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4話 豊浦命という女

「あ、あー、豊浦さんなー、美人よなー、うん、ほんま美人よなー」


「……うん、顔はいい。美人」


 お嬢様学校だった名残で品行方正、質実剛健を売りにしてるこの媛ノ森において、”豊浦命”という名前は──マイペース娘の翠は除いて──某闇の魔法使い並みに口にするのを憚られている。そして、その彼女自身の控えめな性質も相まって話題に上がることなんてこれまでほとんどなかったため、存在すら失念していた。同じクラスなのに。


「確かにぶっちぎりで1番モテてはるやろなぁ……。しかしなぁ、豊浦さんは麗衣と同じで殿堂入りちゃう?」


「そーなの?!」


「いや、だって豊浦さんは……なぁ?」


 豊浦(とようら)(みこと)

 彼女はウチのクラス、延いては学年、学校内において、"遊び人"として名が知られている。この学校では特に珍しい人種である。

 遡ること中学時代、男をとっかえひっかえしまくり、元彼の数は軽く2桁を超え、途切れることなく彼氏がおり、跨って付き合ってたこともあったりと、モテにモテまくっていたと音に聞く。

 そのファム・ファタール的伝説に見合うように確かに顔は極めて端正、またその寡黙さはミステリアスさと結びつき、まさにクールビューティーと言った雰囲気。わたしにはまるで遊び人のようには見えないどころか、清楚系にしか見えないのだが、それは素人の感想であるというのは言うまでもない。

 純白たる百合の花のような外見とは裏腹に食虫植物のような内面、本性を秘めているのか。あるいは、やっぱり大人しい性質が災いし、押しに強く出ることができず、断るのが苦手で男にいいように付き合わされてた、みたいな? だから軽く性欲を満たしたい男にとっては格好の餌食だったとか……。

 まあ、わたしの知るところではないけど。でもそうだったとしたらちょっと可哀想かも。

 しかし不思議だ。なぜこんな女子高なんかに進学してしまったのだろうか。

 媛ノ森に来たということはわざわざ受験勉強を頑張ったということ。つまり、うすらぼんやりとしているうちにここに進学してしまったとかではなく、自らの意思があってここに進学したのだ。

 共学にいけば豊浦さん的に豊かな高校生活を送れたんじゃないか? もしかして、もう男と付き合うのに嫌気がさしたとか? それとも大学受験に集中するため? はたまた一周回って女の子の方にも興味が湧いたとか……なんてね?

 まあ、豊浦さんレベルともなればここにいても男と関わりがあるだろうし共学とか女子高とか関係ないのかもしれない。

 これまでも幾度となく誰かとキスをしてきて、またこれからも誰ともなくどこにいても好きな時にできるのだろう。

 ……なんて羨ましい女なんだ、ちくしょう。

 わたしは視線をちょろっと動かし、前の方を見遣る。

 廊下側、前から2番目の席で静謐に文庫本を開いている女。肩まで伸ばした艶やかな黒髪と地面に対してぴしんと垂直に伸ばしている背中は後ろから見ただけで美人だということがよく分かる。本のページをめくる所作はシスターが聖書を朗読する時のように慎みに溢れ、控えめで、柔らかくも感じる。

 人は見た目によらないものなんだなぁ、なんて思ったりする。

 ……わたしはどうしてこのような女を忘れていたんだろうか。

 まあ、仕方ないか。あの豊浦さんと仲良くしているだとかいう噂が流れてしまった暁には、村八分、爪弾き、除け者、とはいかないものの、侮蔑的な視線を送られることになるのは間違いなく、内にあるわたしは避けるのが利口だと本能的に感じていたのだろう。


「豊浦さん、ねぇ……」


 わたしは後姿を眺めたままで、頭を巡らせていた。

 顔が良く、遊び人故キスには慣れているはず。

 目立たない娘、ついで断るのが苦手。

 キスする相手は顔が美形であれば美形であるほどいい。

 遊び人ということはということはキスにいちいち感情を抱くこともなく、また手際がいい。

 目立たないということは風聞の発信源になりにくく、キスだけという不健全な関係がバレにくい。

 なるほどなるほど……。


「あっ」


「どないしたん、深喩ちゃん」


「いや、なんでもない」


 ……都合のいい女、見つけました。

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