3話 友達②
「……てあっ、忘れてた! 廊下でね、違うクラスの子が麗衣のこと呼んでたよ!」
ああ、またいつものアレね。
翠の言葉に麗衣は顔を歪めた。めんどくさがるような、嫌気がさしてるような、そんな顔。でもそれはほんの一瞬で、すぐにあからさまに表現するのは違うと思い出したように、配慮するように普通の状態に愛想笑いを足したような顔になる。
その顔は多分、わたしたちにしか見せない。
「へぇ、どの子?」
その言葉を翠は拝謁の許可と解釈したらしく、廊下の方に目を遣って、もじもじしているような娘とその隣で背中をさすっている娘にハンドサインを送った。
2人組はのたのたとこちらへやってくると、わたしたちには見向きもせず一目散に麗衣の前まで進んでいき、その内のゆるくパーマのかかった方の娘が一歩前に出ると、
「あ、あの……狼代さん! 今日、お昼休みに少し、少しだけでいいので時間をください!」
「あぁ、うん。分かったよ」
「え、えっと! 中庭のベンチで待ってます!」
「りょーかい」
告白した娘は小さくガッツポーズをし、付添人と目配せをすると、踵を返し、そして入り口付近で一度立ち止まると、こちらに、いや麗衣に対して控えめに手を振って去っていった。
麗衣は2人組が完全に見えなくなったのを確認すると、小さく息を吐き、さっき作りかけた顔を再現して肘をついた。
翠と椿はそれを見て、にやけつつ、
「よっ! 媛ノ森の王子様ー!」
「モテるオンナは大変やなぁ」
麗衣とは全く真逆のようなテンションで囃し立て始めた。
と、ここまでがほぼ毎日のルーティーンである。
顔が良すぎるのも困り物だなと思う。こうも続け様にアプローチされたら誰だってうんざりする。麗衣のようなことが人生で起こったことがないので例え話だけど、毎日毎日ウチに近所の人が世間話をしにきたら当然うんざりする。でも近所の人だから無碍に扱うわけにもいかないし……みたいな。
中学時代、麗衣は共学に通っていて、そこではここの男版が繰り広げられており、それに加えて男同士で麗衣を巡って何度も色んないざこざが起こったらしく、その甲斐あって男嫌いになってしまったという。
しかし、女子高にきてみても状況はまったく好転せず、それどころか横ばいで、最近だと女子も怖いなんてぼやき始めている次第である。
可哀想に。
「モテモテで羨ましい限りだよー、麗衣!」
「何が羨ましいの」
「またまたー、謙遜しちゃってさー!」
「謙遜とか……」
「こんだけモテてたらこの学校支配できるよ! みんな麗衣に従うよ?!」
「別に……」
実はわたしもちょっとだけ羨ましかったりする。
麗衣にキスされて嫌な気持ちになる女はいないだろうし、思い切ったら選り取り見取りでやりたい放題できるだろうから。
まあその代わりキスした全員から恋愛感情を向けられることになるんだけどね。
「ホントすごいよ、麗衣。女の子にモテるって相当顔良くないとじゃん? 自信持ちなって」
麗衣は窓の方に顔を向けたまま、誰に向かって言うでもなく、ただ静かに、
「……私はさ、知らない何人かに愛されるよりも好きな人だけ、その1人に愛されたいよ。好きな人以外からの愛情なんて私にとっては何の価値もない」
「お、おう……。意外とロマンチストなんやな、麗衣。ポエミー狼代やん」
「う、うるさいっ!」
椿の冷やかしに麗衣は顔を赤らめて反応。
「……って、その言い草やと麗衣って好きな人おるん?! ほんまに?! 初耳やねんけど! えぇ?!」
「別に言ってないし。言う必要もないし」
「え、じゃあほんまにおるんや。誰なん?」
「言わないって」
「はぁ? うちに話通さないって何事やねん」
「あんた、私のお父さん? お父さんだったとしてもまだ結婚するわけでもないんだから勝手にさせて? 友達にだって隠しておきたいことの1つや2つあるんですよーっだ」
「好きな人の話は別腹やろ! というか友達にこそ話すべきやろ。さ、この大親友たる椿さんに話してみぃや」
「ヤだ」
正直、ここ最近で一番驚いた。
麗衣のことだし、男を好きになることはまずありえないとして、かといって女ってのもあんまり考えにくい。
これまでに何度もフッてきているのを見てきているけど、麗衣に告白するという人は皆、麗衣の隣を歩いていても違和感ないような、麗衣に引けを取らないような可愛い子が多かった。まあそうじゃないと麗衣みたいな美人に告白する勇気は出てこないんだろうけどさ。それでも麗衣が告白の返事を少しでも悩んでいるところをこの方見たことがない。だって毎回返事の定型文は決まっていてそれを機械的に出力しているという感じだから。
やっぱ麗衣とまでなると、内面で人を好きになるのだろうか。
もしかしてわたしたちの知らないところで既に長く付き合ってる恋人がいたりして。あるいはそもそも人間ではないとか。はたまた二次元のキャラ、アイドル、大穴で家族とかね?
