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13話 エピローグ+α②

「……で、何があってん」


 一通り、談笑をし終わって、カフェラテもぬるくなってきていたところ、ようやく当初の目的を思い出したようだった。

 放課後、わたしたちが足を踏み入れたのは何の変哲も思い入れもない喫茶店。

 おしゃれすぎず、レトロすぎず、個人でやってるのか、チェーン経営なのかさえかも分からず、どこの街にあってもおかしくないけどやっぱりないかもしれない、みたいな、そんな感じのところ。

 店内には老若男女色んなお客さんがいて、大体が読み物に時間を費やしているのだが、どこからか流れているジャズか何かの音楽のおかげでお喋りをしていても別に場違いということもなく、変な緊張もせず学校と同じようなテンションでいれた。

 ちなみに、そこは3人衆といつもたむろする喫茶店とは違って、学校からも駅からも少し離れた──静閑な住宅街が広がっていて、発展という言葉とは程遠い──場所にあって、媛ノ森の生徒は1人も見えない。

 わたしはもちろん初めてだったのだが、椿はどうやらそうではないらしく、何度か来ているような口振りをしていた。


「なんで思い出しちゃうんだよ……」


「もともと忘れてないわ。談笑はあくまで前座やん。深喩ちゃんがこれから重々しい雰囲気で話すと思ったらやっぱり場あっためることは必要やろ?」


「なんでわたしが椿に悩みを打ち明ける前提なの?」


「友達が困ってたら寄り添ってあげたいやん?」


「その台詞クサすぎでしょ」


「やーん、そんなこと言わんといてー? 純度100%の善意やでぇ?」


「……どーだか」


「ほら、椿お姉さんに全部打ち明けてみ? 楽なんでぇー」


「いやぁねぇ……」

 

 どうせわたしの不幸話を聞いてげらげら笑うだけだとは思うけど……。

 まあいいや。もう今はいっそのこと笑い飛ばしてくれた方がいいのかもしれない。

 とりあえず豊浦さんのことは置いておくとして。


「翼くんがね……」


「ぶはっ、あー、やっぱり翼くん関連なんや。純愛やなぁ」


 まるで「この色女め」と言いたげな顔でわたしことを細目で見てきた。


「……まぁ、うん。で、その翼くんがなんとね、復縁を申し込んできたの」


「えぇー?! ほんま?! 翼くん、深喩ちゃんのこと大好きやん! やばっ! 忘れられへんかったんや、深喩ちゃんとの日々を……。でもあれやな、己から捨てたくせに虫がよすぎひん?」


「それはそう。でもちょっと同情できるところもあるからなんとも言えなくて……」


「はーん。捨てたのにも事情があったってわけか。それでも乙女の心を傷つけたのは事実やし、許せへんねやろ?」


「いや、そこは許すことにした」


「え、じゃあ復縁するん……?」


「そこを悩んでるんだって」


 椿はわたしを、目の前に飲み物があるのに喉が渇いたと叫ぶ変人を見るような顔をして、


「……何を悩むことがあるん? 深喩ちゃんにとっちゃあ願ったり叶ったりやんか。もう相手側に懸念点はないんやろ?」


「”相手側”にはね……」


「ん、というと?」


「……それが色々フクザツなんだよ」


 さて、ここからが難しいところだ。

 別れてすぐわたしは豊浦さんとキスフレを結成していたとか昨日麗衣にキスされたとか言えるわけがない。

 まあ、翼くんに仮託して話せばいいってだけなんだけど、でもキスフレなんて関係は一般的に存在しないだろうから、わたしと豊浦さんみたいな関係性を"キス"を使わずに説明しなければいけない。

 ……いや、キスフレからキスを抜いたらただのフレンドになるんだけどさ。

 それでも、わたしと豊浦さんはただのフレンドでは絶対にないし……。

 

「……えっと、まず翼くんがね、わたし以外の2人から言い寄られてるんだよ。分かりやすいように、その2人のことはこれから甲さんと乙さんってことにするね? でぇ、甲さんは翼くんがわたしと付き合ってる以後、復縁を申し込む以前から交流があってなぜだか付き合ってると勘違いしてるらしい。一方の乙さん、翼くん自身はその人とは仲の良い友達だと思ってたんだけど、実は乙さんは翼くんに前から好意を抱いてたから、翼くんがわたしに復縁を申し込んできた以後、焦りからか分かんないけど飛び込みで告白してきたの。そんでもって甲さんと乙さんは恋敵よろしく啀み合いをしてて……みたいな。それだから、どうやったら平和裡に事が進められるかっていう、そういうことで悩んでるわけなんだよ」

 

 状況をデフォルメして話してみた。やはり、わたしの小さな頭ではキスを使わず、キスフレというのを説明するのは不可能だった。

 とはいっても、これでほとんど状況は伝わるし、大方内容は合っている。

 そもそも、別にわたしは椿に崇高な助言を求めてるわけではないし、期待はしていない。

 だからなんとなくで話せさえすればいいのだ。


「……えぇ、知らん間にむっちゃオモロいことなってんやん! 逐一報告せーや、そういうんは! いやぁ、翼くんってモテはるんやなぁ。……ちゅーか、そんなんをオトした深喩ちゃん、えぐいな。やっぱり色女やでぇ」


「そんなことないです……」


 ホントは全て逆の出来事なんだよ。

 これで色女とか言ってたら、事実を知った時、椿は腰を抜かすでしょうね!


