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第29話:世界標準(グローバル・スタンダード)の策定

万国博覧会の最終日。ノアール中央議事堂には、大陸各国の全権大使と、伝統ある職人ギルドの代表たちが顔を揃えていた。

 議題は、エリシアが提唱する**『大陸統一規格ノアール・インダストリアル・スタンダード』**の採択である。


「正気か、エリシア総裁! 我が国の単位『ヤルダ』は、歴代国王の腕の長さを基準とした五百年の歴史がある。それを貴様の作った『メートル』なる無機質な単位に書き換えろというのか!」

 小国ルベリアの特使が、自国のプライドを象徴する物差しを振りかざして叫ぶ。


「歴史は尊重しますが、利益は生みません。……ルベリア特使。……貴国の『ヤルダ』で設計された魔導列車の部品が、帝国の修理工場で適合しなかった際の損失額を計算したことがありますか?」


 私は、アイザック所長がまとめた「非互換性による経済的損失レポート」を壇上に表示した。


「ネジのピッチ、ボルトの径、魔法術式の出力単位。……これらが国ごとに異なるせいで、大陸全体の物流コストの30パーセントが『変換』と『調整』に浪費されています。……これは経済における『摩擦熱』であり、エントロピーの無駄な増大です」


「職人の勘こそが至高! 画一化された部品など、魂がこもっておらん!」

 老舗職人ギルドの長が、鍛え上げられた拳を机に叩きつける。


「『魂』で、故障した船のクランクシャフトが直るのなら、今すぐやって見せてください。……カイルム。……例の比較実演デモンストレーションを」


 会場のスクリーンに、港のライブ映像が映し出された。

 二隻の商船が、同時にエンジントラブルを起こしている。


1. **伝統規格の船:** 部品のサイズが独自仕様のため、本国から職人を呼び寄せる必要があり、修理完了まで**一ヶ月**。その間の港湾係留費と商品の腐敗による損失は、金貨二千枚。

2. **ノアール規格の船:** 港の倉庫にある「標準部品」を即座に装着。修理時間は**四十五分**。損失は、珈琲一杯分の時間のみ。


「……これが『規格』という名の力です」

 私は、会場を見渡して淡々と告げた。


「本日をもって、ノアール中央銀行は、**『非標準規格の製品』を担保とした融資を一切停止します**。……さらに、ノアール規格外のネジを使用している設備には、将来的な事故リスクが高いと見なし、保険料を五倍に引き上げます」


「な……っ、それは強迫だ!」


「いいえ。……『リスクの適正評価』です。……世界と取引を続け、反映を享受したいのであれば、貴方たちの『物差し』を捨てなさい。……私の引いた線に、世界を合わせるのです」


 会場にいた大使たちが、次々と手元の「規格統一同意書」にサインし始めた。

 拒否すれば、自国の産業は「互換性のない孤島」として、世界の供給網サプライチェーンから永久に切り離される。


 ハクア特使が、その光景を苦々しく見つめていた。

「……エリシア。……貴女は、世界中の個性を、その薄っぺらな図面の中に閉じ込めてしまった。……だが、規格化できない『感情』が爆発した時、貴女のシステムはどうなるかな?」


「その感情の爆発すら、あらかじめ『安全率』として計算に組み込んでおくのが、私の仕事ですよ」


 ネジ一本のサイズから、魔法の最小単位まで。

 世界という巨大な機械の「設計図」は、今、エリシアの手によって書き換えられた。

第29話をお読みいただき、ありがとうございます。


「ネジのサイズ」という地味ながらも強力な武器。

これぞ実務系、あるいは「規格スタンダード戦争」の醍醐味です。

歴史や伝統を「非互換性という名のコスト」で切り捨てるエリシアの冷徹さ、

楽しんでいただけたでしょうか。


次回、第30話。第3章・完結。

世界中の規格を統合したエリシアが、人類全体の「最高経営責任者(CEO)」として、

迫りくる物理的限界(魔力枯渇)に挑む「最終決戦」へ。

そして、新大陸のハクアとの、決着の商談が始まります。


この「世界を一枚の図面に収める物語」を支持してくださる投資家の皆様、

ぜひブックマークと評価(☆☆☆☆☆)をお願いいたします!

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