第35話 魔族を庇う聖女
「ねえ、イリアは? イリアはどこ? あたし、イリアに助けられたのよ。お礼が言いたいの」
ルシアは、十八歳の姿になったとは思えないほどあどけない顔のまま、無邪気にクレンへ尋ねた。
その言葉に、後ろから追いついてきた勇者レオンが、わずかに眉を動かした。
イリア。
聞き慣れない名だった。
レオンは、ルシアとクレンの様子を静かに見守る。
「イリア!? あの怪力の半魔のチビのことか?」
クレンが思わず声を荒げた。
ルシアは、きょとんとした顔で瞬きをする。
「半魔?」
「そうだ」
クレンは、諭すように言った。
「お前の今の姿は、半魔に精気を奪われた証だ」
ルシアは自分の手を見つめた。
細く長くなった指。以前よりも成長した体。
だが、彼女はすぐに首を横に振った。
「違うわ」
小さいが、はっきりとした声だった。
「イリアは、あたしを助けてくれたの」
その言葉に、レオンは静かに目を細めた。
半魔が人を助けるーー。
神殿の教えでは、まず聞かない話だった。
魔族は、人の精気を吸う存在。
半魔もまた、その血を引く危険な存在だとされている。
だが目の前のルシアは、迷いのない顔でそう言った。
嘘をついているようには見えない。
レオンは腕を組み、少しだけ考えた。
(半魔が助けた……?)
にわかには信じがたい。
だが同時に、もう一つの事実もある。
ルシアは生きている。
もし本当に半魔が彼女を襲ったのなら、もっと精気を奪われてもおかしくなかったはずだ。
レオンは静かに息を吐いた。
神から授かった神託が、胸の奥で思い出される。
ーー見極めよ。
それだけの言葉。
魔族を討てとは言われなかった。
ただ、見極めろと。
レオンはルシアを見た。
彼女はまだ、クレンに何かを説明しようとしている。
「だからね、本当にーー」
「ルシア」
クレンが低い声で遮った。
「半魔に近づくな。それだけは覚えておけ」
その言葉には、明らかな怒りと警戒が混じっていた。
ルシアは少し困った顔をしたが、反論はしなかった。
レオンはその様子を静かに見ていた。
人間にとって半魔が危険なのは事実だ。
クレンの反応は、むしろ当然だろう。
だがーー
(聖女が助けられた、と言う半魔か)
レオンは心の中でその言葉を繰り返した。
まだ見ぬ存在。
それがどんな者なのか。
神の神託が意味するものは何なのか。
答えは、まだ分からない。
だがいずれ、その存在と向き合う日が来るのかもしれない。
レオンは静かに視線を落とした。




