13 遠い眼差し
翌日、あの寂れた公園へ行くと、俺は一度自分の目を疑った。
公園に入る前から、子どもたちの楽しそうな笑い声が響く。
十数人の子どもたちが虫籠を囲うように集まっていて、その後ろでは親らしき人たちが談笑していた。
この前来たときには時間が止まったとさえ感じるほど静かだったはずなのに、今日は驚くほど賑やかだった。
祐介たちに声をかけようと、俺は子どもたちの方へ足を向ける。
そして一人、同年代くらいで見覚えのない人がいることに気付き、目を留めた。
大人びた顔立ちをした、綺麗な女性。
笑いながら、中腰になって子どもたちと会話をしている。
「あれ、東雲先輩も来ていたんですか?」
ちょうど燦もその女の人に気付いたようで、彼女の元に歩み寄る。
「あら、燦ちゃんじゃない。久しぶりね」
「お久しぶりです」
彼女は中腰の姿勢からゆっくりと立ち上がって、落ち着いた様子で応えた。
先輩――そう呼んでいたが、いったいどういう関係なのだろう。燦が丁寧に敬語を使う姿を初めて見たというのもあるが、目を細める表情といい、どことなく嬉しそうだ。
「その、今日はどうしてここに?」
「え? ああ、昨日の夕方祐介くんに誘われてね。珍しいものも捕まえたから、是非きてくれって」
「でも先輩、虫は嫌いでしたよね?」
「まぁ嫌いなんだけどね……。たまにはこうして顔を出すのもいいかなって」
「そうだったんですね」
燦が相槌を打つように頷く。やはりいつもより、ほんの少しだけ声のトーンが高い。
俺は静かに、二人のやり取りを後ろから眺めていた。
「それで、そっちの君は誰なの?」
ほどなくして話が一区切りついたからか、彼女が俺に視線を向ける。
当然の疑問だ。俺が彼女のことを知らないのと同じで、彼女も俺のことを知らない。
俺は応えようと口を開いたが、
「彼は水瀬杜遥で、水瀬のお婆ちゃんの孫らしいですね」
燦が振り返り、遮るように説明を始めた。
「そうなの? あのお婆ちゃんに孫がいたなんて、驚きだわ」
最初会ったときに燦に言われた感想と、同様の感想が返ってくる。
元々俺と妹は都会で暮らし、祖母は一人暮らしをしていたようだし、周囲からは孫がいるようには見えないのかもしれない。
それにしても、いささか驚きすぎな気もするが。
「私は東雲透架。高三だから、燦たちとは一つ上の学年ね。あなたは?」
「え? えっと……」
突然の問いかけに、俺は返答に窮す。
俺は今、高校に通っていない。だからどう答えるのが正解なのか分からず、戸惑ってしまった。
「彼は私と同い年ですよ」
すると、燦が助け船を出すようにそれに答えた。
俺も初耳なのだが。まぁこの際何でそこまで知っているんだと問うのは無粋だろう。十中八九、祖母である。
「そうなんだ。えっと、杜遥くん……だっけ? よろしくね」
「はい。東雲先輩ですね、よろしくお願いします」
「あはは……、初対面で急に先輩と言われるとちょっと恥ずかしいかも……。普通に呼び捨てでいいわよ」
俺が先輩と呼ぶと、東雲先輩は照れたのか、含羞むように呼び捨てを勧める。
けれど、すぐに「それは駄目ですよ」と燦が止めに入った。
「え、でも……」
「先輩は先輩ですから」
「うぅ、……じゃあ仕方ないわね」
流石に止められるとは思っていなかったようで、動揺する素振りを見せる。
それでも燦が念押しをするように追い討ちをかけ、渋々といった様子で引き下がっていた。
東雲先輩はともかく、自分よりも歳上の人を呼び捨てにするのはこっちが気まずいので、正直ありがたい。そもそも相手が歳上であると知らなかったのならば、何ら問題はなかったのだが、知ってしまったものはしょうがない。
それから、俺たちは子どもたちと一緒に昆虫を観賞したり、祐介の作った昆虫にまつわるクイズなんかを解いたりした。
何故かお約束のように穂乃実が遅れてやって来たりもしていたが、やはり子どもたちにとってこういったイベントは珍しいのか、皆夢中になって楽しんでいた。
取り分け子どもたちはゆっくりと動くオオクワガタに興味津々で、「でっけぇ!」、「カッコよすぎだろ!」などと口々に騒ぎ、祐介も「やっぱ森の王たる風格があるよな!」と、一緒になって盛り上がっていた。
森の王たる風格ってなんだよ、鈍間なだけだろ。と思ったりもしたが、俺も色々と楽しめたし、全体的に良いイベントになったと思う。
しかし唯一、気になったことがあったとすれば、それは東雲先輩だ。
彼女は地域の人や子どもたちに相当好かれているようで、自然と輪の中心にいた。これは後から聞いた話なのだが、燦はそんな彼女に憧れを抱いているらしい。
だというのに、偶然にも俺が一人でいるところを見かけたとき、彼女はどこか遠くを見るように、夢中になっている子どもたちを見つめていた。
彼女もまた、何か悩みを抱えているのだろうか。そう思って、俺が彼女に近づくと、彼女は不意に、こんなことを口にした。
「杜遥くんは、大人になるって何だと思う?」
俺は答えられなかったし、彼女もそれ以上は聞いてこなかった。
けれどその時に一瞬だけ、彼女の憂いを帯びた横顔が垣間見えた気がした――




