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引き離されたら、負ける。
空戦のセオリーにない恐怖を、俊哉は敏感に受け取っていた。だからスロットルレバーをさらに押し込んだ。
その瞬間、コクピット内部が赤く染まった。敵機からのレーダー照射を受けている時とは、点滅のしかたが違っていた。
これは悲鳴だ。俊哉は感じ取った。限界が近い。これ以上は砕ける。《X―2》がそう悲鳴を上げているのだ。自分の代わりのように。自分と同じ悲鳴を。
声が出せない。あまりにも重圧が強すぎる。《X―2》の耐G装甲と専用耐Gスーツがなければ、訓練を受けたことのない脆い身体はすでに押し潰され、内臓をひとしきりぶちまけて、萎んだ肉と皮となっているはずだ。
まだだ。もう少し。もう少しなんだ。悲鳴を無視して、俊哉の脳はその言葉を繰り返した。自室のパソコンに〝ライオンハート〟が笑っているチャットが流れ、それがすぐさま由利の笑っている顔に切り替わる。
こんな映像を、あいつは今も見ているのだろうか?
一瞬の幻を見た。次の瞬間だった。
《ゴッドスピード、〝ソーサラー〟》
幸運を、ではない。もっと語源に近い、良い旅を。〝ライオンハート〟はそう言ったのだ。それが直感的に脳に落ちてきたのは、一種の奇跡だったのかもしれない。それとも自分と〝ライオンハート〟の間柄だったからこそ、その微妙なニュアンスの違いを、文面からだけでも感じ取ることができたのだろうか。俊哉がそう考えたのは、刹那の間だった。
その間の内に目の前で起こった光景は、およそ起こりうるはずのないものだった。
《X―1》の機体が、その場で完全に回転していた。旋回ではない。回転だ。コマのように平行飛行状態を維持しながら、機体の前と後ろが、百八十度入れ替わったのだ。
戦闘機にそんな機能はない。そもそも、直線推進が音速を超える機体がそんな機動を取れば、正面から押し寄せる重力との間に押しつぶされ、バラバラに分解されてしまう。仮に機体が無事だったとしても、操縦しているパイロットは無事では済まない。
だが《X―1》はそうならなかった。機体は安定したまま損傷もなく、慣性の法則に従って直線推進の力の残滓を引き受け、車で言えばバックする状態で《X―2》との距離を見事に維持した。




