第32話 聖女の告白
ルシアは、巫女の衣裳をまとい、揺れの激しい輿に身を預けていた。白と金で織られた衣は光を受けてきらめくが、その内側にいるのは、まだ幼さの残る少女だった。
南方への遠征。
本来なら、移動の魔方陣を使えば一瞬で辿り着ける。だがそれは、王侯や一部の特権階級のみが許される、莫大な費用のかかる術だ。数百の兵士を率いるレオンたちには到底使えない。結局、一行は陸路を選んだ。
まっすぐ北へは向かわない。
まず西域へ寄り、そこから大陸西沿岸を南下する。遠回りではあるが、補給と地形を考えた末の決断だった。
その行程を聞いたとき、ルシアの胸は高鳴った。
「アルテアにも行くのね?」
輿の帳を少し上げ、彼女はレオンを呼び止めた。
「……ああ。だが、戦の途上だ。観光ではない」
「観光じゃないわ。お願いがあるの」
彼女は真剣な顔で言う。
「アルテアへ寄るなら、冒険者ギルドに寄って欲しいの」
レオンは耳を疑った。
聖女が、およそ似つかわしくない言葉だった。冒険者ギルドを訪ねたいと言うなど聞いたことがない。
「なぜだ? 巫女は光の象徴だ。私情で動いてよい立場ではない」
思わず、声が硬くなる。
ルシアは、頭をふった。
そして、ゆっくりと帳を押し上げ、まっすぐにレオンを見つめた。
澄んだ瞳。十八歳の乙女の顔立ち。だが、その奥にあるものは、もっと幼い。
「あたしは、八歳よ」
風が止まったかのように、空気が静まる。
「友達に会いたい。お礼が言いたいの」
その言葉に、レオンの胸が軋んだ。
神に選ばれた巫女。光の加護を受け、民衆に希望を与える存在。
だが今、目の前にいるのはーーただの子どもだった。
八歳で神殿に引き取られ、家族と引き離された少女のはず……
十八の身体に、十年分の祈りを背負わされた子だと思っていた。
「……聖女」
「ルゥと呼んで」
懇願するように微笑む。
「従兄について冒険者の見習いになったの。ある日魔物に襲われたわ。急に意識を失ったの。気がついたら、光の神殿にいたのよ」
聖女の告白に、レオンは疑念を持った。
冒険者ーー西域にいたという事実。
西域の砂漠地帯は、まだ、統制の取れていない魔族が多く出没する場所でもある。
もしかしたらーー
聖女の成長は光の加護などではなく……?
遠くで軍鼓が鳴る。行軍は止まらない。
「友達に会ったら、お役目を果たしてくださいね」
「うん、たぶん、イリアが助けてくれたのよ。最後にあたしを呼ぶ声が耳に残ってるわ」
レオンは、耳を疑った。
最近、神殿の観測対象に上がっている半魔の少年とよく似た名前だったからたーー
一方、ルシアの顔は、離ればなれになってしまった仲間を思う子供のもので、巫女のものではなかった。
揺れる輿の中で、ルシアは目を閉じる。
遠く匂いを思い出すように。
レオンはその横顔を見つめながら、改めて神殿のことを信じてよいものかと迷った。




