第42話:王国の「ジャンク債」格付け
「衛兵! 何をしている、その不敬な女を捕らえろ! これは王命だ!」
ジュリアン王太子の絶叫が、静まり返った王宮広場に虚しく響く。
だが、金色の鎧に身を包んだ近衛兵たちは、一歩も動けなかった。彼らの頭上を、数千の監査ドローンが蜂のように旋回し、不可視の魔力圧でその場に縫い止めているからだ。
「……無駄ですよ、ジュリアン殿下。いえ、『暫定管理者』。彼らの脳内チップ……あ、失礼。この文明レベルでは『騎士の誓い』でしたね。その精神構造は、既に我がノアール・セキュリティの管理下にあります。彼らは今、私の許可なく指一本動かすことはできません」
私は、手元のマスター・デバイスを軽くスワイプした。
空中に投影された巨大なホログラム。そこには、アストライア王国の「貸借対照表」が、真っ赤な警告色と共に浮き彫りになっていた。
「な、なんだこれは……。光る文字が、浮いている……?」
「貴方の理解力に合わせて要約しましょう。……アストライア王国、通称『テラ第3区』。現在の格付けは『D(デフォルト・ジャンク級)』。負債比率は限界を突破し、国家としての継続性は、本日を以て否定されました」
私は、震えるジュリアンの目の前に、一枚の比較グラフを表示した。
「左のグラフが、アストライア王国の年間総生産(GDP)。右のグラフが、今朝、私がオービタル・ハブで食べた『銀河特製クロワッサンとマナ・コーヒー』の原価です。……見てください。貴方の国の一年間の努力は、私の朝食代の約0.8倍。……つまり、この国を一年間維持するよりも、私の朝食を一食抜く方が、銀河経済にとっては『節約』になるということです」
「ば、馬鹿な……! 我が国は、千年の歴史を誇る、この大陸の盟主だぞ!」
「『歴史』という名の減価償却資産は、とっくに価値を失っています。むしろ、その古い伝統を守るためのメンテナンス費用が、この国の財政を圧迫している最大の要因です。……カイルム、資産の再定義を」
「御意、エリシア様」
カイルムが指を鳴らす。
刹那、王宮の門に掲げられていたアストライア王家の紋章が、ドローンのレーザーによって無慈悲に削り取られた。代わりに刻まれたのは、シンプルで機能的な「ノアール・ホールディングス」のロゴマーク。
「な、何を……! 我が王宮に、不気味な傷を!」
「傷ではありません。看板の掛け替えです。……本日より、このアストライア王宮は『ノアール・ギャラクシー・ディビジョン・地上従業員寮:第1号棟』として再編します。……ジュリアン殿下、貴方がた王族は、寮の『管理人』としてのみ、居住を許可します。ただし、掃除当番の完遂が条件ですが」
ジュリアンが膝から崩れ落ちる。
その隣で、ずっと沈黙していた「聖女」マリアが、縋るように声を上げた。
「エリシアさん……! そんな、あまりに非道です! 人の心をお持ちではないのですか!? 神様は、こんな暴挙をお許しになりませんわ!」
「『神様』、ですか。……アストラ、出番ですよ」
私の背後から、銀髪の監査官アストラが静かに歩み出た。
彼女が放つ神々しいまでの銀色の波動。本物の「天の管理者」の威圧感に、自称聖女のマリアは、まるで太陽の前のロウソクのように萎縮し、言葉を失った。
「……第72監査セクター所属、アストラです。……聖女マリア、貴方の『祈り』による奇跡は、銀河法典第402条『未認可魔力抽出』および『信仰詐欺』に該当します。……貴方が一万回の祈りで得た奇跡は、このデバイスのボタン一押しで再現可能です。……価値に見合わない低質な神秘は、市場からの撤退を命じます」
アストラが指を振る。
王宮広場を包んでいた「聖女の加護」という名のぬるま湯のような空気が、一瞬で消え去った。
残されたのは、ただの石造りの、ひび割れた古い城跡。
「あ……あ……っ」
マリアが絶望に顔を歪める。
私は、その惨めな姿を一瞥し、ジュリアンに向き直った。
「さて、『国の整理』は終わりました。……次は、本題に入りましょうか。……ジュリアン殿下。貴方個人が私に対して負っている、極めて私的な負債……『婚約破棄に伴う不当な精神的苦痛、および機会損失の補填』。……その請求書を、今から読み上げます」
私は、無限に続くかのような長いデジタル・スクロールを広げた。
「……逃げられると思わないでくださいね。……利息は、宇宙標準時(NST)で一秒ごとに加算されていますから」
かつての婚約者の顔が、今度こそ、死人のように青ざめた。
第42話、最後までお読みいただき、ありがとうございます!
王国の国家予算が「令嬢の朝食代」に負ける……。
かつて自分を捨てた場所が、今や自分の会社の「寮」にすぎないという、
圧倒的な格差のカタルシスを感じていただけたでしょうか。
ジュリアンのプライドが、物理的・経済的に粉砕される音、最高ですね。
次回、第43話。
いよいよジュリアン個人への「徹底的な取り立て」が始まります。
エリシアが計算した「婚約破棄の代償」は、
彼が一生かけても、それこそ「輪廻転生」しても払い切れない額に!?
逃げ場のない「宇宙的督促」の幕開けです。
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