9 集う者たち
木立の薄い林の前、烏山の案内を頼りに、俺たちは目的の場所へと辿り着いた。
荒河は道路脇にある石の上に座り、虫取網や虫かごはもちろん、麦わら帽子に軍手と、いかにも準備万端という格好をしていた。
「よっ、遅かったな……って、何で燦がいるんだよ……」
「何? 悪い?」
「べ、別に悪くはねぇけど、色々と制限されそうなんだよなぁ……」
「何か言ったかしら?」
「何でもないっす」
荒河は朝霧に気圧されたように肩をすくめる。
それでもどこか納得したのか、すぐに話を切り替えた。
「まぁ人手は多い方が良いしな。実は俺ももう一人助っ人を呼んでるんだ」
「助っ人……?」
「おっ、ちょうど来たっぽいな」
ふと、荒河が俺たちが通ってきた道路へと目を向ける。その視線の先には、見覚えのある少女がいた。
「ご、ごめんなさい~!」
凪沢穂乃実だ。数日前に出会ったばかりだが、ほんわかとした雰囲気は変わっていない。
俺たちの元まで駆けてくると、勢いよく謝り出した。
「道路にいた猫ちゃんとじゃれてたら遅くなっちゃって~」
「大丈夫、時間ピッタリだ。」
「え……? でも、八時に集合って……」
「穂乃実が遅れてくることぐらい分かってたからな。一時間早く時間を教えたんだ。」
「うー、ひどいよ~」
「でも、それで間に合っただろ?」
「……うーん、まぁ、たしかに? なら、いいのかな……?」
穂乃実は小さく唸りながら、困ったように首を傾げる。騙されたことへの不満と、間に合ったことへの安堵が入り混じっているのか、複雑そうな顔をしている。
荒河は「やれやれ」と苦笑し、小さく息を吐いた。
「よし、皆集まったな。紹介するぜ、凪沢穂乃実だ」
「……ああ、知ってる」
「あれ、杜遥くんもいるの?」
「ん? もう知り合いか?」
荒河が驚いたように目を丸くする。
「穂乃実とはこの前、公園で会ったんだ。」
「そうそう、そのあと杜遥くんと一緒に夜、星を見たよね~。」
「おいおい、名前呼びする仲なのかよ。」
俺が軽く説明すると、荒河がにやけた顔でこちらを見てきた。烏山も「やるね」と、同調するように言ってくる。
「……何か誤解しているようだが、大した意味はない」
「そうか? でも、燦のことは朝霧って呼んでるだろ」
「…………」
言われてみればそうかもしれない。全く違和感がなかった。
「確かに、この前は少し距離を置いている感じがしたけど、今日はそれがないね。何かあったのかい?」
あの時の俺は、記憶がなく空っぽな自分が嫌で、無意識に人と距離を置いていた。
穂乃実と出会ったことで、これから埋めていけばいいと思うようにはなったが、そんなあからさまに分かるものなのだろうか。
「ま、それは別にいいとして、俺たちのことも名前で呼んでくれよ、友達だろ?」
「……わかったよ」
一応了承したが、実際に名前で呼ぶ場面を想像すると、少しだけ躊躇いが残る。
祐介に聡、燦に楠。名前は分かるが、やはりしっくり来ない。
燦の時もそうだったが、そもそも、俺たちは友達と呼べるのだろうか。
「決まりだな。で、昆虫採取だが、今回は二人ペアを組んでもらう。」
だが、その思考を遮るように、祐介が口を開いた。
「私、お姉ちゃんはやだ!」
楠が即座に声を上げる。それを聞いて、隣に立つ燦がわずかに眉をひそめた。
「ちょっと楠……」
「だってお姉ちゃん、あれ駄目とかこれ駄目とかばっかりなんだもん」
「だよなー」
「そ、それは、楠が危ないところに行こうとするからでしょ!」
燦の声が少し強くなる。けれど楠は気にした様子もなく、ふいと顔を背けたまま、視線を合わせようとしない。
どちらも引く気配はなく、気まずい空気が流れる。
「まぁまぁ、それじゃあ楠ちゃんは、私とペアを組もうよ~」
「うん!」
そこに穂乃実が割って入り、張りかけていたものがふっと緩んだ。
「それで残りのペアなんだが、俺は聡と組むわ。」
「でしょうね」
「杜遥は初心者だから、俺のペースにはついてこれないだろうしな。それに燦といると色々制限……じゃなくて、安全を考えてくれるから安心だぜ」
祐介は咳払いを一つして言い直すが、正直、誤魔化せていない。
けれど異論は出ず、燦も何も言わないまま、話はまとまっていった。
結局、俺と燦、祐介と聡、穂乃実と楠でペアを組み、昆虫採集をすることになった。




