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2話 友達①

 昨夜の革命的発想により、わたしは教室内の女たちを舐め回すように、あるいは品定めするように眺めていた。

 既に男とファーストキスを済ませているので、相手選びにあまり気負いする必要はないのだが、それでもキスができれば誰でもいいというわけではない。

 まずもって勘違いしないでほしいのだがわたしは百合娘ではない。無論、周りに女しかいないから妥協しているだけで、男がいるのなら絶対的に男の方がいいに決まっている。

 というのも、女とのキスはわたしのしたそれとは全く別物の可能性があり、満足できない可能性があるからだ。

 ゆえに、これは危険な賭け。満足できるのならそれでいいのだが、できなかった場合、わたしにはただ女とキスしたという事実が残るだけで無駄足、それどころか、お腹が空いてる時にちょっとしたお菓子とかを食べたらもっとお腹が空いちゃうみたいに、よりキスが恋しくなってしまう。

 そうなればわたしは突如として街中でキス魔と化してしまうかもしれない……。

 だからこそ、わたしが探しているのは当然恋人などではなく、キスだけさせてくれるような都合の良い女、もとい、その唇である。

 ただ、キスに感情を込められてしまうのは困る。感情が込められてしまえばそれは必然的に特別な意味が付与されてしまうから。わたしにとって特別な意味を持つキスとなるのは恋人、カレシになった人だけ、恋愛対象にはならない同性は言うまでもない。

 しかし、多感なお年頃で、かつ特殊な環境に置かれている媛ノ森の淑女たちは、同性であってもキスをしてしまえば初めての刺激に酔い、感情を誤認してしまう恐れがある。そう、キスの快楽の原因をわたしに求めてしまうのだ。なのでそうならないような人材を吟味しなければならない。

 幸甚なことにわたしの周りには顔がいい女、また若くてぷるぷるとした唇が溢れている。選り取り見取りである。

 ……とはいっても、それらにやったらめったら見境なくキスをしまくるようでは、わたしは単なる遊び人でしかなく、痴情のもつれ的展開になる可能性もあり、わたしの築き上げてきた心地の良い平穏たる高校生活はたちまちに崩れていくことと相違ない。

 それだけは避けなければ。

 

「──深喩(みゆ)?」


「……な、なに?!」


 気づいたらわたしの目の前に、極めて近距離で端正な顔があった。

 麗衣(れい)は先ほどからわたしの顔をまじまじと観察していたようで、


「深喩、今日はなんだか様子がおかしい」


「そ、そんなことないんですけどー?!」


「昨日まではずっと机に突っ伏すか、一点を見つめて哀愁に浸ってるかのどっちかだったじゃん。明らかにヘンだよ」


 それは傍から見れば何の変哲もない、友達との距離感であるものの、女とのキスを許容してしまった今のわたしには少し刺激が強すぎる。

 どうしても唇の方に目が行ってしまう。それも端正な顔である分、気を抜くと吸い寄せられそうになる。

 ……って、ダメ! ダメだぞ! 自我をしっかり保て、わたし?! 麗衣はダメだ! 

 確かに、()()狼代(かみしろ)麗衣(れい)とキスしたとなれば、その経験は他人へ大いに誇れるものとなることこの上ない。けど……後が怖い。いやいや、バラそうだなんて意思はまったくないんだけども、例によってわたしは見栄っ張りなので自分でも制御できずに無意識的に匂わせをやってしまう気がする。

 ほら、何でもない時にいやらしい目配せとかしちゃったりとか、麗衣と親しくなろうと一生懸命話しかけている女の隣で「まあわたしは麗衣とめちゃくちゃキスしてるけどねー?」なんてのを鼻にかけるようににやにやしたりとか、わたしのことだし、大体そんなものだろう。

 ()()狼代(かみしろ)麗衣(れい)とキスしたことがある()、なんて肩書を入手してしまった暁には、多分誰かと話す時にでも毎回、心の中でマウントを取ってしまうことになりそうだ。「あ、まあでもこいつはわたしと違って麗衣とキスしてないからなぁ」って。

 そうなればとうとう激やばこじらせ女の完成である。

 わたしは自衛のために反対側を向くが、


「うちも思っててん。失恋してからずっと溶けた顔してはったのに今日は随分趣が(ちご)てる。なんかあったん?」


 そこにも端正な顔が、わたしを上から覗くようにあった。

 あら、柔らかそうな唇。指でつついてみたらぷるんって跳ね返してきそうだ、ぷるんって……。

 ……って、いやいや、麗衣がダメだからと言って椿(つばき)がいいわけでもないぞ、わたし?! 

