第39話:宇宙標準時(ユニバーサル・タイム)の統一
宇宙は、不公平に満ちていた。
重力が強ければ時間は遅れ、速く動けば時間は伸びる。アインシュタインが証明したこの真理は、銀河をまたにかける商人たちにとって、最高の「脱税手段」となっていた。
「……お嬢様。これ、見てちょうだい。……辺境の重力異常宙域にある取引所。あそこは時間の流れが地上の0.8倍しかない。それを利用して、ノアールの株価が変動する直前の情報を先読みし、コンマ数秒の差で利益を掠め取る『時間差投機』が横行しているわ」
セラフィナが、無数のノイズが混じった取引ログを突きつける。
「『情報の遅延』を利益に変える。……非常に不愉快な、非生産的な行為ですね」
私は、アイザック所長が開発した、真空エネルギーネットワークを用いた「超時空同期システム」を起動した。
「アイザック所長。……重力による時間の歪みを、リアルタイムで補正する『時刻同期プロトコル』の精度は?」
「完璧だよ、お嬢様。……銀河中のどこにいても、ノアール中央銀行のサーバーと誤差10のマイナス18乗秒以内で同期できる。……名付けて、**『ノアール標準時(NST:Noir Standard Time)』**だ」
私は、銀河中の金融機関、およびエネルギー利用者に対し、緊急のシステム・アップデートを通告した。
「本日午前零時をもって、銀河すべての取引、契約、およびエネルギー配分における『時間』を、ノアール標準時に統一します。……これに従わない通信は、すべて**『期限切れの無効データ』**として破棄されます」
直後、私のモニターに、銀河最大の金融ギルド「クロノス連合」の会頭が、怒髪天を突く勢いで現れた。
『エリシア総裁! 正気か!? 宇宙の物理法則に従っている我々の時間を、勝手に書き換える権利など貴様にはない! 時間のズレこそが、宇宙の多様性であり、自由な市場の源泉だ!』
「会頭。……貴方の言う『多様性』は、私からすればただの**『システム・レイテンシ(遅延)』**です」
私は、彼らが先ほど行おうとした「時間差取引」の注文書を、画面上で赤く塗りつぶした。
「貴方がたは、時間の遅れを利用して『未来の確定した情報』を過去に売っている。……これは投資ではなく、**『因果律の横領』**です。……私の市場では、そんな不誠実な裁定取引は許可しません」
『ぐ……っ! だが、全星系の時計を同期させるなど物理的に不可能だ! 重力の壁は超えられん!』
「超える必要はありません。……私が提供している『真空エネルギー』の供給信号に、ノアール標準時のタイムスタンプを埋め込みました。……エネルギーを使いたければ、貴方がたの時計は強制的に私の心拍に合わせられる。……従わないのであれば、貴方がたの取引所は『時間の止まった暗闇』へとお帰りください」
会頭の顔から、一気に血の気が引いた。
エネルギーという「生存の根源」を人質に取られれば、宇宙のどの文明も、エリシアが刻む「一秒」に従わざるを得ない。
数秒後。銀河中のすべての時計が、ノアールの刻む拍動にカチリと重なった。
時間の歪みを利用して肥え太っていた投機家たちは、一瞬にして数億クレジットの「未決済損失」を抱え、破産へと追い込まれた。
「……お嬢様。……ついに、宇宙の流れそのものを、お嬢様のペン先で止めてしまったのね」
セラフィナが、整然と同期された銀河チャートを見て、恐怖すら感じさせる感嘆の声を漏らす。
「時間は、もはや神のものでも、物理法則のものでもありません。……ノアール中央銀行が管理する、最も厳格な**『勘定科目』**なのです」
銀河の心臓は今、エリシア・アストライアの執務室で刻まれている。
さて、第4章の締めくくり。
最後は、この「整えられた宇宙」の頂点に、誰が座るべきかを証明するだけだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
アインシュタインの相対性理論すらも、
「金融のラグ」として切り捨て、宇宙の時間を統一したエリシア。
「因果律の横領」というパワーワードで神々の特権を奪い去る
彼女の事務処理は、ついに次元を越えました。
次回、第40話。第4章・完結回。
エネルギー、時間、所有権。すべてを掌握したエリシア。
彼女の前に、銀河管理機構の最高責任者が姿を現します。
「貴女は、一体何を作ろうとしているのだ?」という問いに対し、
エリシアが掲げる、宇宙規模の『経営理念』とは――。
この「銀河の秒針を支配する物語」を最後まで見届けてくださる株主の皆様、
ぜひブックマークと評価(☆☆☆☆☆)をお願いいたします!




