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そもそも人のいないコクピット内部に、損害があるはずもない。ここまで完全な状態を保てるということは、そういう常識外れの、この機体にしかできない機動まで《X―1》の設計は織り込み済みだったということだ。端から人を乗せることを前提としていない、耐G装甲の悩みなど皆無の設計だ。
しかし考えてみればこれまでも、近しい機動はやってのけていた。空戦のセオリーにない状況が俊哉を駆り立て、追随することだけに全神経を向けさせられた瞬間、《X―1》は武装全てを《X―2》に向けたのだ。
やられた。
罠にかけられた気分を味わいながら、妙に動きが遅く見える《X―1》を、俊哉は凝視した。左翼根元にある機銃の発射口が大きく見え、それが曳光弾の輝きで黄色がかった瞬きを放つのがわかる。まだ光はいない。だが必ずそういう光が発せられる。その後一秒に満たない時間で、このコクピットは毎分四千発を撃ち出す速さで放たれた鉛の牙によって食い破られ、自分は生前人間であったかを判別するのも困難なひき肉へと姿を変える。
だが、その閃きはまだ、訪れない。
おかしい。
ここに至って俊哉は、《X―1》の動きが現実よりも遥かに遅いことに気づいた。
いや、《X―1》だけではない。視線を動かせば、こちらの速度に比例して後方へ飛び去っていくはずの雲もそうだ。雲の峰は先ほどから微動だにしていない。
なんだ、どうした、という疑問を、なぜか俊哉は持たなかった。ただ、今動き始めれば間に合うのかもしれない、という現実だけを見つめていた。
まだ間に合う。
まだ、間に合うんだ。
力強くそう断じた俊哉の脳から、右腕の筋組織を動かすパルスが発せられた。その電気信号を発生した瞬間に感知した『B・M・I』は、腕が動き出すのを超えて操縦桿を動かした。
その速度は、これまでのどの操縦よりも速かった。
腕の動きを必要としていない。
つまり、操縦という行為そのものを、まったく必要としていない。
それは『B・M・I』が、操縦を補助する役目を超えた瞬間だった。




