第19話:ノアール・ショック(市場の調整)
市場とは、強欲と恐怖が織りなす巨大な生き物だ。
私が整備した『魔導通信網』によって情報の流動性が極限まで高まった結果、大陸には未曾有の「投資ブーム」が巻き起こっていた。
その中心にあるのは、聖女派の残党と隣国ルベリアの貴族たちが結託して発行した、実体のない投資商品――『聖域開発債券』だ。
「お嬢様、異常事態よ。……この『聖域債』、利回りが年40%を超えているわ。……あり得ない。……なのに、帝国の富豪も、海洋連合の小商人も、みんな熱狂して全財産を注ぎ込んでいる」
セラフィナが、膨れ上がったバブルの曲線を指し、震える声で告げる。
「実体のない『祈り』を担保にした、古典的なポンジ・スキーム(詐欺)ですね。……彼らは、最後にババを引くのが自分ではないと信じ込んでいる。……ベルベット、この泡の中に、我がノアールの資金は?」
「一銭も入っていないわ。……むしろ、お嬢様の指示通り、私たちは一ヶ月前から『空売り(ショート)』を仕掛けてある」
ベルベットが、不敵な笑みを浮かべて答えた。
「素晴らしい。……では、そろそろ『現実』を教えてあげましょう。……セラフィナ。……本日午前十時を期して、ノアール中央銀行の『政策金利』を現行の1%から一気に15%へと引き上げなさい」
「……15パーセント!? お嬢様、そんなことをしたら大陸中の通貨がノアールに逆流して、他の国々は資金ショートで死んでしまうわ!」
「ええ。……それが目的ですから。……実体のない泡で踊る者に、冷や水を浴びせてあげるのです」
午前十時。
ノアール領から放たれた一通の電信が、大陸全土を激震させた。
金利15%。……それは、リスクを冒して投資するよりも、ノアールに金を預ける方が遥かに安全で、かつ高収益であることを意味する。
次の瞬間、パニックが起きた。
投資家たちは一斉に『聖域債』を投げ売り、ノアール・クレジットを買い求めた。……買い手不在の市場で、聖域債の価値は数分で「ゼロ」へと転落。……これを担保に多額の借金をしていたルベリア王国や周辺諸国の銀行が、連鎖的に倒産を宣言した。
『ノアール・ショック』の勃発である。
三日後。領主館の応接室。
そこには、全財産を失い、青ざめた顔で震える隣国の王たちが列をなしていた。
「エ、エリシア様……。……どうか、救済融資を……。……このままでは、我が国の港も、鉱山も、すべて差し押さえられてしまいます……」
「『救済』? いいえ、それは不正確な表現です。……私は、破綻した資産を『適正価格(二束三文)』で買い取ると言っているだけです」
私は、彼らの前に一束の『資産買収契約書』を提示した。
> **【ノアール・ショックに伴う債務整理案】**
> 1. **対象:** ルベリア王国、および周辺四カ国の全公有地。
> 2. **対価:** 各国の累積債務の全額免除。
> 3. **条件:** 各国の行政・徴税権を、永久に『ノアール中央銀行』に委託すること。
「……これを飲めば、あなた方は『王』としての名誉だけは保てます。……拒否すれば、明日には暴徒化した国民に城を焼かれるでしょう。……どちらのコストが低いか、計算するまでもありませんね?」
王たちは、震える手で署名した。
物理的な軍隊を一歩も動かすことなく、大陸の半分が私の「帳簿上の私有地」となった。……市場の狂乱を利用し、不要な枝葉を切り捨て、優良な資産だけを吸い上げる。……これが、私の提唱する『市場の調整』だ。
「……お嬢様、本当に世界を買い取っちゃったわね。……これで、もう逆らう者は誰もいないわ」
セラフィナが、整理された『大陸総資産目録』を抱えて呟く。
「いいえ、セラフィナ。……まだ、最後の一押しが必要です。……大陸の全国家を統合し、唯一の通貨、唯一の法、唯一の帳簿で管理する。……次号、第2章最終回。……『大陸中央銀行』の設立を宣言します」
私の眼鏡の奥には、国境線の消えた、美しく整然とした「一枚のバランスシート」が映っていた。
第19話をお読みいただき、ありがとうございます。
「利上げ」という現代金融の武器を使い、大陸全体を買い叩く。
これぞ実務特化型、あるいは「経済の魔女」としてのエリシアの真骨頂です。
暴力よりも、金利の変動の方がよっぽど残酷に世界を塗り替える――。
そのカタルシスを味わっていただけたでしょうか。
次回、第20話。第2章・完結。
全国家を「子会社」として統合し、エリシアが世界の最高経営責任者(CEO)へと上り詰めます。
そして、鉱山で働く王太子や清掃員となった聖女に、
彼女が下す「最後の評価」とは。
この物語の「大株主」である皆様、
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皆様の応援が、エリシアの「最終決算」を完璧なものにします!