「平和裡、ねぇ……。それは無理ちゃう? バトルしかないんちゃう? 奪い合いとちゃう?」


「それを言っちゃあこの話はもう終わりなんだよ。よし、帰ろうか」


 机に手をついて立ちあがろうとしたところ、椿はわたしの肩を掴んで座り直させられた。


「ジョークやわ。……確かにな。それやったら趣も何もないわな。ちなみにやけど……翼くんとの復縁を進めることが前提でいいん?」


「まあ、一応……」


 と、言ってみたものの、結局わたし自身はどうしたいんだろうか。

 一途な翼くんと付き合い直してもいいし、キスフレの関係を格上げした豊浦さんと一緒にこれから色々楽しんでもいい。かといって、わたしのことが好きらしい麗衣に甘々にしてもらうのも悪くない、どころかしてほしい。

 いや、わたしはなんて不埒でわがままで優柔不断な女なんだ……。

 一番の先約は翼くんなんだから、翼くんと復縁するってのが筋だろう。

 でも、豊浦さんとのキスフレ関係は翼くんと付き合ってない間に結成していて、麗衣も一朝一夕でわたしを好きになったわけじゃなく、前からそうだったと考えるのが妥当だから、翼くんに決め打ちするのはアンフェアと言えるのかもしれない……。


「やったら話は簡単ちゃう? その2人も翼くんと一緒に付き合ってまえばええやん。これで仲良しこよし、みんなが幸せに暮らしましたとさ。ちゃんちゃん。どや」


「どや、ちゃうわ! 椿には倫理観ってものが備わってないの?! そういうの3股って言うんだよ? 日本じゃ法律的にも慣習的にも許されてないんだから! 恋愛ってのは1対1が基本なの! そもそもね、みんな恋敵だったのに急に一緒の彼女になれるわけないじゃん!」


「深喩ちゃんに『昨日の敵は今日の友』という言葉を授けたる」


「その言葉くらいわたしでも知ってるけどさぁ……」


「ほら、北条時行だって後醍醐天皇に一族滅亡させられたけど結局は一緒に戦うことなったやん? つまりそういうことやん」


「わたし以外の2人がさ、歪んだ正義みたいに、敵は敵みたいな思想持ってる可能性だってあるんだよ? だったらどんだけ取り繕っても無駄じゃんよ……」


「確かになぁ……。じゃあ困ったなぁ……。どうしようもないなぁ……」


 そう言うと、椿は慣れた手つきでカップの取っ手をつまみ、口元へ運んだ。


「……でもなぁ、甲さんも乙さんも勝手に翼くんのこと好きになっただけやろ? 翼くんがその2人にどんな感情抱いてるかは知らへんけど、深喩ちゃん一筋なら普通に復縁してまえばええと思うけどな、うちは」


「それができてたら苦労してない!」


「アンタは何にも苦労してへんやろ」


 そうだった。あくまで翼くんの話だった。

 思わず感情が昂っちゃった。

 危ない危ない。


「そうだけど……。あのね、翼くんによると、甲さんには恩みたいなのがあって無碍に扱うこともできず、乙さんはホントにいい友達だと思ってたからあんまりこれ以上関係をこじらせたくない……みたいな感じなんだって。だからフクザツなんだよ」


「ふっ、贅沢なオトコやな、そいつ。オトコなら好きなオンナのためには他一切捨てる覚悟でいかなあかん。やっぱり深喩ちゃん、そんな女々しくてなよっちいオトコと復縁なんかやめーや。新しいオトコ探す方がよっぽど健全やと思うで? それかもういっそのことオトコは諦めて高校生活はうちらで楽しくやっていこや。な? それじゃいかん?」


 そうできたらどれほど良いことか。

 わたしだってこんな状況から逃げ出したいよ。

 ……いや、嘘だ。逃げ出したくなんかない。

 逃げ出すということはもう豊浦さんとか翼くんとか麗衣との付き合いを一生諦めるということと同じ。

 わがままだとは分かってるけど、それはイヤだ。

 でも1人を選ぶというのは、その人以外を選ばないということで……。


「……」


 適した返答が見つからず、わたしは無言。


「……そっか。深喩ちゃんはうちが思って以上に翼くんに思い入れがあるみたいやわ。でもな、これからいっぱいいっぱい悩んで苦しむことになるかもしれへんのに……ええの? どうしても深喩ちゃんは血湧き肉躍る恋がしたいん? この先は茨の道やで?」 


「い、行くしかないっしょぉ……。だって茨の道でも進まなきゃキスができないんだもん!」 


「……まぁたキスかい。深喩ちゃんはほんまにキスが好きな子やなぁ。そんなにいいもんなん、キスって」


「いいってもんじゃないんだよ! あのね──」


 と、若干引き気味の椿を差し置いて、わたしはキスについて熱く語ってやった。


「ふふん、これは経験者にしか分からないかなぁ?」


「……なるほどな。ほんまよう分かったわ、キスはすごいんやな。ありがとう、長々と語ってくれて」


「分かってくれたなら何より!」


 椿はわたしのカップの中を覗いて、


「……そろそろ出よか?」

 

「そうだね。まあなんだ、その……今日は話を聞いてくれてありがとね、なんて言うと思ったか!」


「随分な言い草やな。そういう捨て台詞は最後の最後に取っとき? まだこれから一緒に帰るんやで?」

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