この世界はRPGだ
翌日は朝から雨が降っていた。
大学の講義は休んだ。バイトもシフトに入っていなかった。サークルの予定もなかった。
俺は部屋にこもることに決めた。
今日は、考える日だった。
机にノートを広げた。
これまでの観察と気づきを、全部書き出していった。
葉山の繰り返し発言。スクランブルで止まった群衆。バイト先の客の過剰反応。試験対策会での「最初から知っていた」感覚。一日で十七個の違和感。サークル仲間の集団笑いの同期。月曜日のループ。比較宗教学の授業で気づいた倫理の共通性。佐伯先輩が世界の中心からずらされた位置に立っていたこと。
全部、書き出した。
ノートの三ページが埋まった。
それを上から眺めて共通する構造を探した。
最初に見えたのは、ループだった。
月曜日の通学路、コンビニのスーツの女性、Café Letheの常連客の入店時刻。
全部、繰り返している。
次に見えたのは、同期だった。
集団笑い、葉山と一年生の身振り、ペンのリズム。
全部、揃っている。
三つ目は、過剰反応だった。
俺の言葉に対する客の反応、サラリーマンの会話の長さ、おじいさんの笑い。
全部、俺が中心にいる場面で俺に都合よく反応していた。
四つ目は、例外だった。
佐伯先輩。あの人だけが、俺の言葉に反応しなかった。
ループ、同期、過剰反応、例外。
四つの構造を並べて見ていると、頭の中である言葉が浮かんできた。
ゲームだ。
もっと正確に言えば、ロールプレイングゲームだ。
ループは、NPCの行動パターン。同期は、群衆処理の最適化。過剰反応は、主人公補正。例外は、特殊なキャラクター——たぶん別のプレイヤーか、あるいは設計者の差し金。
俺はゲームの中の主人公で、世界はNPCで動いていて、俺の優秀さは主人公補正で、佐伯先輩は別のプレイヤーだったのかもしれない。
あまりに馬鹿げた仮説だった。
でも、これまでの全部の観察を、矛盾なく説明できる。
俺は新しいページに、大きく書いた。
この世界はRPGだ。
書いた瞬間、笑いが込み上げてきた。
声を出して、少しだけ笑った。
肩の力が、少しだけ抜けた。長い間ずっと喉の奥に詰まっていた何かが、ようやく形を持って外に出ていったような感覚だった。
仮説としては、子供じみていた。中学生がノートに書きそうな、青臭い結論だった。
でも、論理的には、それしかなかった。
他のどの説明も、四つの構造を全部一緒には説明できない。
そして気づいた。「子供じみている」と感じることそのものが、世界の中の俺の常識に縛られた反応なのだ。子供じみた仮説で説明がつくなら、世界の方が、本当に子供じみた構造で動いているということなのだ。
俺は新しい行に補足を書いた。
もしこの世界がRPGなら、設計者がいて、主人公(俺)がいて、NPC(他の住人)がいて、ストーリーがある。
ストーリーがあるなら目的がある。
目的があるなら敵もいる。あるいは、試練もある。
そして、RPGなら——バグもある。
ペン先が止まった。
バグ。
ゲームには、必ずバグがある。
俺の優秀さは、主人公補正だった。
もし、主人公補正がバグだとしたら——
俺は他のバグも、見つけられるかもしれない。
俺は意図的に世界の不具合を探せるかもしれない。
外で雨が強くなった。窓を打つ音が、規則正しいリズムで鳴っていた。
俺はノートを見つめたまま、しばらく動かなかった。
雨の音にも、いつもと違うリズムが聞こえた。今までならただの雨音として聞き流していたものが、今は世界の処理速度のように聞こえた。
仮説としては、まだ証明されていない。
ゲームではなくシミュレーションかもしれない。あるいは、夢かもしれない。あるいは、俺が頭がおかしいだけかもしれない。
でも、それを確かめる方法は一つだった。
仮説に従って能動的に世界を試す。
主人公補正があるなら、俺の言葉や行動は世界に過剰に効くはずだ。今までは無自覚に効いていた。これからは、意図的に効かせる。
他にバグがあるなら、俺はそれを見つけられるはずだ。世界の不具合を意識的に探す。
俺は新しい行に、決意を書いた。
明日から、世界を試す。
ペンを置いた。
窓の外の雨音は、まだ規則正しいリズムで鳴っていた。
俺はベッドに腰を下ろして、ノートを膝に置いたまま目を閉じた。
長い四日間だった。
違和感に気づき、自分の能力を疑い、世界を観察し、仮説を立てた。
今日が節目だった。
明日からは、能動的な検証フェーズに入る。
俺はゲームの主人公かもしれない。
なら、ゲームをプレイするしかない。
プレイヤーになるか、プレイされる側のままでいるか。
俺は、目を開けた。
「この世界はRPGだ」と書く瞬間、笑いがこみ上げる主人公。子供じみた仮説、でも論理的にはそれしかない。
雨の音、肩の力が抜ける感覚、「プレイヤーになるか、プレイされる側のままでいるか」。主人公の決意の温度を文字に残せたと思います。




