20 それぞれの味
三人とも胸の前で掌を合わせているのを確認し、「いただきます」と全員で食前の感謝の言葉を捧げる。
大抵一人の時はしていないのだが、皆で食事をするときは一応必ず行うようにしている。
右手で箸を握り、まずはトマトとサニーレタスのサラダを食べようと左上に置いてある小皿に手をかけた。
「うう~、たしかに苦い……」
すると、隣から呻き声のような苦しそうな声が聞こえてくる。
俺よりも先に穂乃実はサニーレタスを口にしたらしい。
「だから言っただろ?」
「うん……。でも、こんなに苦いとは思わなかったよ……」
想像の域を遥かに越えていたというように、穂乃実はしょんぼりとしている。俺は慣れているから何とか食えるが、初見でこの苦さを味わうのはキツいだろう。
サニーレタスの葉を一枚食べる度に「うう~」と喉を絞るような声を出している。ヤバい、可哀想に見えてきた。
「無理そうだったら残してもいいぞ」
「ううん、大丈夫。それに他所のお家でお残しは駄目ってお母さんに言われてるんだ」
素晴らしい教えだと思う。しかし今回に限って言えば、それが裏目に出ている。無理矢理食べさせているみたいで申し訳ない。
「もう少しドレッシングかけるか?」
「え? あ、うん。そうする」
せめて食べやすいようにと、俺は和風ドレッシングを穂乃実の横に置く。穂乃実はそれを手に取り、ぽたぽたと量を調整しながら少しずつ野菜にかけていた。
ぶっちゃけた話、ドレッシングはチーズ風味でクリーミーなシーザードレッシングが好みなのだが、トマトと一緒に食べるなら、あっさりとした和風ドレッシングでいい。
「ホッホ、若いの。歳を取るとこの苦さも割と美味しいと感じるようになるんだけどね」
「え……」
俺と穂乃実は顔を見合わせる。穂乃実も信じられないといった表情をしている。
歳を取ると味覚が変わると聞くが、苦いものを好きになるのはどうしてだろう。舌が鈍感になって苦いと感じにくくなるのだろうか。いや、それだと食えるようになるだけで、好きになるのとはまた違う気もする。
そんなことを考えながら、俺もサニーレタスを食べてみる。
案の定苦味が口の中に広がった。もしかすると、ふわっと鼻を抜けるこの青臭さを好きになるのかもしれない。
あと、採れたてだからシャキッとしていて瑞々しいのは推せる。
サラダを食べ終えて、真ん中に置かれたキュウリのぬか漬けを一つつまみ、ひょいと口に放り込む。
ポリポリと音を立てながら、キュウリは次第に小さくなっていく。
以前に食べた浅漬けと違って、塩味の他にほのかに発酵したような酸味が混じっている。
「うん、美味しいな」
俺は率直に感想を述べる。浸けた時間の影響か、もうちょっと塩気があってもいいと思うが、その分しっかりと歯応えが残っており、これはこれでありだと思う。
「だよね~。今日みたいに暑い日は格別だよ~」
穂乃実も美味しそうにキュウリのぬか漬けを食べている。
とても幸せそうな顔だ。たしかに暑い日は汗をかくし、塩分補給としても大事かもしれない。
切られた分だけでもある程度量があったはずだけれど、キュウリの皿はもう三割くらいしか残っていない。俺、まだ一つしか食べてないんだけどな……。
祖母が血糖値を上げないために野菜から食いなと言うものだから、とりあえず野菜から食べていた。
これでようやくメインのカレーにありつける。
俺はスプーンでカレーを掬い、口に運ぶ。
美味しい。が、特筆するほどの美味しさではない。
穂乃実は「ん~美味しい~!」と顔を綻ばせながら、両手をぷるぷると小刻みに震わせている。相当美味しかったらしい。
俺は食べ慣れているからか、そこまで美味しいとは感じなかった。いや、思い返してみれば、この一ヶ月で俺はカレーを三回も食べている。これだけ食べれば、特別感が薄れてしまうのも仕方ない。
「でも私の家のカレーと比べると、少し甘いかも。給食に出るカレーに似てる……かな?」
そういえば前に、『りんごとはちみつ! とろ~り溶けてる~♪』と、アイドルらしき人が歌っているCMを見たことがある。
林檎と蜂蜜が入っているなら、甘くなるのも必然だ。
「穂乃実の家で出るカレーはもっと辛いのか?」
「うーん、辛さは同じくらいなんだけど、甘さが控えめで……もっとスパイシーな感じ?」
辛いことを英語でスパイシーと言うのだが、何となく言いたいことは分かる。唐辛子のような辛さではなく、胡椒のような辛さという意味だろう。外国人が聞くとWhat? と言われてしまいそうだ。やはり、日本語は難しい。
それからも取り留めのない話を繰り広げながら、俺たちはカレーを食べ終えた。




