めるにはちょうどいい人数だ。
LINEで、三人にメッセージを送った。
「ちょっと話したいことがある。今夜、Café Letheの近くの公園で、十時頃に集まれる?」
桐谷は秒で既読を付けて、「行きます」と返した。
南は「データ取れる話なら」と返してきた。
葉山は「マジっすか!何の話っすか!」と興奮していた。
俺はそれぞれに「来てくれれば話す」とだけ返した。
夜十時、公園のベンチに集まった。
Café Letheから歩いて五分の住宅街の中にある小さな公園だった。
ブランコが二つ、滑り台が一つ、ベンチが三つ。
街灯は二本だけ。
四人が座るには十分だった。
俺は中央のベンチに座って、三人を順に見た。
「来てくれてありがとう」
「先輩、何の話っすか」
葉山が真っ先に訊いてきた。
桐谷は静かに俺を見ていた。
南は観察するように、ベンチの周りを見渡してから俺に視線を戻した。
「俺、最近、変なことに気づいた」
俺は前置きなしで切り出した。
「世界が、おかしい」
葉山が「え」と口を半開きにした。
南は表情を変えなかった。
桐谷は、軽く頷いた。
「先輩、それ、もう少し具体的に」
南が訊いた。
俺は三日かけて溜めてきた観察を、要約して話した。
葉山の繰り返し発言、スクランブルで止まった群衆、月曜日のループ、集団笑いの同期、佐伯先輩の例外性、そしてバグA、バグB、バグC。
話している間、葉山は何度も口を開きかけては閉じ、また開きかけては閉じた。
南はずっと黙ってメモを取っていた。スマホのメモ帳に淡々と入力していた。
桐谷は、ずっと俺の顔を見ていた。
話し終わると、しばらく沈黙が続いた。
最初に口を開いたのは、葉山だった。
「マジっすか」
葉山は、心からの「マジっすか」を発した。
俺は笑いそうになった。
「マジ。だから、葉山にも協力してほしい」
「俺、何ができるんすか」
「お前は、純粋に反応してくれる。何かが起きた時に、お前が『おかしい』って言ってくれれば、それは確認になる」
「分かったっす!」
葉山は、何が分かったのかも分からないまま、勢いだけで返事をした。
次に南が口を開いた。
「先輩、検証可能な仮説に落とし込みたいです」
南は淡々と言った。
「集団笑いの同期、月曜日のループ、これらは録画とログ取りで再現性を確認できます。バグCについては被験者を選んで、効果と副作用を測りたい」
「データを取りたいってことか」
「はい。先輩の能力が本当に存在するなら、再現性と限界条件を明らかにできます」
「分かった。お前にはデータ担当を頼む」
南は満足そうに頷いた。
最後に桐谷が口を開いた。
「先輩」
「何」
「私、前から気づいてました」
桐谷は俺の目を見て言った。
「先輩が、人と違うこと。先輩の言葉が、人に過剰に届くこと。先輩だけが見えている何かがあること」
「いつから」
「サークル入った頃から、ずっと」
俺は息を呑んだ。
「私、先輩の能力が、私に効かないみたいなんです」
桐谷は静かに言った。
「集団笑いの場面で、私だけ書き換えられなかった。たぶん、最初からずっと、私には効いてなかった」
「どうして」
「分かりません。でも、効かない人間が私一人なら、私が先輩を一番客観的に見られる立場だと思います」
「桐谷、それ、お前」
「だから、私が、先輩を止める役をやります」
俺は、しばらく言葉を失った。
桐谷の目には、覚悟があった。
彼女は最初からずっと、俺のそばで俺を見ていた。
俺が気づくよりずっと前から、彼女は気づいていた。
俺は彼女の名前を呼びたくなった。
でも、声が出なかった。
「分かった」
代わりに、それだけ言った。
「桐谷には、止め役を頼む」
「はい」
桐谷は短く答えた。
四人で、立ち上がった。
夜の住宅街は静かだった。
遠くで、終電前の電車が走る音が聞こえた。
「明日から、本格的に動くぞ」
俺は言った。
「次に何をするんすか」
葉山が訊いた。
「もっと深いバグを探す。世界の仕組みを、もっと知る」
南が頷いた。
「データを取り始めます」
桐谷は、何も言わずに俺を見ていた。
その視線は止め役の視線でもあり、それ以上の何かでもあった。
俺は、四人で並んで歩き始めた。
長い夜の始まりだった。
戦闘ユニット結成です。
桐谷の「私には効かないみたいなんです」、ここまでずっと積み上げてきた彼女の観察者性が、ようやく言葉になりました。葉山の「マジっすか」、南の「データ取りたい」、それぞれの個性が立ち上がる瞬間。
主人公はもう一人ではなくなりました。次回からは、四人と観察者一人で、世界をもっと深く探っていきます。




