第40 ラドの帰還
内乱が終わって、やっともとの静けさを取り戻した魔王城に、その日、勢いよく扉が開かれた。
半魔の少年イーリャは、魔王城の玉座の間にいた。
「ラド!?」
飛び込んできたのは、黒髪の青年ーーラドだった。半魔魔であることから人間に化けることが得意な彼はイーリャが、帰ったあとも姿を変えてギルドに潜んでいたのである。
息を荒げ、肩で呼吸をしながらラドは周囲を見回した。
「どうしたの?」
最初に声をかけたのはエリンだった。
幼い頃からラドを匿い、守ってきたイーリャの姉であった。
ラドがここまで慌てる姿は珍しい。
ラドは唾を飲み込み、震える声で言った。
「人間が……北の山脈を越えました」
その一言で、玉座の間の空気が変わった。
「何だと?」
「北の山脈だと? あそこは天然の防壁だぞ」
重臣たちが一斉に声を上げる。
ラドは続けた。
「しかも、すごい数です。軍です。完全武装の……大軍です」
その言葉に、魔族たちはざわついた。
魔王が倒れたばかり。
さらに、王位を巡る内乱まで起きたばかりなのだ。
軍も城も、まだ完全には立て直せていない。
もし今、人間に包囲されたらーー
魔族に未来はない。
誰もが同じ結論に行き着いた。
(滅びる……)
玉座の間に重い沈黙が落ちる。
そして、重臣たちはゆっくりと視線を向けた。
玉座の前に立つ、ひとりの少年へ。
半魔の王子。
イーリャ。
人間の血を引く、魔族の子。
イーリャは、しばらく目を閉じていた。
まるで、遠くの音に耳を澄ませているように。
やがて、静かに目を開く。
「うん」
小さく頷く。
「ラドの言う通り。たくさんの人間が、この城に向かってる」
重臣のひとりが唸った。
「やはり戦か……!」
だが、イーリャは首を振った。
「ううん。違うよ」
不思議なくらい穏やかな声だった。
「戦いに来るんじゃない」
その言葉に、皆が息を呑む。
イーリャは遠くを見つめながら、ぽつりと言った。
「ーー『魔族を滅ぼしていいのか見極め』に来るんだ」
ざわり、と空気が揺れた。
何人かの重臣が顔を見合わせる。
「見極め……?」
「どういう意味だ」
イーリャは少しだけ困ったように笑った。
「神様がね」
そして静かに言う。
「勇者にそう言ったんだ」
ーー見極めろ、と。
魔族を滅ぼしていいのか。
それとも、生かすべきなのか。
その答えを、確かめに来る。
玉座の間に、深い沈黙が落ちた。
それは、戦の前の静けさとは違う。
もっと重いーー
運命が、こちらへ歩いてくる音のような沈黙だった。