そうだったらなんかギャップ萌えだなぁ。
「麗衣、恋バナしよや。相談乗ったるよ。だから早く白状しぃや。楽になろうや。な?」
「椿はそういうの聞いて楽しむだけじゃん。絶対的確なアドバイスとかしないし」
「む、失敬な……」
「椿って野次馬根性が擬人化したみたいな人間じゃん」
「ひ、ひどいっ!」
あれ、アドバイスってことはちゃんと3次元に存在する人間で……さらに本気で狙っているということ?!
麗衣にそんな人がいたとは、というかこの世界にそんな人類がいるとは……。
どんな傑物なんだろうか。めちゃめちゃ気になるんですが……。
「でもでもー? もちろん麗衣は抜いてだけどさ、結局この学年だったら誰が1番モテるんだろーねー?」
翠が急に新しい話題を振ってきたため、麗衣の好きな人の話は一旦隅に置かれることとなった。
残念。わたしがここから問い質して追い詰めてやろうと思ってたのに。
まあまた後で時間があるときにでも探りを入れてみよう。
「そやなぁ、うち的には1組の前橋さんとかな。いちいち仕草に品格があるし、華がある。育ちの良さが滲み出てんねん。着物とか絶対似合うわ」
「前橋さんね! ザ・和美女って感じだよね?! 分かる分かる! では狼代麗衣嬢の意見は?! ……あ、でもまずいか! 王子様が庶民1人を贔屓するようなことさぁ!」
「別にいいでしょ。シンデレラだって王子様に見初められたんだから」
「おー、確かにそうだ! で、麗衣嬢のセレクトした庶民とは一体?! 誰なんじゃ?!」
「私的には……」
顎に指を当て、悩むような仕草をして、
「……うん、そうだな、やっぱり深喩、かな」
「あ、え、わたし?」
「あー、逃げた! 王子様が逃げた! 身内を言えば許されると思ってからに!」
嬉しい。麗衣に褒められるなんて僥倖も僥倖、この上ない栄誉だ。
もし、わたしが犬だったらしっぽがついてたらぶんぶん振り回してるだろうな。
「や、やったぁ! わたし、モテるかな、モテるのかな?! かの麗衣さんに言われるのはすっごい嬉しいんだけども?!」
「まあこの中で唯一、年齢=彼氏いない歴ちゃうもんな。一理あるわ」
「そうじゃなくてさ。深喩って可愛いじゃん、顔。モテるとかも顔があってこそでしょ?」
「え、ええ?! 可愛いかなぁ、わたし? うふふふふ」
「うんうん、分かるでぇ。身内の欲目とかなくて、うちも深喩ちゃんは可愛えと思うでぇ?」
「え、椿も思ってたの?! もー、早く言ってよぉー!」
「ほんまに可愛いと思うわ。溜めてたどんぐりの場所を忘れてまうリスみたいで」
「それはどういう意味じゃい、コラァ!」
わたしが椿に掴み掛かろうとした時、すかさず翠が割って入るようにして、
「まーまー、落ち着きなはれ。んじゃあ深喩ちは? 麗衣様に見初められた深喩ちは誰だと思うのじゃ、モテ女ってぇのはよぉ」
と、問うてきたので仕方なく答えることにする。
一方の椿はというと微笑して、おどけるように肩をすくめている。
椿め。わたしをいつもからかいやがって……。
「えーっと、わたしはねぇ……」
モテる人、か。パッと思いつくのは……。
「うん、そうだな、麗衣、かな。きゃー、両想い、両想いだねぇっ!」
そう言うと椿は一転して呆れたような顔になり、「はぁー」と長く溜息を吐いて、わたしのほっぺたをつんつんとつつきながら、
「もうええわ、いらんてー、そういうの。サムいわぁ。身内のいちゃいちゃとか誰が見たいねん。気色悪い。そもそも麗衣は抜いてって翠が言うとったやろ。しばいたろか? てかしばき回す、絶対に」
「そこまで言う?!」
なんていう馬鹿みたいな掛け合いに、全員で示し合わすように大爆笑し、ようやく落ち着いたところで椿がまだ答えを出してない最後の人に質問を投げかけた。
「ところで言い出しっぺの翠はどうなん? 誰がモテると思うん?」
「学年1のモテ女でしょー? うむむのむー……」
「自分で言っといて考えてなかったんかい」
翠が腕を組んで身体を左右に揺らして数秒後、思いついたのか人差し指をピンと立てると、
「……分かった、思い出した! 豊浦さんとか! 豊浦さんとかね?! どうかね?!」
その言葉に、わたしたちを取り囲んでいた空気は一瞬にして凍り付いた。




