第24話:南大陸の「生体帝国」来航
ノアール自由貿易港の水平線に、それ(・・)が現れた時、港の全機能が一時停止した。
現れたのは、鉄でも木でもない。巨大な深海魚を思わせる、鼓動を打つ「生きた巨船」だった。
「……お嬢様。……あれは、解析不能な生体反応を検知しています。……南大陸の鎖国国家、『生体帝国』の特使船です」
カイルムが、かつてないほど警戒を強めて私の前に立った。
船から降り立ったのは、透き通るような白い肌に、銀の回路のような紋様を刻んだ男――ハクア・クロムウェル。
彼は、私の執務室に招かれるやいなや、挨拶もそこそこに一粒の「輝く結晶」をテーブルに置いた。
「エリシア総裁。……貴女の『ノアール・クレジット』は素晴らしい。……ですが、それは所詮、魔石や金という『外部資源』を裏付けにしたものに過ぎない」
「ハクア特使。……初対面の相手に、我が国の基軸通貨を『所詮』と評するとは、大胆な営業活動ですね」
「事実を言ったまでです。……我が国が提案するのは、究極の安定資産――**『ライフ・クレジット』**との交換です」
ハクアが指を鳴らすと、空中にある数値が投影された。
> **【生体帝国:ライフ・クレジット(LC)概要】**
> - **裏付け資産:** 国民一人ひとりの『余命』。
> - **変換効率:** 1LC = 健康な人間の寿命一分間。
> - **特徴:** 偽造不可能、かつ絶対的な『労働力』の先物取引。
「我々は、魔力不足など恐れない。……国民の寿命を前借りし、それをエネルギーや通貨として循環させることで、完全な自給自足を達成している。……エリシア総裁。貴女なら、このシステムの『効率性』が理解できるはずだ」
室内の空気が凍りついた。
セラフィナが、吐き気を催したように顔を背ける。……だが、私はハクアが提示したデータを、感情を排して精査し始めた。
「……なるほど。……寿命を担保にした、究極の減価償却モデルですね」
「お嬢様、何を言ってるの!? 命を金にするなんて、そんなの――」
「静かに、セラフィナ。……ハクア特使。……貴方のシステムは、一見すると合理的ですが、二つの致命的な『不採算リスク』を抱えています」
私は、ハクアの瞳を真っ向から見据えた。
「第一に、**『人的資本の劣化』**。……寿命を前借りされた国民は、学習やスキルの習得に必要な『時間』を物理的に奪われます。……長期的には、帝国の知的生産性は右肩下がりになるでしょう。……第二に、**『ハイパー・インフレの構造的欠陥』**。……流行病や災害で国民が死ねば、貴国の通貨価値は一夜にしてゴミと化す。……つまり、貴方の通貨は、世界で最も『脆い』ジャンク債です」
「…………っ!」
ハクアの無機質な表情が、初めて微かに動いた。
「命という『非再生資産』を通貨の担保にするのは、無能な経営者が行う『タコ足配分』と同じです。……私は、そんなリスクの高い不健全な通貨と、我がノアール・クレジットを交換するつもりはありません」
「……流石ですね、大陸の魔女。……理屈で断られるとは。……ですが、貴国には魔力が足りない。……我々の『命のエネルギー』を、いずれ欲することになるはずだ」
ハクアは、冷徹な微笑を浮かべて去っていった。
南大陸という、未知の「非合理的合理主義」の出現。
私の帳簿に、初めて「計算不能な外部変数」が書き込まれた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
寿命を金にする「生体帝国」と、知性で富を築く「ノアール」。
エリシアが最も嫌うのは、残酷さよりも「非効率なビジネスモデル」でした。
ハクア・クロムウェルという、エリシアと似て非なるライバルとの
通貨覇権戦争が、ここから本格化します。
次回、第25話。
生体帝国が、ノアール領内で「寿命の闇取引」を開始。
エリシアが、命の相場を「社会保障」という名の経済制裁で叩き潰します。
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