第42話 ルシアの涙
グレンは荒れていた。
目には痛々しい包帯が巻かれている。アルテアの治療院でも、光の術をもってしても完全な回復は難しいと言われたのだ。
「くそ……!」
寝台の縁を拳で叩く。
鈍い音が部屋に響いた。
その横で、勇者レオンは腕を組んで立っていた。表情は冷たい。
「半魔とはいえ、魔王一族の術をまともに浴びたんだ。生きているだけで幸せだと思え。本来なら、お前は死んでいた」
容赦のない言葉だった。
グレンは歯を食いしばる。
「……あいつは、殺せたんだ」
「何?」
レオンの眉がわずかに動く。
「剣を持っていた。俺の首なんて、簡単に落とせたはずだ」
グレンの声は低かった。
「なのに振らなかった。あいつ……魔力しか使わなかった」
レオンは黙った。
確かにおかしい。
魔族なら、ためらいなく殺すはずだ。
それが、この世界の常識だった。
その時だった。
「……やめて」
か細い声が、部屋の入口から聞こえた。
二人が振り向くと、そこにはルシアが立っていた。
巫女衣の袖を強く握りしめ、小さく震えている。
「イリアは……そんな人じゃない」
グレンの顔が険しくなる。
「ルシア! あいつは魔族だ」
「違う!」
思わず声を上げていた。
ルシアは胸の前で手を握りしめる。
細い肩が震えていた。
「イリアは……あたしを助けてくれたんだ」
部屋の空気が止まる。
レオンの眉がわずかに動いた。
「助けた?」
ルシアは小さく頷く。
「あたし……あの時、魔物に襲われそうになってた……でも、生きてる。イーリャが助けてくれたから」
きっぱりした声だった。
だが、言葉の最後は震えていた。
「優しかった」
その一言に、グレンは拳を握りしめる。
「優しい魔族なんているか」
だがその言葉は、どこか弱かった。
なぜなら。
彼自身も思い出していたからだ。
あの瞬間。
闇の中で、半魔の少年は静かに立っていた。
金色の瞳が、まっすぐグレンを見ていた。
剣は、グレンの喉元に届く距離だった。
振れば終わりだった。
それでもーー
少年は、剣を振らなかった。
レオンは、静かに黙って立っていた。




