第31話:高度別通行税(重力税)の徴収開始
ノアール中央銀行本店の最上階。雲を突き抜けたこの執務室の窓からは、アイザック所長が開発した『反重力エンジン』を搭載した魔導船が、整然と空を行き交う光景が見える。
かつては一部の特権階級や強力な魔術師だけのものだった「空」が、今や誰にでも開かれた物流のメインストリートとなった。……だが、私の目には、その自由な飛行が「未整理の負債」にしか見えていなかった。
「……お嬢様。……まさかとは思うけれど、今朝のミーティングで言っていた『全飛行物体への課税』、本気なのね? ……流石に『空気を吸うのにも金を取るのか』って暴動が起きるわよ」
セラフィナが、引き攣った笑顔で、私が作成した『高度別空間利用規約』の草案を眺めている。
「セラフィナ。……私は『空気』に課税すると言った覚えはありません。……私が徴収するのは、高度を維持するために消費される『位置エネルギーの管理コスト』……すなわち、**重力税**です」
私は、アイザック所長が算出した、空域の「無秩序な利用」による社会的損失のデータを空中に投影した。
「現在、空路は無法地帯です。……魔導船の排熱は地上の環境を乱し、勝手な高度での飛行は、私の構築した地上インフラの『影』となって日照権を侵害している。……空を『公共の不動産』として定義し、その利用料を徴収するのは、行政として当然の義務ではありませんか?」
私は、手元の端末で新しい税率表を確定させた。
> **【高度別空間利用料金(重力税)】**
> 1. **低空域(高度0~500m):** 無料(生活圏保護)
> 2. **中空域(高度501~3,000m):** 1マイルにつき銀貨5枚(物流・旅客用)
> 3. **高空域(高度3,001m~):** 1マイルにつき金貨1枚(超高速輸送・軍事用)
> 4. **静止軌道:** 個別交渉(人工衛星・宇宙ステーション用)
「本日午前十時を期して、ノアール・スタンダードの反重力エンジンに対し、**『オート・タックス・コレクター(自動課税装置)』**を遠隔アップデートにて強制インストールしました。……税金の支払いが滞った船は、エンジンの出力が自動的に『安全な着陸に必要な最低限』まで制限されます」
その時、執務室に緊急の通信が入った。
画面に映し出されたのは、自慢の巨大魔導船で大陸を横断しようとしていた、旧帝国の成金貴族・オクタヴィウス侯爵だ。
『エリシア総裁! これは何の嫌がらせだ! 我が船のエンジンが、高度三千メートルで突然出力を落としたぞ! 「滞納金を支払え」という警告が出ているが、私は空を飛ぶ権利を既に貴様から買っているはずだ!』
「侯爵。……貴方が買ったのは『船体』の所有権であり、その船が占有する『空間』のリース権ではありません。……現在、貴方の船はノアールの重要拠点の上空を、無断で『不法占拠』し続けています。……滞納している重力税、および空間占有違約金、合わせて金貨一万二千枚を即座に決済してください」
『ふ、ふざけるな! 空を飛ぶのに金がかかるなど、そんな道理が通るか!』
「通らないのは貴方の船です。……カイルム、彼が『重力の無慈悲さ』を再学習できるよう、該当エンジンの『エネルギー供給優先度』を最低(Dランク)に設定して差し上げて」
「御意」
数秒後。侯爵の悲鳴と共に、画面の向こうで魔導船がゆっくりと、しかし抗いがたい力で地上へと引きずり降ろされていく様子がレーダーに表示された。
「……お嬢様。……本当に、この星の重力すらお嬢様の『徴税官』にしてしまったのね」
ベルベットが、空路から吸い上げられる膨大な「通行税」の入金通知を見て、溜息を吐く。
「エネルギーに形がある以上、そこには必ず『所有権』と『コスト』が発生します。……さて、アイザック所長。……浮いた重力税の予算で、次のステップ――『天の門(軌道エレベーター)』の建設を開始しましょうか」
私の視線は、もはや雲の向こう、星々が輝く真空の領域へと向いていた。
そこには、まだ誰も請求書を送っていない、広大な「未開の市場」が眠っているのだから。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「空を飛ぶ権利」を「不動産リース」として定義し直すエリシア。
反重力エンジンという文明の利器を、そのまま「集金システム」に変えてしまう
彼女の徹底した実務ぶりに、侯爵ならずとも戦慄したのではないでしょうか。
次回、第32話。
空の支配を盤石にするため、エリシアは高度な『航空管制システム』を導入。
勝手な飛行を試みる「ドラゴン乗り」や「古き魔術師」たちに対し、
「衝突安全基準の欠如」という名の法的制裁を下します。
第4章も、エリシアの「宇宙規模の事務処理」をぜひお楽しみください!
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)での「宇宙投資」、お待ちしております。




