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第30話:世界最高経営責任者(CEO)の執務室

ノアール中央銀行、最上階。

 そこは、かつて筆頭公爵令嬢として王宮の片隅で帳簿を付けていた私には想像もできないほど、巨大な「情報の集積地」となっていた。


 壁一面に投影されているのは、大陸全土、そして航路で結ばれた新大陸のリアルタイムな経済指標。ネジ一本の流通から魔力の残量まで、すべてが私の定めた「ノアール規格」で統合され、一寸の狂いもなく脈動している。


「……お嬢様。第3四半期の連結決算、確定したわ。……純利益は前年比240%。……世界中の富の8割が、何らかの形で私たちの『規格』というフィルターを通過している」

 セラフィナが、もはや驚くことすら忘れた様子で、分厚い最終報告書をデスクに置く。


「利益の最大化マックスは、もはや通過点に過ぎません。……ハクア特使、入室を許可します」


 扉が開き、南大陸の特使ハクアが歩み寄ってきた。かつての傲慢さは消え、その瞳には敗北を認めた者の静かな知性が宿っていた。


「……完敗だ、エリシア総裁。……我が国の『生体貨物』は、貴女の『コンテナ』に詰め込まれ、ただの記号シリアルナンバーとなった。……命を担保にする我々の論理は、貴女の圧倒的な『利便性』の前に、もはや経済的に成立しない」


「ハクア特使。……私は貴方の国を滅ぼしたいのではありません。……『より効率的な運用』を提案しているだけです。……本日をもって、生体帝国をノアール経済圏の『特別資源供給区』として再定義します。……貴国の『余命』を、直接通貨にするのはやめなさい。……代わりに、その生命力を、アイザック所長が開発した『エントロピー抑制エンジン』の冷却材として提供していただく。……それが、貴国が生き残る唯一の『再建プラン』です」


 ハクアは、渡された契約書を黙って受け取り、深く頭を下げた。

 新大陸の「異質の論理」もまた、私の巨大なバランスシートの一項目として飲み込まれた。


 彼と入れ替わりで、ボサボサ頭のアイザック所長が執務室に転がり込んでくる。


「お嬢様! 成功したよ! コンテナ規格で世界を整列させたおかげで、魔力伝達の『摩擦ロス』が激減した。……これなら、宇宙の赤字エントロピーを食い止めながら、次の百年を戦えるだけのエネルギーを確保できる!」


「……そうですか。……ようやく、世界という『バケツの穴』を塞ぐ目処が立ちましたね」


 私は、窓の外に広がる、整然とした世界の夜景を見つめた。

 

 かつて私を「愛がない」と切り捨てた王太子ジュリアン。彼は今、私が整備した「規格化された農地」で、正確にマニュアル化された労働に従事し、その日のパンを稼いでいる。聖女マリアも、ノアール式の「高効率な病院」で、祈りではなく消毒液の管理に追われている。


 彼らには、もはや私を憎むエネルギーすら残っていない。

 感情、歴史、信仰、そして命。……すべての不確定要素を「事務処理」という名のメスで解体し、再定義し、最適化してきた。


「お嬢様、次は……何を『監査』するつもり?」

 ベルベットが、楽しそうに新しい大陸地図を広げる。


「決まっています。……世界が整ったのなら、次は『空』ですよ。……アイザック所長、重力に課税コントロールする準備はできていますか?」


 私の眼鏡の奥で、数字の奔流が静かに加速する。

 

 エリシア・アストライア。

 彼女の帳簿に「終わり」という文字が書き込まれることは、永遠にない。


 ――第3章『大航海時代の幕開け』 完。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


「命」や「物理法則」すらも、最終的にはエリシアのデスクの上で

一枚の「契約書」にまとめられました。

感情論で動いていた旧世界を、完全な「合理性のシステム」に収めたエリシア。

彼女は今や、世界の神ではなく、世界の「CEO」となったのです。


第3章、これにてグランドフィナーレとなります。

追放されたあの日から、ここまで登り詰めたエリシアの軌跡に

お付き合いいただき、心より感謝申し上げます。


この「実務の極致」を描いた物語の「大株主」である皆様、

ぜひ最後のブックマーク、そして評価(☆☆☆☆☆)をお願いいたします!

皆様の応援という名の「資本金」が、エリシアを次のステージ――

「宇宙(重力)への挑戦」へと押し上げます。


本当に、ありがとうございました。

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