12話 エピローグ+α①
「あぁ、どうして……どうしてこうなったぁ……」
わたしは自重で地面へ落ちようとする頭を両手で支えていた。
あんな大事件が起こってしまった次の日の朝、校内はどこか落ち着きがなく、あちらこちらから聞こえてくる音はわたしの頭をより重くさせた。
それは多分、わたしの隣が空席のせい。
1人の休みがこれほどまでに影響を及ぼすなんて。媛ノ森の王子様という存在はわたしが考えている以上に大きいのだということを嫌にでも思い知らされる。
一方で、静謐に百合官能小説を開いている遊び人の姿もいまだに確認できないのだが、それを誰も気に留めている様子はない。
2人とも顔を合わせるのが気まずいんだろう。それぞれにも、わたしにも。
昨日のこと、麗衣にキスをされ、告白をされ、ここからいよいよ修羅場を迎えるというところで、麗衣は怒りからなのか恥ずかしさからなのか、あるいはその両方のせいなのか顔をゆでだこのごとく真っ赤にして、教室から走り去っていってしまった。
それで豊浦さんとも、場が白けた、というのは表現が悪いけどキスを再開できるような雰囲気ではなくて、示し合わせたかのように各々、自分の意思で別々に帰宅することとなった。
……一体、あの時の豊浦さんはどういう心境だったんだろうか。
「おっす、深喩ちゃん」
「……おはよう、椿」
その無邪気で軽快な声すら、今のわたしには責め立てられているように聞こえてしまう。
「あっれぇ、もしかして今日は麗衣休みなん。珍しいこともあるもんやなぁ」
「……まだ来てないだけだよ、きっと」
そう信じたい。
昨日のことはもう頭のおかしくなったわたしが見た夢か幻覚だとして、いつも通りのあの媛ノ森の王子様たる麗衣が現れてほしい。
そうでないと……。
「そうやとええけどなぁ。麗衣が学校休むって初めてなんとちゃう? うち、見たことないわ。あ、中1ん時は知らんで?」
「……」
椿は中2の時に関西からこっちに転校してきて、それからこの高校に至るまで麗衣とは同じクラスだという。
そのせいか、やっぱりわたしとか翠とかと違って、麗衣は椿とはより気兼ねなく話しているように見える。
そんな友達が珍しくも学校を休むということで、椿は何か感じ取っていたりするのだろうか。
よもや麗衣から全貌を聞かされてるなんてのは……。
いや、流石にそれはないか。
「あー、麗衣がいないとこの学校の魅力は4割減になってまうなー」
「え、そんな大部分占めてんの……」
「そんなん当たり前やんか。麗衣がいるから学校に来てるっちゅうオンナも少なないで?」
そんなことない、とも言い切れないのがなんとも言えない。
実際、今日あちらこちらから聞こえてくる悲鳴や呻き声は"王子様"の不在を嘆くものだったりする。
こんな時に限って、そういう音が強調するようにわたしの耳に届くのは本当にやめてほしい。
と、そうこうしているうちに予鈴が鳴り、晴子先生が入ってくる直前に翠が滑り込んできて、やっぱりあの2人は今日来ないんだと確信してしまい、ホームルームでの連絡事項など何もかもを記憶することは叶わなかった。
「えー?! 麗衣もしかして休みなのー?! 麗衣がいないなんてパンがないハンバーガーみたいな感じだぞおぅ……」
「やんなぁ? 何かあったんやろか。心配やわ。風邪とはちゃうと思うけどなぁ……」
「……」
果たしてあの2人がこれから学校に来ることはあるんだろうか。
というか、来たとしてもわたしはどんな顔をすればいいんだ? また豊浦さんといちゃいちゃし始めたら、麗衣はひどく悲しむだろうし、はたまた麗衣にシフトしたとすればキスフレは解消することに……。
あ、翼くんのこともちゃんと覚えてるよ? 2人は翼くんのことを知らない──話でしか聞いたことない──からまだなんとかなる。
だから目先の問題として、豊浦さんと麗衣。そこを解決しないことにはこの学校での居心地は悪いまま。
といっても、あの様子だと互いに敵対心を抱いてるみたいだし、もし突き合わせたりなんかしたら……。
とりあえず今日は2人が休みでよかった。
