第33話 冒険者、グレン
冒険者のクレンは、不機嫌に酒を飲んでいた。
木のジョッキを乱暴に卓へ置くと、酒が少しこぼれて木の表面に染み込んだ。昼間だというのに酒場は騒がしい。冒険者たちの笑い声、怒鳴り声、椅子の軋む音。様々な音が入り混じり、薄暗い空気の中に渦巻いている。
だがクレンの耳には、ほとんど届いていなかった。
頭の中に浮かぶのは、ほんの少し前に起きた出来事ばかりだった。
目の前で、従妹のルシアが半魔の魔族に襲われたのだ。
まだ八歳の、小さな子供だ。
黒い気配をまとった半魔は、人とは明らかに違う雰囲気を放っていた。クレンは咄嗟に剣を抜き、ルシアを背中に庇った。
守らなければならない。
その思いしかなかった。
だが次の瞬間、思いもよらないことが起きた。
半魔はふらつくようにルシアへ近づき、そして――ルシアに抱きかかえられたのだ。
まるで助けを求める子供のように。
クレンが状況を理解するより早く、ルシアの体からふっと力が抜けた。
「ルシア!」
叫んだ時には、もう彼女はその場に崩れ落ちていた。
あの光景が、頭から離れない。
クレンは酒を一気にあおった。喉が焼けるようだったが、気にもならなかった。
幼い頃に両親を失ったルシアは、クレンの家で育った。
年は十も離れているが、二人は兄妹のように暮らしてきた。ルシアは小さな頃から、いつもクレンの後ろをついて歩く子供だった。
クレンが剣の訓練をしていれば、遠くから真剣な顔で見ている。怪我をして帰れば、心配そうに薬草を持ってきた。
泣き虫で、でも優しい子だった。
クレンが冒険者になると決め、古王国アルテアの冒険者ギルドへ向かうと言った時もそうだ。
「私も行く」
ルシアは迷いなくそう言った。
危ないから駄目だと何度言っても、首を振るばかりだった。
結局クレンは折れた。あの小さな子供を一人で残していくことなど、どうしても出来なかったのだ。
だがーー
クレンは拳を握りしめた。
そのルシアが、目の前で半魔に襲われた。
しかもその後の対応が、どうにも気に入らない。
神殿の連中や治療院の者たちは、慌ただしくルシアを担ぎ上げると、そのままどこかへ連れて行ってしまった。
クレンが行き先を聞いても、答えは返ってこない。
「関係者以外は下がってください」
ただ、それだけだった。
(関係者以外……?)
思い出すだけで、胸の奥が煮えくり返る。
クレンは荒々しくジョッキを掴み、残っていた酒を飲み干した。




