第50話 光の神、イリアス
玉座の間を出た後、静かな廊下の片隅で、イーリャとテイルグレイは向かい合った。
空気は冷たく、海風が遠くから窓を揺らしていた。
「叔父さま……本当に呼べるのですか?」
イーリャは小さく息を吐く。
ラドの死の影が、まだ胸に重く残っている。
テイルグレイはゆっくり頷いた。
「可能だ。ただし条件がある」
彼の声には慎重さと重みがあった。
「光の神イリアスーーその直系の血縁を持つ者が、神の名前を五つ正しく唱えれば、神を呼び出せる」
イーリャは目を見開く。
「五つ……? そんなこと、どうやって……」
テイルグレイは微笑んだように見せ、しかし目は真剣だ。
「間違えなければ。血縁であれば。イリアスは必ず答える。だが、間違えれば呼べない」
イーリャの指が震える。
ラドを失い、レオンを倒したことも、まだ胸に重い。
だが、これが魔族と自分の未来を決める最後の手段だと理解していた。
「……教えてください」
彼の声は、覚悟の色を帯びていた。
テイルグレイは一歩近づき、低い声で静かに言った。
「まず正確に覚えること。名前は『ルナシエ』『イリアス』『エル』『ロイル』『グレシャス』。この順序は必ず守れ」
イーリャは繰り返し口に出す。
「ルナシエ……イリアス……エル……ロイル……グレシャス……」
テイルグレイは頷き、手で微かに空気を指し示した。
「よし。あとは心を澄ませる。恐怖や怒り、悲しみは封じろ」
イーリャは深く息を吸う。
胸の奥で、ラドの亡骸のこと、混乱したレオンのこと、そしてこれから自分が魔族として生きる決意を思い出す。
感情が揺れ動くが、それを静かに押さえ込む。
「では、呼べ」
テイルグレイが静かに手を差し出す。
イーリャは両手を前に出し、五つの名前を心を込めて唱えた。
「ルナシエ……イリアス……エル……ロイル……グレシャス……」
声は小さくても、力強く、周囲の空気を震わせた。
すると、玉座の間の奥深く、天井から銀色の光が差し込み始めた。
光は徐々に濃くなり、床を照らし、壁を透かして広がっていく。
イーリャの目の前に、光の渦が現れた。
その中心から、圧倒的な存在感が形を取り始めた。
銀色の髪、銀の瞳、透き通るように整った顔立ち。
八頭身の完璧な姿が、玉座の間に浮かぶ。
「……イリアス様……」
イーリャは息を呑む。
光の神は、こちらを見つめている。
まるで全てを見透かすように。
「我が名を呼んだか、半魔よ」
低く響く声。
その声は、空気を震わせるほど重く、しかしどこか柔らかさを帯びていた。
「汝は、人と魔族の架け橋となる覚悟か?」
イーリャは迷わず頷いた。
「はい……イーリャ、魔族として生きます」
光がわずかに揺れ、玉座の間の空気が神聖な気配に包まれる。
テイルグレイは静かに息を吐き、すべてを見守った。
「……やはり、あの子は魔族だな」
彼の声に、神の光が応えるように、玉座の間が一層輝きを増した。




