第33話:衛星監査:逃げ場のない「天の目」
地上の監査には限界がある。
扉があれば鍵があり、地下へ潜れば視線は遮られる。だが、それは「二次元」の思考に囚われている者の甘い考えだ。
ノアール中央銀行の最深部、アイザック所長が開発した「静止軌道魔導通信衛星」のコントロールルーム。そこでは、地上五百キロメートルの高空から、大陸全土を「魔力熱源」でスキャンした高解像度の地図が、青く冷たく発光していた。
「……お嬢様。これ、凄まじいわね。……帝国の旧都にある廃城の地下。……表面上は岩盤だけれど、衛星の透視スキャンだと、明らかに『不自然な魔力の空洞』が広がっている。……これ、間違いなく隠し金庫だわ」
セラフィナが、モニターに映し出された三次元解析図を指して声を上げる。
「隠蔽とは、コストの無駄遣いです。……カイルム、該当座標の『熱源解析報告書』を出して」
「御意。……深度三十メートル、室温は摂氏十五度で一定。……金貨、および高純度魔石の体積から推測される資産価値は、概算で金貨二十万枚に相当します」
私は、手元の端末で通信を繋いだ。
相手は、かつて私を「愛のない冷徹な女」と罵り、王都から追放される際にこっそりと私財を運び出したとされる、旧王国の財務官・ラング大公だ。
「大公閣下。……お久しぶりです。……そちらの『地下温室』、湿度管理が不十分ではありませんか? ……魔石の表面に結露が生じているようですよ」
モニターの中のラング大公は、顔を真っ白にして椅子から転げ落ちた。
『な……何の話だ!? 私は何も隠してなどいない! 私の屋敷は、王都の動乱ですべてを失ったはずだ!』
「いいえ。……天は見ているのですよ、大公。……貴方が現在立っているその場所から垂直に三十メートル下。……未申告の『地下構造物』が存在することを、我が衛星『アイ・オブ・ノアール』がリアルタイムで捕捉しています。……貴方が息を吸うたびに排出される二酸化炭素の熱すら、私の計算機からは逃れられません」
『バ、バカな……! 魔法の遮蔽を完璧に施したはずだ! 聖女マリアの祈りの加護すら……!』
「『祈り』は魔力波形を乱すだけで、物理的な『熱放射』までは消せません。……本日午後二時を期して、貴方の全資産を『未申告資産保有罪』および『不法建築』に基づき、衛星軌道上からの強制徴収の対象に指定しました」
私はエンターキーを叩いた。
直後、ラング大公の領地の空から、ノアールの無人運搬機が正確な座標へと急降下していく映像が映し出される。
「大公。……地上を歩く徴税官は、賄賂で買えるかもしれません。……ですが、宇宙から貴方を監視する『数字の目』は、一円の狂いも、一瞬の情けも持ち合わせていません」
画面の中で、隠し地下室の入り口が機械的に解体され、金貨の山がノアールのロゴが入ったコンテナへと吸い込まれていく。
「……お嬢様。……もう誰も、お嬢様からお金を隠せないわね。……この星そのものが、お嬢様の『透明な財布』になっちゃった」
ベルベットが、衛星から送られてくる「資産回収完了」の緑色のチェックマークを見て、可笑しそうに肩を揺らす。
「透明性は、信頼の基礎ですから。……さて、アイザック所長。……地上の整理が終わりました。……次は、この衛星が見下ろしている『空の境界線』の向こう側。……宇宙に漂う『不良債権(隕石)』の処理方法を検討しましょうか」
私の眼鏡には、衛星が捉えた星々の彼方、未知の巨大な魔力反応が不気味に、しかし魅力的に映り込んでいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
地上五百キロからの強制監査。
「魔法で隠せば大丈夫」という旧時代の逃げ道を、
「熱力学の法則」という物理法則で封殺するエリシア。
もはや、彼女から資産を隠すことは、宇宙の法則に逆らうことと同義です。
次回、第34話。
ついに「天の目」が、地上以外の存在を捉えます。
宇宙から降り立つ『天の監査官』。
彼らがエリシアに突きつけたのは、一万年前から積もり積もった
「惑星維持費」という名の、天文学的な請求書でした。
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