今は少し、少しでも考える猶予が欲しいから……。
「ちゅーか、深喩ちゃん」
「……はい?」
「また元気ないなってんやん? やっぱり翼くんのこと、ぶり返してきたん? 恋に悩む乙女みたいな顔しとるで?」
「あ、あはは……」
図星。ほとんどその通りであって、返答に大変困ってしまう。
「深喩ぴよは恋多き乙女なんだよねっ! 新しい男だろー、どーせ! で、一瞬でフラれたとかね?! なんてね?!」
「おっとー? そんな話うちの耳に届いてないでぇー? そーいうんは言うてくれんと。その話ってもちろん翼くんのことちゃうやんな? こんな短い期間にまた新しいオトコ作っとるなんてな。ほんま色女やでぇ、深喩ちゃんは。かなわんわぁ」
「いやぁ……まぁ」
あんまり間違ってないんだよな……。
性別が違うだけで。
3人から同時に言い寄られてる(?)なんて確かにわたしは色女なのかもしれない。
かぐや姫は……5人だっけ。じゃああと2人でタメ張れるのか……。
いや、もうこれ以上の悩みの種は勘弁してくれ……。
「──あ、ほんなら今日の放課後、お茶でもしやん? 椿さんのお悩み相談会と洒落込もうや」
「おっ、いいじゃないのよ、えー?! とってもとっても楽しそうじゃありませんこと?!」
「いや、アンタは今日バイトやろ?」
「なっ! そうじゃった! くそっ、今からでも親族の誰かのカフェラテに鴆毒を仕込まねば……っ! あれ、6親等以上って親族に含まれるんだっけ?! どうだったっけ?!」
「ツッコミどころ満載やな。昔のうちならていねーに1個1個ツッコんどったやろうけど。残念やな、うちはもう若ないねん。ここはスルーを選択するで」
「むー、椿ちゃんのいけずー」
「あとな、これはうちと深喩ちゃん2人っきりのラッブラブいっちゃいちゃデートやねん。やから第三者の介入は許されへん。アンタは今日もあの闇和食屋で馬車馬のように働き?」
「世界が翠に残酷だよー! うぅ、まろも参加したかったでおじゃる……。もう2人で楽しんできやがれー! なんて罪悪感を感じさせないようにしっかりフォローを入れることを忘れない翠ちゃんなのでした!」
「いやー、今から放課後が楽しみやな。何杯でも飲んでええよ、深喩ちゃん。あ、いや、別に奢らんで? 自分のお金で好きなだけ飲んだらええ。……って、おい、聞いとんけ?」
「わっ」
わたしが現在直面しているいくつもの問題への打開策を考えるために深い深い思考の海を漂っていた間、2人は何か議論をしていたようで、わたしに意見を仰ぐためなのか、椿から肩を小突かれた。
「……あ、ごめん。何の話? ぼけーっとしてた」
「これは……重症やな。さぞかしひどい事態に遭うたんやろな。可哀想に……。今日、うちと深喩ちゃんでカフェに行くって話やんか」
「え、え?! それ、確定の話?! 勝手に話が進んでた?!」
「聞いてないのが悪いわ」
「いやぁー、今日はちょっとお家で休ませてもらいたいのですが……」
「悩んでんねやろ? なら、話せば楽なるって。うちにぜーんぶ話した方がええわ。なんかオモロそうやしな」
「あ、出た。聞くだけ聞いて何もしない女、陽宮椿!」
「んな長ったらしい他称イヤやわぁ。だったら野次馬根性の擬人化っちゅう方がええ。しゃーないやん、うちはオモシロ話、特に恋愛系に目がないねん。そういう星の下に生まれてしまってんねん。クレームならオトンとオカンにつけや?」
「……ふ、やれやれですな。ま、せいぜいお嬢を楽しませてやってくだせぇ、深喩ち殿」
「え、えぇ……?」
と、半ば強引にわたしと椿はカフェデートを行うこととなった。
まあ、個人名を出さず、仮名とかを使って、あくまで自分じゃなくて友達の話ってことにすれば相談できないこともない。
……いやいや、友達の話だったらなんでわたしがこんなメランコリーになってるのかって怪しまれるし、わたし以外にこんな状況に陥っている人間がこの世にいるなんて考えにくい。いたら嬉しいけどさ。
できるだけ詳細は伏せて話すことにしよう。
というか……椿に話して何になるんだ?




