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逃げろ、と叫んだ直後だった。ロバートは、何と言っていいのかわからない数秒を味わった。
レーダーから唐突に《X―1》の反応が消えた。《X―1》《X―2》両機共に、戦闘機の常識を逸脱した、でたらめな空戦機動を取っていることを伝えていたレーダーから、敵機の反応だけが消失したのだ。
空母『エイブラハム・リンカーン』のCDCに、完全に思考の停止した数秒が流れた。撃墜したのか、とは誰も言いださない。彼我の戦闘機の性能差を、誰もが十分理解していたからだ。パイロットの差も含めて。
誰もが願っていたし、その願いを疑っていたわけではない。だが、それでも安易に『勝利』と言う言葉を口にすることを警戒する空気があった。
《X―2》から反応はなかった。トシヤは沈黙を守っている。唯一生存を伝えるレーダーの青い輝きが、彼の鼓動のように明滅していた。
『ロ、バート、聞こえ……か』
沈黙したCDCに、少年の日本語が反響する。通信装置の故障か、それとも彼自身に何かあったのか、その声は擦れていた。だがそれでも、沈黙が主となったCDCには、よく響いた。
「トシヤ……」
『《X―1》を撃墜。……繰り返す。目標、撃墜』
トシヤの声が、クラッカーの蓋か何かであったかのようだった。その瞬間、CDCは抱き合って喜ぶ士官たちの、割れんばかりの歓声に包まれた。
ロバートも、できればそうしたいところだった。だがロバートとヘイゼン、そして一部の士官たちは、未だ張り詰めた表情を貫き、ディスプレイと向き合っていた。
不可能を可能にした。まだ間に合う、だから助けられる。トシヤという十代の少年が発したその一念が、すべての不可能を打ち砕いた事実に、ロバートは驚嘆し、歓喜し、感謝さえしていた。
だが、彼は知っていた。知ってしまっていた。まだ終わっていないことを。
グレイグ・リーの怨念は、まだ、燃え尽きていない。




