12 結ぶもの
林を抜けた後、すぐに祐介たちと合流し、開けた草地まで移動した。
そして一息ついたところで、それぞれのペアで捕まえた昆虫を発表することになった。
誰から先に行うかと話し合うまでもなく、楠が真っ先に立候補したことで、最初の発表は楠と穂乃実のペアに決まった。
二人が捕まえた昆虫は、ほとんどが蝶だった。
ナミアゲハやモンシロチョウ、モンキチョウにルリシジミなどーー
荒河は次々に名前を挙げて説明していたが、俺は途中から何が何だか分からなくなっていた。
ただ、羽の大きさや形、色合いも一匹ごとに異なり、見ているだけで十分に楽しめた。
ーー中でも一際目を引いたのは、ミヤマカラスアゲハという蝶だった。見る角度によって黒から青、緑にまで羽の色が変わっていく。
まるで月明かりに照らされた夜の海のような、不思議な美しさがあった。
そうして俺が見惚れているうちに、楠たちの発表は終わっていて、いつの間にか祐介たちの発表に移っていた。
「俺たちが捕まえたのは主にトンボだな。トンボは虫かごを分けないとすぐ弱っちまうから、三つも使うことになったぜ」
そう言って、祐介が見せた虫かごの中には、様々な種類のトンボが入っていた。
オニヤンマ、ギンヤンマ、ハグロトンボ、キイトトンボなどーー
どれも楠と穂乃実が捕まえた蝶とは、また違った魅力があった。
「いやぁ、ギンヤンマは苦労したぜ。なんせ、こいつずっと池の上を飛び回ってたからな」
「……それでよく捕まえられたな」
「すごーい!」
「フッ、これが経験の差ってやつさ」
少し褒めると、祐介は人差し指で鼻の下を擦りながら、得意げに言う。
「あまり褒めない方がいいよ、祐介はすぐ調子に乗るからね。いつも夢中になって池に落ちてるんだ」
けれど、聡が透かさずそこに一刺し入れた。
いったいどれだけ夢中になっているのだろうか。
「おい! 人がせっかく格好つけてるのに、わざわざ余計なことを言うなよ!」
そんな二人の言い合いを苦笑混じりに聞いていると、ふと虫かごの中に、一匹だけ違うものがいることに気がついた。
「なぁ、この虫はなんだ? 明らかにトンボではないのは分かるが……」
俺はその虫を見つめながら、あるがままに尋ねる。
「おっ、よく気づいたな。実はこいつが一番レアでな。あまり見つけられない上に、めちゃくちゃ速いから捕まえるのが難しいんだ」
すると、祐介はすぐさま説明を始めた。
「ハンミョウって言うんだが、別名に『道しるべ』、『道教え』なんてのがあってな。人が近づくと少し先に飛んで、こっちを振り返るんだよ。それを繰り返すから、昔の人は道を案内してくれる虫だと思ったらしいな」
虫かごを持ち上げながら、俺に見せるようにして続ける。
嬉しかったのか、心なしか声が弾んでいる気がした。
「……いい話だな」
こんな小さな虫に、そんな呼び名があるとは驚きだった。
言い伝えの真偽はともかく、昔の人々がその姿に意味を見出し、そう呼ぶようになったのだと思うと、感慨深いものがある。
「ま、実際にはただ逃げてるだけだけどな」
「夢のない話ね」
「身も蓋もない……」
だが祐介が飄々(ひょうひょう)と、一瞬にして現実を突きつけた。
虫はただ、本能のままに生きる。もう少しだけでも、夢をみていたかった……。
「最後は杜遥たちの番だな」
そう言われ、俺は手にしていた虫かごを祐介たちに見せた。
「へぇ、やるな。最初の昆虫採集でそんなに捕まえられるなんて、大したもんだぜ」
その虫かごには五匹のクワガタと、一匹の小さなカブトムシが入っていた。
「……いや、俺が見つけたのはこいつだけだ」
俺はその中の、一匹の小さなカブトムシを指差す。
「あ…………」
祐介は何かを察したように口ごもった。
「ま、まぁ最初はそんなもんだぜ。気にすんな、な?」
そして慰めるように、俺の背中を軽く叩く。
余計に傷つけられているような気がしたが、それは気にしない。
「こ、これは……!?」
少しして、祐介が意表を突かれたような声をあげる。
祐介が見ている先にいたのは、燦が木に回し蹴りをして落とした昆虫だった。
「……この虫がどうかしたのか?」
「ばかやろう。俺が何年もかけても一度も見つけられなかった伝説の昆虫だぜ……?」
見たところ、そんなに凄い虫には見えないが、確かに他のものと比べると随分と大きい。
「日本の男子なら必ず一度は憧れるはずだ」
祐介は勿体ぶるように、名前を口にしない。
俺も一度はこの虫に憧れたことがあるのだろうか。
「これ、もしかしてオオクワガタ!?」
すると、さっきまでトンボに夢中になってツンツンしていた楠が、気づけば聡と燦の間からひょっこりと顔を出し、このクワガタを覗き込んでいた。
「クッ、言われちまったぜ」
そして祐介は何故か悔しそうな顔をした。
「ところで、この捕まえた昆虫はどうするんだ? 逃がすのか?」
「ああ、そういえば杜遥は知らないんだもんな。毎年人気のある昆虫や珍しい昆虫なんかを捕まえて、近所の子どもたちに見せてるんだよ」
「……そんなことをしてるのか」
「まぁな。大人になったらこの町を出て行く人も多いからな。少しでも田舎というか、自然の良さを知ってもらいたいんだ」
祐介は何も考えていないように見えて、案外色々と考えているのかもしれない。
実際にどこまで考えてやっているのかは分からないが、きっとこういった行動が社会を変えていくのだろう。
誰かのために、何かをしようとすることには素直に賞賛をおぼえた。
「本当は自分で捕まえたりして楽しんでもらいたいんだが、林で怪我をされても困るしな」
照れくさいのか、祐介はそう言いながら右頬をかいていた。
それからしばらくして、俺たちは解散した。
どうやら明日、あの寂れた公園で子どもたちに見せるらしい。気が向いたら来てほしいと軽く誘われた。
そもそも俺に断る理由などないのだが、「わかった」とだけ言って俺は家に帰った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
私は田舎で育ったので、無邪気に昆虫を捕まえていた頃を思い出しながら書きました。
作中に登場するミヤマカラスアゲハは個人的にかなり好きな蝶です。光の当たり方や見る角度によって印象が変わる美しい蝶なので、よければぜひ調べてみてください。
これからも応援よろしくお願いします。




