5話 邂逅
放課後、用事があるなどと嘘を言って3人衆を先に帰らせると、帰路にてわたしは豊浦さんの後を追った。
状況だけ見ると単なるストーカーでしかなく、なんなら中身を見てもストーカーに準ずるというのは否定できないところである。
人気の少ない通りに入り、1人になったのを好機と見て、わたしはついに豊浦さんへ声をかけた。
「と、豊浦さん!」
彼女は静かにこちらへ振り返る。
「……」
無言で首を傾げた。用件を述べよ、ということことだろう。あるいは、お前は誰だとわたしに問うているのかもしれない。まあ同じ制服、同じ色のリボンをつけているわけだし少なくとも不審者ではないことは分かってくれているはずだけど。
……って、しまった。何にも言葉を用意していなかった。
急に「キスしてください!」だなんてキモくないか、わたし。ここは下手に出て「キスさせていただけませんか?」の方がいいのか?
いやいや、どっちにしろキモい! 豊浦さんからしたら本当に意味不明じゃん!
だって、わたしは見知らぬ女子だし、そんなのにキスをせがまれるのも突飛すぎるし、尾行してたってのもやばいし……。
どうしよう、勢いでここまで来ちゃった。もう引き下がれない……。
ええい、当たって砕けるとしよう。言葉を用意していなくたって要件は1つだけなのだから!
どうせこの件以外で豊浦さんと関わることなんてこれからもほとんどないだろうし、どう思われようと一向に構わない!
「豊浦さん! わたしとキスして!」
なんて拙い発言!
わたしの今の状況でも話せば少しは同情してくれたかもしれないのに!
こんなのただ発情した百合娘じゃないか!
恥ずかしい! 今すぐ走り去りたい!
わたしの脳内では悠久の時間が流れていた他方、現実世界ではほんの一瞬の出来事であって、感覚としてはわたしの言葉と間を置くことなく、続けるように豊浦さんは口を開く。
「うん、いいよ」
帰り支度のため右足を半歩後ろに下げていたわたしは驚いて体勢を崩しそうになった。
返答を忘れたわたしへの気遣いなのか、
「いいよって」
と豊浦さんはもう1度繰り返した。
そのおかげでようやく現実を再確認させられ、わたしは自我を取り戻した。
「あ、え、ホントっすか?」
「うん」
なぜかあっさり承諾されてしまった。
いやまあ成功すると信じてここまで来てるわけだけど、それにしても手応えがなさすぎるというか、拍子抜けというか……。
嬉しいは嬉しいんだけども、こんなすんなりいくとは思わないでしょ……。
わたしがこんなこと思うのは絶対におかしいんだけど、不気味にさえ思ってしまう。もっと悩んでもいいんじゃない?
やっぱり遊び人としてそういうのに寛容なのかな。
こうして頭を巡らせている内に、何もアクションを起こさないわたしに痺れを切らしたのか豊浦さんはこちらへと迫ってきていた。
そして目の前に立つと、細い指をわたしの顎に沿わせ、
「今からする?」
「え、え、今から……? ホントに? いやいや……」
本音を言えば、今すぐにでもしたい、したいのだが……。
「ホントにって、面白いね。藤咲さんが望んだんでしょ?」
豊浦さんは人差し指と親指を顎に架け、いつでもわたしをおちょぼ口にできる体制に移行。
そして顔も近づけてきたが、ある程度の距離で止まる。
彼女の色んな噂は独り歩きしていたため、こうしてしっかり面を向かい合わせたのは初めてだった。
やっぱり綺麗なお顔をしておられる……。
こりゃあ男が寄って来るのも分かる。
「と、というか、わたしのこと分かるんだね?」
「分かるよ。同じクラスだし」
すると豊浦さんは、もうお喋りは充分だろうと言いたげな顔をして徐々に距離を狭めてきた。
わたしをからかってるだけで、どうせ直前で止まるのだろうとは思ったけど一応、
「……そ、そっか! でもでもこんな街角じゃ恥ずかしい、恥ずかしいかもなぁ……っ!」
「じゃあウチに来なよ」
「え、ウチに……?」
初対面で家に誘ってくるとは、なんて大胆不敵なのだろうか。
いや、これは豊浦さんの常套の手口で、今までもこうやって男を連れ込んでいたのかもしれない。
まあ屋外でキス、というより豊浦さんと2人でいるところを見られるわけにはいかないのでその提案は渡りに船といったところで。
「ウチ、もう近くだから」
「今ご家族がいないとか?」
「いや? お母さんもお父さんももう帰ってると思う。おまけに弟もいる」
「えっ」
「何か問題?」
「いや……」
声とか音で家族に見られる危険性があるでしょ、なんて反論の言葉は浮かんだけど、これからキスができるということでもうどうでもよくなった。
どうせキスする場所は探さなければならなかったし。
いずれかが男なら疑いの目を向けられること必至だけど、わたしたちは同性、他人からみたらただの友達同士にしか見えないはず……。
なんて自分に言い聞かせるようにして。
「じゃあ、お、お邪魔させていただきまぁす」
この時ばかりはわたしってチョロいなと思った。




