第46話 レイシアの影
魔王城の玉座の間は、静まり返っていた。
高い天井の奥に、たいまつの炎が揺れている。
その中央に、イーリャは立っていた。
向かい合うのは、光の勇者レオン。
そして、その後ろに三賢人の一人、テイルグレイが静かに立っている。
「ルシアはどこだ」
レオンが低く問うた。
イーリャは目を伏せる。
「……グレンと一緒に行ったよ」
その言葉に、レオンの眉が動く。
「逃げたのか」
「違う」
イーリャは、首を振った。
「逃げたんじゃない。生きるために行ったんだ」
レオンの目が鋭くなる。
「生きるためだと?」
「ルシアは……普通の女の子だった」
静かな声だった。
レオンの瞳が揺れる。
「何を言っている」
「聖女なんかじゃなかった。神の器でもない」
イーリャはゆっくりと言葉を続けた。
「ただの人間だよ」
その瞬間、空気が凍りついた。
「……ふざけるな!!」
レオンの声が震える。
「神殿が選んだ聖女だぞ」
「でも本当なんだ」
イーリャは静かに言った。
「ボクが触れたから」
レオンが息を止める。
「精気を……奪ってしまった」
玉座の間に沈黙が落ちる。
「ルシアは、ボクよりも小さな女の子だった」
イーリャの声は、どこまでも静かだった。
「……だからグレンと行かせた」
「ふざけるな!」
レオンの怒号が響いた。
聖剣が抜かれる。
白い光が一気に広がった。
「魔族が!」
怒りに満ちた声だった。
「お前たちがいるから、こんなことになる!」
レオンが踏み込む。
光の神イリアスの加護を受けた剣が振り下ろされた。
眩い光が爆発する。
玉座の間を、白い閃光が飲み込んだ。
だがーー
その光は、イーリャに触れた瞬間、弾けるように散った。
「……なに?」
レオンの声が揺れる。
イーリャは動いていない。
ただ立っているだけだった。
その胸の奥から、淡い光がにじみ出ている。
やわらかな、白い光だった。
それは聖剣の光を、静かに包み込む。
まるで母が子を抱くように。
光は消えない。
むしろ、ゆっくりと広がっていった。
玉座の間の空気が、しんと静まり返った。
「……そんな?」
呟いたのはテイルグレイだった。
彼は、その光の中心を見つめている。
やがて光の中に、ひとりの姿が浮かび上がった。
長い髪を揺らす女性。
柔らかな微笑みを浮かべている。
それを見た瞬間、テイルグレイの顔色が変わった。
「……姉上」
震える声がこぼれる。
「レイシア……」
レオンが振り返る。
「テイルグレイ様?」
「まさか……」
彼は一歩前に出た。
「それは……私の姉だ」
玉座の間に沈黙が落ちる。
イーリャも、その光を見つめていた。
胸の奥が、なぜか温かい。
懐かしい感覚だった。
幼い頃から聞かされてきた名前がある。
人間の女。
魔王城に来てーー
そして、自分を産んで死んだ。
「……母上」
気づけば、呟いていた。
光の中の女性は、何も言わない。
ただ、穏やかに微笑んでいた。
それだけで、十分だった。
テイルグレイは、ゆっくりと息を吐く。
「……そういうことか」
静かな声だった。
「姉上。あなたは最後まで諦めなかったのですね」
レオンの手の中で、聖剣の光が揺れる。
「説明してください」
低い声。
「なぜ魔族に……光が……」
テイルグレイは答えた。
「簡単なことだ、勇者」
そしてイーリャを見る。
「その子の母は、神の血を引く巫女だった……ということだ」
レオンの瞳が見開かれる。
「姉は問い続けていた」
テイルグレイは言う。
「神は、魔族を滅ぼすのつもりなのかーーと」
玉座の間の光が、静かに揺れた。
「だが神は答えなかった」
そして彼は言った。
「だから姉は、自分で答えを出した」
視線がイーリャに向く。
「人と魔族の……架け橋になると」
レオンは、言った。
「神はーー魔族を滅ぼせとは言ってない……」