 そもそも、同じグループでヘンな関係になるのは色々と問題がある。2人の中でぎこちなさが生まれて今まで通りにやっていけなくなるかもしれないし、そういうちょっとした空気感の変化から関係が悟られる可能性だってあるし……。

 わたしは唇を口の中に収納してじっと堪える。


「かといってすっかり立ち直ったって感じには思えへんなぁ……」


 椿はうーんと唸りながら、わたしの微細な表情の変化を読み取ろうとしている。

 視線の行方を悩んだわたしはやむを得ず、机に落とす。


「い、いや、もうとっくに立ち直ってるんだよ! ホントに!」


 彼女らは、昨日までのわたしを失恋のショックでしょんぼりしていたと勘違いしているようだが、実はそうではなく、キスができなくなったことをずっと嘆いていたのだった。

 しかして今日に関しては、キスが出来る可能性が少しでもあるということで、昨日までとはうってかわって通常モードに近いようになっている。

 確かに客観的に見ればつい昨日までメランコリー状態だったやつが急激に元通りしているというわけであって、強がってる、あるいは情緒がおかしいやつと映るのも当然かもしれない。

 まあ、わたしの本心なんて正直に言えるはずもなく。


「体調悪かったのと失恋がたまたま重なってただけだから! 今は本当に大丈夫! 治った! 元気いっぱい!」


「ほんまけ? ほんの昨日まで『翼くん、翼くん……』ってたまに小さく呟いとったのに? 昨日の今日でそんな復活できるもんなん?」


「え、嘘! まったくの無意識なんだけども?!」


 すると麗衣は急に机を強く叩いて立ち上がり、わたしに迫ってきて、


「許せない! 深喩をそんな状態にまで追い詰める男!」


「落ち着いて、麗衣。いやね? わたしが悪いんだよ。付き合ってすぐキスとか今考えたら普通に不誠実だしね、うん」


「深喩のファーストキスを奪っておいて、責任も取らずに逃げるなんて……。とんだ悪男だよ、その翼ってやつ!」


「わたしのために怒ってくれるのは嬉しいんだけど、ちがくてぇ……」


「麗衣、アンタは深喩のオトンけ。確かにぃ? 深喩ちゃんはチョロいオンナやし守ってあげたくなるのはよく分かんねんけどなぁ……」


「むむ?! 聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ! わたしがチョロい? わたしってチョロいんですか?!」


「いや、出会ってから1週間で告られてほいほい付き合ってまうオンナがチョロくないっていうならチョロいってなんなん。教えてぇ、そういうオンナの他の的確な表現教えてぇ?」


 言い返せなかった。

 でも、好きになられちゃったのは──そういう風に仕向けてたのは認めるけど──仕方なくない?  

 なんですか、わたしの溢れんばかりの魅力をどうにかして減退させろというわけですか。

 これからずっとヘンな形のサングラスでもつけてればいいのかね。


「椿っ! 私はオトンとかじゃなくて、私は……本当に深喩を心配してるのっ! そもそもの話、折角媛ノ森に来て汚らわしい男たちから離れられたって言うのにわざわざ──」


「あぁ、また始まってしもた、麗衣の男嫌いトーク。もううんざりやわ。これも深喩ちゃんのせいやで? どう責任取ってくれるん?」 


「なんでわたし!」


 こうして普通に会話していると、昨日までは本当に上の空で血の(かよ)ってない返事をしていたのだと痛感する。キスができるかもしれないってだけでこんなに活力が満ちるなんて。

 あぁ、確かにわたしってチョロいのかも……。

 いや、違う。キスが偉大なだけだ。わたしがどうこうって話じゃない……はず。


「へーい! 深喩ちー!」


 と、後ろからそんな軽快な声が聞こえてくると同時に、首が腕で囲まれた。


「おお、おはよう、(みどり)……」


 わたしが振り返って顔を合わせると、


「お、お? ちょっと元気になったっぽい、深喩ち?」


 端正な顔がにかっと笑いかけてきた。


「ま、まーねー」


「はぁー、よかったにゃー!」


 そう言うと、翠はわたしの肩に置いていた頭を少し伸ばして頬ずりをかましてきた。

 ちょっとみんな距離が近すぎるんですけど?! 

 なんでこうもわたしの周りには美少女、美少女、美少女で固まってるんですか?! 

 あれですか、女とのキスを解禁したからってこの3人はわたしを誘惑してるんですか?! 

 もうそうとしか思えないんですけど?!


「元気のない深喩ちは塩のかかってないポテトって感じだからのっ、うん!」


「なんか微妙な例えだな……。そういうのが好きな人もいそうだけど」


「確かに素材本来の味を楽しめるもんねっ!」


 ……そうだ。麗衣も椿も翠もわたしの大事な、高校を卒業してもこれからずっと付き合っていきたい友達。キスなんか絶対にするわけにはいかない。してしまった暁にはこの関係性は歪んでしまうから。

 そもそも、キスだけとかいう関係、それは極めて不健全だし、何かあったときにはすぐに手を切れるようにしなければならない。

 そういう面で考えてもやはり友達とキスするのはよくない。

 まあ友達同士で遊びの感じでキスするって話、聞いたことあるけど、わたしの耳にリアルに届いたことはないからそれは一種の都市伝説的なものだと捉えてるし、キスした後も平然と友達として過ごすなんてわたしには到底できない。唇を見る度、必ず意識しちゃうだろうし。

 多分、そういうのは友達から一歩進んだ、いわゆる友達以上恋人未満的関係、あるいは幼馴染とか家が隣同士とか親同士の付き合いがあるとかで長い時間を一緒に過ごしてきて、もう家族同然みたいな2人によってのみ起こり得るのだと推測してみる。

 ほら、感情が恋とは別のベクトルの愛情に振り切ってるんだよ。

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