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11/17

この世界はRPGだ

 翌日は朝から雨が降っていた。

 大学の講義は休んだ。バイトもシフトに入っていなかった。サークルの予定もなかった。

 俺は部屋にこもることに決めた。

 今日は、考える日だった。

 机にノートを広げた。

 これまでの観察と気づきを、全部書き出していった。

 葉山の繰り返し発言。スクランブルで止まった群衆。バイト先の客の過剰反応。試験対策会での「最初から知っていた」感覚。一日で十七個の違和感。サークル仲間の集団笑いの同期。月曜日のループ。比較宗教学の授業で気づいた倫理の共通性。佐伯先輩が世界の中心からずらされた位置に立っていたこと。

 全部、書き出した。

 ノートの三ページが埋まった。

 それを上から眺めて共通する構造を探した。

 最初に見えたのは、ループだった。

 月曜日の通学路、コンビニのスーツの女性、Café Letheの常連客の入店時刻。

 全部、繰り返している。

 次に見えたのは、同期だった。

 集団笑い、葉山と一年生の身振り、ペンのリズム。

 全部、揃っている。

 三つ目は、過剰反応だった。

 俺の言葉に対する客の反応、サラリーマンの会話の長さ、おじいさんの笑い。

 全部、俺が中心にいる場面で俺に都合よく反応していた。

 四つ目は、例外だった。

 佐伯先輩。あの人だけが、俺の言葉に反応しなかった。

 ループ、同期、過剰反応、例外。

 四つの構造を並べて見ていると、頭の中である言葉が浮かんできた。

 ゲームだ。

 もっと正確に言えば、ロールプレイングゲームだ。

 ループは、NPCの行動パターン。同期は、群衆処理の最適化。過剰反応は、主人公補正。例外は、特殊なキャラクター——たぶん別のプレイヤーか、あるいは設計者の差し金。

 俺はゲームの中の主人公で、世界はNPCで動いていて、俺の優秀さは主人公補正で、佐伯先輩は別のプレイヤーだったのかもしれない。

 あまりに馬鹿げた仮説だった。

 でも、これまでの全部の観察を、矛盾なく説明できる。

 俺は新しいページに、大きく書いた。

 この世界はRPGだ。

 書いた瞬間、笑いが込み上げてきた。

 声を出して、少しだけ笑った。

 肩の力が、少しだけ抜けた。長い間ずっと喉の奥に詰まっていた何かが、ようやく形を持って外に出ていったような感覚だった。

 仮説としては、子供じみていた。中学生がノートに書きそうな、青臭い結論だった。

 でも、論理的には、それしかなかった。

 他のどの説明も、四つの構造を全部一緒には説明できない。

 そして気づいた。「子供じみている」と感じることそのものが、世界の中の俺の常識に縛られた反応なのだ。子供じみた仮説で説明がつくなら、世界の方が、本当に子供じみた構造で動いているということなのだ。

 俺は新しい行に補足を書いた。

 もしこの世界がRPGなら、設計者がいて、主人公(俺)がいて、NPC(他の住人)がいて、ストーリーがある。

 ストーリーがあるなら目的がある。

 目的があるなら敵もいる。あるいは、試練もある。

 そして、RPGなら——バグもある。

 ペン先が止まった。

 バグ。

 ゲームには、必ずバグがある。

 俺の優秀さは、主人公補正だった。

 もし、主人公補正がバグだとしたら——

 俺は他のバグも、見つけられるかもしれない。

 俺は意図的に世界の不具合を探せるかもしれない。

 外で雨が強くなった。窓を打つ音が、規則正しいリズムで鳴っていた。

 俺はノートを見つめたまま、しばらく動かなかった。

 雨の音にも、いつもと違うリズムが聞こえた。今までならただの雨音として聞き流していたものが、今は世界の処理速度のように聞こえた。

 仮説としては、まだ証明されていない。

 ゲームではなくシミュレーションかもしれない。あるいは、夢かもしれない。あるいは、俺が頭がおかしいだけかもしれない。

 でも、それを確かめる方法は一つだった。

 仮説に従って能動的に世界を試す。

 主人公補正があるなら、俺の言葉や行動は世界に過剰に効くはずだ。今までは無自覚に効いていた。これからは、意図的に効かせる。

 他にバグがあるなら、俺はそれを見つけられるはずだ。世界の不具合を意識的に探す。

 俺は新しい行に、決意を書いた。

 明日から、世界を試す。

 ペンを置いた。

 窓の外の雨音は、まだ規則正しいリズムで鳴っていた。

 俺はベッドに腰を下ろして、ノートを膝に置いたまま目を閉じた。

 長い四日間だった。

 違和感に気づき、自分の能力を疑い、世界を観察し、仮説を立てた。

 今日が節目だった。

 明日からは、能動的な検証フェーズに入る。

 俺はゲームの主人公かもしれない。

 なら、ゲームをプレイするしかない。

 プレイヤーになるか、プレイされる側のままでいるか。

 俺は、目を開けた。

「この世界はRPGだ」と書く瞬間、笑いがこみ上げる主人公。子供じみた仮説、でも論理的にはそれしかない。

雨の音、肩の力が抜ける感覚、「プレイヤーになるか、プレイされる側のままでいるか」。主人公の決意の温度を文字に残せたと思います。

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