第48話 エリンの涙
魔王城の静かな一室。
扉がわずかに開き、エリンはゆっくりと足を踏み入れた。
胸の奥が締め付けられるようで、呼吸を整えながら歩み寄る。
布で覆われたラドの亡骸が、石の床の上に静かに横たわっていた。
エリンは膝をつき、手をそっと布に触れる。
その手のひらに伝わる冷たさに、胸が痛んだ。
「……ラド」
声はかすれ、震えている。
返事はもちろんない。
ただ静かに眠るような顔だけがそこにあった。
彼女は手を強く握りしめ、布越しにラドの温もりを確かめようとした。
だが、もうその温もりは失われていた。
ぽたり、と涙が頬を伝う。
「……護衛なんて……頼まなければよかった」
自分が呼んだのだ。
イーリャを守るために。
ラドが快く引き受けてくれたから、今まで安心できたのにーー
その命が、ここで絶えてしまった。
「でも……ありがとう」
言葉は小さくても、心の奥でははっきりと伝わるはずだった。
ラドは、イーリャも、エリンも守ろうとして命をかけたのだ。
その強さに、胸が押し潰されそうになる。
「……好きだったのに」
誰にも言えなかった想いが、今、初めて自分の声として出た。
エリンは、そっと涙で濡れた手で、ラドの手に触れる。
冷たくなったその手に、自分の温もりを重ねるように。
「しぶといって……言ったじゃない」
笑うつもりだったが、唇が震えて笑えなかった。
ぽろぽろと涙がこぼれ、肩が小さく揺れた。
「……でも、あなたまで守らなくてよかったのよ」
震える声で呟く。
胸の奥で、ラドと交わした無数の思い出が走馬灯のように巡った。
笑った顔、冗談を言った声、護衛として隣で立っていた背中。
エリンはそのすべてを、最後の瞬間まで抱きしめた。
そして深く頭を下げる。
「……ありがとう、ラド」
布をそっと元に戻す。
部屋には、エリンのすすり泣きだけが残った。
外の海から聞こえる波の音が、静かに部屋の中に響く。
ラドが守った世界は遠くで揺れている。
でも、今ここで抱く悲しみは、誰にも消せない。
膝をついたまま、エリンはしばらく静かに座った。
涙が落ち着くまで、ただその場にいた。
そして、胸に誓う。
「……必ず、イーリャも、みんなも……守るわ」
悲しみと決意が混ざり合ったその声は、静かな魔王城の空気に溶けていった。




