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World Without Memory ~生きる希望を探して~  作者: 深山河 蜻蛉
第二章 夢の中の少女

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11/15

11 縮まる距離

「ブギッ!」


 どうしてこうなったのだろうか。

 俺は今、巨大な猪と見つめ合っている。




 あれから、俺たちの昆虫採集は順調に進んでいた。

 クヌギやコナラの木を一通り見て回り、クワガタやカブトムシも十匹程は捕まえられた。


 ただ、俺が見つけられたのは小さなカブトムシ一匹だけで、残りは全て燦だった。

 途中、対抗心を燃やして頑張ってみたものの、燦は木の隙間や足元まで探し、いとも簡単に見つけていた。

 虫は好きでも嫌いでもないと言っていた割に、手慣れすぎている……勝てる気がしなかった。



 その後、燦が向こうの木を見てくると言って少し離れた。

 俺は近くの木を適当に眺めながら、燦が戻ってくるのを待っていた。


 それからしばらくした頃だった。


 茂みの方から微かに、カサカサという音が聞こえた。

 俺は思わずその方向に目を向けた。

 

 すると、目の前にある茂みが大きく揺れーー


「ブギッ!」


 突然、巨大な猪が現れた。


 ……そして、今に至る。




 嫌な予感がした。俺は別に、動物に詳しいわけじゃない。

 けれど、本能が告げていた。


 ーーこれはヤバいやつだ、と。


 次の瞬間、


「ブギィーーーー!!!!」

「うおおおおおっ!」


 猪が地面を蹴り、一気に距離を詰めてくる。

 俺は全身を捻るように横へ飛び退いた。 

 そして、素早く太い木の裏へと回り込む。


 冗談じゃない。あんなのに体当たりされたら、骨が折れるどころか、命が危ない。


 俺は動きを止め、息を殺した。

 木の裏側から、低い鼻息が聞こえてくる。



「ブギッ……?」


 どれくらいそうしていただろうか。

 いつの間にか、鼻息は聞こえなくなっていた。

 それでも俺は気を抜かず、いつでも動けるように身構えたまま、息を潜め続けていた。


「……何やってるの?」

「うわっ!?」


 突然の背後からの言葉に、俺は情けない声を上げる。

 正直、心臓が飛び出るかと思った。


「え……何? 驚きすぎじゃない?」


 いつの間にか、すぐ後ろに燦が立っていた。


「……急に後ろから話しかけないでくれ」

「いや、普通に歩いてきただけなんだけど」

「…………」


 何かを言い返したかったが、確かに燦は何も悪くない。


「それより、なんで木なんかに抱きついてるのよ」

「抱きついてるんじゃない。隠れてるんだ」

「何から?」

「猪。それもかなりデカいやつだった」

「ふーん」


 燦はゆっくりと木の裏を覗き込む。


「……どこにもいないけど?」


 その言葉に、俺も木の陰から顔を出した。


「……あれ?」

「見間違いじゃないの?」

「……いや、そんなはずはない」

 

 見間違いだというならば、あれは一体なんだというのか。あの低い鼻息も、あの黒い巨体も、はっきり覚えている。

 何より、アイツは俺に突進してきていた。


「そう、それならそろそろ戻りましょうか。思ったよりも捕まえられたし、よかったわ」


 そう言って、燦は大して気にした様子もなく歩き出した。

 俺はただ、それに続く。


 ふと彼女の手にしている虫かごを見ると、また少し、中の虫が増えている気がした。

 

 歩きながら、何度か後ろを振り返ってみても、あの茂みは静かなままで、猪の気配はない。


 沈黙のまま、しばらく林の中を歩く。

 気まずいわけではないが、話題もない。

 そんな中、不意に別れる前に、祐介に言われたことを思い出した。


 『燦のことは朝霧って呼んでるだろ』


 特段深い意味はないが、確かに朝霧と呼んでいる。

 もっとも、それは燦に限った話ではない。


 祐介は『俺たちのことも名前で呼んでくれよ、友達だろ?』とも言っていた。


 俺は友達というのが、どういうものなのか分からない。

 けれど、少なくとも祐介は、俺のことを友達だと思ってくれている。


 そういえば燦も妹に対して、俺のことを『私の友達よ』と説明していた。

 だとしたら、燦も祐介と同じように考えているのだろうか。


「……なあ、ちょっといいか?」

「何かしら」

「祐介がさ、自分たちのことも名前で呼んでくれって言ってただろ?」

「……ああ、そんなことを言っていたわね」

「あれ、朝霧はどうなんだ?」

「どうって?」

「朝霧って呼ぶのと、燦って呼ぶのだと、どっちがいいんだ? 正直俺は、友達というものがどんなものなのか分からない。でも、名前で呼んだ方がいいのかなって」

「…………」


 燦は少し考えるように視線を落とす。

 そうして返ってきたのは、突拍子もない答えだった。


「別に呼び名なんて、どっちでもいいわよ」

「……え?」

「大事なのは、何て呼ばれるかよりも、相手がどう思ってくれているかだもの」

「そういうものか……?」

「人によって答えは違うでしょうけど、少なくとも私はそう思うわ。けれど、確かに名前で呼ばれた方が親しくなった感じはするかしらね」


 結局どちらでもいいと言いながら、どちらがいいか、答えはほとんど決まっているようなものだった。

 少しだけ迷ったが、俺は名前で呼ぶことを決めた。

 

「そうか。なら、燦って呼ぶことにするよ」

「……そう?」


 燦は一瞬だけ目を丸くした後、どこか楽しそうに口元を緩めた。


「なら私も、杜遥って呼ぶわ」

「…………」


 自分で言い出したことなのに、いざ名前で呼ばれると妙に気恥ずかしい。


「何よ、その反応」

「……いや、なんでもない」


 燦は小さく笑う。それ以上、俺たちの間に会話はなかった。

 俺たちは再び無言のまま、林の中を歩き出す。

 

 けれど、そんな静かな時間も長くは続かず、すぐに祐介たちと合流することになった。

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― 新着の感想 ―
少し忘れてる部分があったので、最初からここまで読ませていただきました。 ほんと読みやすくていいですよね! ここから先がどうなるのか、どんな事件が起きるのか気になります。なので最新話出て来たらまた読みに…
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