第40話:銀河最高経営責任者(銀河CEO)の誕生
「宇宙標準時(NST)」の同期完了と共に、銀河中のノイズが消えた。
歪んでいた時間は直線へと矯正され、不透明な利得は消失した。完璧な秩序がもたらされたノアール・オービタル・ハブの執務室に、ついに「その男」が姿を現した。
銀河管理機構の頂点、最高議長・ゼニス。
彼は実体を持たず、数千の星系の思念が集合した巨大な光の意志として、私の前に浮かび上がった。
「――エリシア・アストライア。貴女は、我々が数億年かけて築いた『神秘の静寂』を、たった数年で『騒がしい市場』へと書き換えてしまった」
ゼニスの声は、宇宙そのものが鳴動しているかのような重圧を伴っていた。
「重力に課税し、真空を特許で縛り、時間から自由を奪った。……貴女は、この宇宙をどこへ導こうというのだ? 究極の利益の先に、何があるというのか?」
私は、手元の万年筆を置き、ゆっくりと立ち上がった。
カイルムが静かに私の背後に控え、アイザック所長とセラフィナもまた、新時代の幕開けを見届けるべく視線を注いでいる。
「ゼニス議長。……貴方がたが守ってきた『静寂』とは、単なる**『管理放棄』**です」
私は、宇宙の全エントロピー推移グラフを壁面に展開した。
「貴方がたは、宇宙の寿命を延ばすために『変化』を抑制し、知的生命体を小さな箱に閉じ込めてきた。……しかし、その閉鎖系の中では、熱は溜まり続け、いずれは『熱的死』を迎える。……貴方がたの経営方針は、**『倒産までの時間を稼いでいるだけ』**の消極的なものです」
「……我々以上に、宇宙を永らえさせる方法があるというのか?」
「ええ。……『拡大再生産』です」
私は、アイザック所長が導き出した、次なる次元への「投資計画書」を提示した。
「エントロピーを内部で処理しきれないなら、新しい次元を切り開き、そこへ熱を排出しながら、新たなエネルギーを回収する。……この宇宙を『一星系の家計簿』ではなく、**『多次元にまたがる巨大持株会社』**へと再編するのです。……そのための『規格』、そのための『時間同期』、そのための『資本調達(上場)』でした」
光の意志であるゼニスが、激しく明滅した。
彼らが「神」として君臨していた間、一度も発想しなかった「宇宙の外側への進出」という名の経営戦略。
「……本日をもって、銀河管理機構は解散し、**『株式会社ノアール・ギャラクシー・ディビジョン』**として再編されます。……ゼニス議長、貴方には『名誉顧問』の椅子を用意しました。……現場の采配は、すべて私が預かります」
「……人間が……宇宙のCEOに就くというのか……」
「『人間』ではありません。……私は**『事務官』**ですよ。……宇宙という巨大な帳簿に、一円の狂いも、一秒の無駄も許さない。……それが私の存在意義ですから」
ゼニスの光が、屈服するように小さくなり、私の差し出したデジタル契約書へと吸い込まれていった。
私は、再び椅子に深く腰掛け、窓の外に広がる無数の星々を見つめた。
かつての婚約者や聖女、そして私を追放した小さな王国。彼らは今や、私の管理する膨大なデータベースの中の、たった一バイトの記録に過ぎない。
「……お嬢様。……あ、いえ、『CEO』。……次のミーティングの時間です。……隣の宇宙の監査官が、こちらの『境界線の越境』について文句を言いに来ているわよ」
セラフィナが、誇らしげに新しいスケジュール表を提示する。
「……ふふ。……隣の宇宙の帳簿、少し拝見しましたが……。……かなり『放漫経営』のようですね。……カイルム、準備をなさい。……次なる買収(M&A)の対象は、隣の次元です」
「御意、エリシア様。……筆記用具の準備は、すべて整っております」
私のペンが、再び動き出す。
全宇宙の「赤字」を塗りつぶし、完璧な「黒字」を刻むまで。
令嬢エリシアの事務処理に、果て(終止符)はない。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
第4章『天球の会計学』、これにて完結です。
「神を子会社化する」という、実務系なろうの究極の到達点まで描き切ることができました。
追放された令嬢が、銀河の頂点でペンを執る姿……
ここまで応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
さて、小鳥遊ミントより。
エリシアの物語は、ここで一旦の「区切り」となりますが、
もし皆様の熱いご要望があれば……
【第5章:『次元の壁を越えた決算書 ― マルチバース買収編』】
への進出も検討可能です!
「もうお腹いっぱい! 最高の完結だった!」
「いや、隣の宇宙もエリシアにめちゃくちゃに(効率化)してほしい!」
皆様の感想、そして評価(☆☆☆☆☆)が、
エリシアの次なる「投資先」を決定します。
よろしければ、最後の一押しをお願いいたします!




