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World Without Memory ~生きる希望を探して~  作者: 深山河 蜻蛉
第三章 夢の中で出会った少女

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19 香り漂う台所

 野菜を切って具材を入れて、ぐつぐつと煮込んだあとに、ルーを入れて再び弱火で加熱する。これでカレーの出来上がりだ。

 時間はかかるが、至って簡単な料理である。

 だというのにそれなりに美味しいから、個人的にかなり好きな料理の一つだ。

「わ~、いいにお~い」

 穂乃実が手で仰ぐようにしてカレーの匂いを嗅いでいる。

 鍋から立ち上る湯気と共に、スパイシーな香りが台所いっぱいに広がっているから、特に仰ぐ必要はないと思うが、本人が満足そうなので何も言わないでおく。

 それにしても、腹ペコなのも相まってか、この独特のスパイシーな香りがやけに食欲をそそる。

 祖母はまだ戻ってきていないが、先に食していてもいいだろうか。

 と思った矢先、ドアが開き、祖母がのそのそと部屋の中に入ってきた。

「おや穂乃実ちゃん、いらっしゃい」

「あ、お邪魔しましてます」

 穂乃実もくるりと振り返り、元気よく挨拶を返す。

「カレー、出来たかの?」

「うん、今出来たところ」

「そうかい。外まで匂いがきてたもんだから、そろそろ出来たと思ったけど、ちょうど良かったようだね」

 換気扇を回していたからか、外までカレーの匂いが漏れていたらしい。毎度思うが、焼き魚とカレーの匂いは強烈すぎる。まぁ、嫌いではないから別にいいんだけど。

「カレーは血糖値が急に上がるからの。野菜も食べなきゃいかんと思って、ちょいと畑から採ってきたで」

 そう言うと祖母は透明なビニール様の袋から、赤く熟した大きめのトマトとサニーレタスの葉を取り出して、食器棚に置いてあった銀色のザルの上にのせた。

「またサニーレタスか……」

「またってな、サニーレタスは栄養豊富だて。お日さまの光をたっぷり浴びてるからの」

「でも、それ苦すぎるんだよな。ドレッシングをつければ食えないことはないけど……」

 スーパーで買ってくる野菜は気にならないのに、家の畑で取れた野菜はどうしてこうも苦くなるのか。ピーマンなんて苦すぎて、何かと一緒じゃないと絶対に食べられない。

「好き嫌いは駄目だよ? 野菜もちゃんと食べないと」

 俺が少々サニーレタスに対して不平を言うと、穂乃実はそれを見過ごせなかったようで、しっかり注意されてしまった。いや、出されたものは全部食べるし、残したことはないのだが。

「あとこれ、カレーに合うといいんだけどね」

 祖母はもう一つ手にしていた小さな白色の袋から、緑色のものを取り出した。

 見た目は細長く、表面にはまばらに白い粉状のものが付着している。

「キュウリのお漬け物!?」

 穂乃実は食い入るように覗き込み、祖母にその正体を確かめる。

「キュウリのぬか漬けだね。昨日浸けたばかりだから味が染み込んでいるかは分からんが、せっかくだしの。取り出してきた」

「嬉しい~。お婆ちゃんのキュウリのお漬け物大好きなんです~」

 祖母の答えが思っていたものと同じだったようで、両の手のひらを胸の前で合わせながら、穂乃実は隠しきれない笑みを零す。

「穂乃実はお祖母ちゃんのキュウリのぬか漬け、食べたことがあるのか?」

「うん、お婆ちゃんのぬか漬けはここら辺では有名なんだよね。毎年八月に夏祭りとか灯籠流しがあるんだけど、その時に皆で集まって食べるんだ」

「そんな大したもんじゃないけどね。この歳になると、それくらいしかすることがなくなるからの。自由気ままに、なんとなく作っているだけさね」

「そうだったんですか? でも、皆本当に美味しいって喜んでましたよ?」

「そうかい? それは嬉しいね」

 穂乃実に絶賛され、祖母も嬉しそうに目を細めた。

 俺は食べたことはないが、そこまで褒めているのを見ると、いくらか興味が湧いてくる。ぬか漬けというと、米ぬかを使って作るのだろうか。

「それじゃ、これから水で洗うから少し待っててな」

 祖母は取り出したキュウリを流水でごしごしと洗い始めた。

 キュウリに纏わりついていた白い粉が、溶けるようにして落ちていく。

 ついでに、先ほどザルに入れたトマトとサニーレタスの葉も洗っていた。

「じゃあ、俺たちもカレーを盛るか」

「うん、そうだね」

 その間に、俺たちは自分達のカレーを皿に盛ることにする。

 食器棚からカレー用に大きめの、少し深みのある平たい皿を選んで釜を開ける。

「……え?」

 吃驚仰天(きっきょうぎょうてん)。俺はしばらく言葉を失った。

「……どうしたの? 盛らないの?」

 釜を開けて硬直している俺を見て、穂乃実は不思議そうな顔で俺を見つめる。

「この米、何合炊いたんだ……?」

「ん? 五合だけど、少なかった?」

「…………」

 少なかった? いや、冗談じゃない。これは最大で五合しか炊けない釜だ。だがしかし、実際に五合炊いているところなんて、見たことがない。

 そもそも、妹は朝から弁当持ちで部活に行っているから、三人分で十分なはずだ。明らかにおかしい。

 目前の釜には、今までに見たことがない量の米が詰まっている。

「ホッホ、穂乃実ちゃんはよく食べるからの」

 祖母は俺の考えを察したのか、穏やかな声でさらっと理由を口にした。

 俺と祖母が一合ずつ食べたとして、残り三合。穂乃実が食べるのだろうか。

 え、何か運動してきたの? 本当に女の子? などと疑問が頭に浮かぶが、考えただけで恐ろしくなった。……思わず身震いをしてしまうほどに。

「うう~恥ずかしい~。カレーだから皆いっぱい食べるのかなって思って……」

 穂乃実はまるで顔から火が出るのを隠すように、手で顔を覆った。耳元まで赤くなっているから、余程恥ずかしかったらしい。

「なんだそういうことか。米なんて夜も食えるだろうし、大丈夫だよ」

 俺は庇うように、軽く言葉を添える。確かに祖母が一合だとしても、俺が二合、穂乃実が二合食べると想定していたのなら、割と現実的かもしれない。

 米一合自体、一人前より多かったような気もするが、気にしない。いや、気にしてはいけない。気にしたら負けだ。

 そう思って、俺はそそくさとご飯をよそってカレーをかけた。

 穂乃実と俺が隣り合わせに座り、祖母がその向かいの椅子に腰を下ろす。

 食卓にはそれぞれのカレーに加え、トマトとサニーレタスの簡単なサラダ、切られたキュウリのぬか漬けが並んだ。

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― 新着の感想 ―
読了しました!! ご飯の描写が相変わらずお上手ですね!! めちゃくちゃお腹減りました(⌒-⌒; ) カレーとお婆ちゃんのきゅうりの漬物が食べたくなりました!! ほのぼのとした回、良いですね!! 次回…
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