第36話 冒険者、遠征に乗り込む
「お前の仇は、俺が取ってやる!!」
グレンの拳は、震えていた。怒りのせいなのか、それとも胸に渦巻くやりきれない感情のせいなのか、自分でも分からなかった。
目の前にいるルシアは、十八歳の聖女だった。
神殿で育った、美しく、どこか神聖さすら感じさせる少女。
だがグレンの目には、どうしても別の姿が重なって見えていた。
小さな手で裾を握りながら、自分の後ろをついて歩いていた八歳の少女。
転びそうになっては、泣きそうな顔でこちらを見上げてきた、あの頃のルシアだ。
「グレン……」
そう呼んで笑っていた、あどけない顔。
その幼い姿が、今のルシアの中に重なって見えて、胸が締めつけられた。
ーー十年。
たった一度、魔族に精気を奪われただけで、彼女の命は十年削られたのだ。
それがどれほど残酷なことか、グレンには想像もつかない。
だが、それでも怒りだけははっきりと分かった。
「絶対に許さねぇ……」
低く呟いた声には、抑えきれない憎しみが滲んでいた。
そしてグレンは、隊列の先頭を歩くレオンの背中を追いかけた。
「おい、レオン!」
振り向いた勇者に、グレンは真正面から言い放つ。
「俺も行く。魔族の討伐にだ」
「……グレン」
レオンは眉をひそめた。
「これは討伐隊じゃない」
何度目になるか分からない説明を、レオンはまた繰り返した。
「今回の行軍は、神託によるものだ」
静かな声で言う。
「魔族を滅ぼすかどうかーーそれを見極めるための遠征だ」
光の神から下された神託。
半魔という存在が現れた今、魔族という種族そのものをどうするべきか。
それを決めるための旅。
だがグレンは、鼻で笑った。
「そんなの知るか」
吐き捨てるように言う。
「見極めだの神託だの……どうでもいい」
そして拳を握りしめた。
「ルシアから十年も奪いやがったんだぞ」
怒りで声が震える。
「可愛い従妹の人生を、十年だ」
グレンの目は、完全に燃えていた。
「そんな奴ら、生かしておく理由がどこにある」
レオンはしばらく黙っていた。
そして深く息をつき、肩を落とす。
「……好きにしろ」
諦めたように言った。
「ただし」
視線だけが鋭くなる。
「これは復讐の旅じゃない」
だがグレンはもう聞いていなかった。
胸の中にあるのは、ただ一つ。
魔族への憎しみだけだった。




