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金曜日 ⑦笑顔の行方

 

「バカは風邪ひかないって言うけどさ。ウチの子、賢いから風邪ひいちゃったんだよね」


 そう言って、大沼店長がボクに話しかけてきた。そういえば3月も半ばを過ぎたのに春寒という言葉がぴったりな程、ここ2、3日急に気温が下がった。今日も温かいおでんが飛ぶように売れている。しかし、賢いというなら自分の体調管理ぐらいしっかりできるだろうと思うのだが、それは言わずに胸にとめおいた。


「それじゃあ、今日は早めに看病に上がってあげたほうがいいんじゃないですか? ボク一人で大丈夫ですから」


 まあ、そうして頂けるとこちらは好都合だ。なんと言っても今夜は史上最大の特殊任務(ミッション)がボクを待ち受けている。さっきから心臓の高鳴りがとまらない。


「それがさ、いつもは高イビキの女房が、こういう時は張り切って看病するんだよね。まあ、結局息子が可愛いんだな。いい事だ」


 え、それってつまり。


「だから、今日は家に戻らなくてもいいから。安心して」


 ええええ!!!! マジですか――?!! なにやってくれちゃってんだよ、息子!!こんな大事な時に!! もとからバカなんだから風邪なんてひくなよ!! 突然の非常事態にプチパニックに陥りそうになる。


 待て! 待て! 落ち着け! 狼狽えるな! このまま強行突破しよう。どうせ後1回のバイトだ。クビだと言われたところで困らない。まあ、できれば穏便に終わりたかったけどこの際仕方がない。背に腹はかえられないのだ。今夜は絶対告白する! 何があってもするんだ!


「どうしたの三浦くん? 今夜はやけに力が入ってない? 拳なんて握ったりして」


 するどい観察眼だ。う――ん、やっぱり店長が邪魔な気がする。大丈夫だろうか……。


「もうすぐここのバイトも終わりなんで。なんか、気合いはいっちゃって」


 とりあえず、適当にごまかす。


「やっぱり三浦くんはマジメだね――」


 感心されても嬉しくない。それよりもボクをそっとしておいてほしい。


 とにかくもうすぐ恵実さんがやってくる時間だ。まずは気持ちを落ち着かせる為にも、通常任務をこなしておくことにする。バックヤードに入り、ミニ冷蔵庫からプラスチックの容器を取り出す。何度も言うが爆弾ではない。“プリン”だ。カウンターに戻って素早く客数を確認する。ゼロだ。今夜はツイているのかも知れない。ボクは、スイーツのコーナーに足早に近づいてそっとプリンを棚に戻した。


「あれ、食べないの?」


 突然の背後からの声に、悲鳴をあげそうになる。びっくりして振り返ると店長が真後ろに立っていた。……つ、着いて来てたんですか?


「な、なんですか!!」


「いや、休憩で食べる用にとってるんでしょ? いつも。……違うの?」


 マジ、面倒くさいぞ。どうしよう。時間もないのに。


「あ、すいません。今日はプリンの気分じゃなくなったんで戻します」


「ふ――ん」


 もう、気にしないでくれ。 レジの締めでも始めてくれ。 願いに反して、店長が驚きの行動に出た。棚に置いたプリンを手にとったのだ。


「それじゃ、僕がもらおう。たまには……」


 な、な!「ダメぇぇぇぇぇ!!!!」 なにしてくれるんだ。バカぁ!! 慌ててプリンを取り上げた。店長の目がキョトンとする。


「ど、どうしたの? 三浦くん? なんだか今日変だよ」


 わ、わかってます。変です。だからそっとしておいてください。


「え? 三浦くん、やっぱり食べるの?」


「食べません!」


「じゃあ、譲ってよ」


「譲れません!!」


 なぜか、プリンを挟んで深夜に対峙しあう二人。ああ、いいかげんにしてよ。


「なんでそんなイジワルするの?」


「イジワルなのは店長の方です!!」


「え? どうして?! 僕はプリンを食べたいだけでしょう?!!」


「医者に糖尿の気があるって言われたばかりでしょう!!!!」


「な! ヒドイ!!」


 仰天の眼差しで店長がボクを見つめてくる。それでもコレだけは譲れないんです。どうか諦めてください。お願いします。


「三浦くん。どうしてそんなイジワルな事を口にするんだい? いつも優しい三浦くんが、今夜はおかしいよ!! うぅ、気にしてるのに!! ああああ!!!!」


 泣きながら店長がカウンターの奥へ消えていった。……あぁ、ごめんなさい。後でおもいっきり謝りますから。ただ、今はそれどころじゃないんです。慌てて振り返って時計を確認した。……え? 


「5分も過ぎてる……」


 あれだけ時間に正確だった恵実さんが、今日に限って遅刻? どうしたんだろう。






 3日も前から鏡の前で練習した。恵実さんが好きですって何度も何度も繰り返した。笑顔の練習だって生まれて初めてした。八重歯がやっぱり気になったけど、これもボクだと受け止めて頑張った。どんなシチュエーションになっても困らないように、いろんなパターンを考えた。根がマジメだから、いろいろ予習しておかないと落ち着かなかったんだ。


 松田もそういうボクを知っててからかってきたのか、<恋の予習にあたって>なんてバカにした件名のメールを寄越してきた。もちろん頭にキタけど、開いてみたら以外に役立つ情報だったので、読み終わる頃には逆に感謝していた。


 今朝も「健闘を祈る!」って短いメールが届いた。バイトに入る前も「朗報をまつ!」って貰った。短い言葉のなかで精一杯の応援を感じるメールだった。ボクは、それにとっても勇気づけられたんだ。ちゃんと伝えられる。ボクはボク自身を信じることができた。……なのに。


 ……なんて報告したらいいんだろう。


 時計の長針は6の数字をとっくに過ぎていた。このままでは短針が2に差し掛かってしまうだろう。……なのに彼女は姿を見せない。


 ……ふられてしまいました。


 松田宛ての返信には、そんな言葉を綴らないといけないらしい。振られた理由はわからない。いろいろ在りすぎてどれなのか、検討もつかない。それでも来ない事が答えなんだと思う。それがすべてだ。反省しても取り戻せない。たぶん、恵実さんは来週もこないだろうから。もう、この先彼女に会うことはなくなった。


 ……こういう幕切れは予習して来なかったな。


 自分の浅はかさがとても身に染みた。






 朝の6時をまわって空が薄っすらと明るくなりだした。日の出が随分早くなってきている。こういう事でも春を感じるのだろう。もちろんそんなふうに季節を感じていても、気持ちは整理できていない。それでも時給をもらって働いている身だ。やるべき事はやらなければならない。たとえ今すぐ帰りたくても交替なんていないのだ。今は頭を空っぽにしてでも頑張らないと。根がマジメなボクだから。


 金曜のシフトでお迎えする、もう一組の常連さんがやってきた。


「おはよー!! ミウラ!!」


 4月から小学3年生になる翔太だ。いつもこの時間にお父さんと犬の散歩をしている。ここのコンビニは寄り道ポイントらしい。なぜがボクを呼び捨てにして、その度に父親に怒られるのだが、直らないまま終わってしまいそうだ。


「あれ? お父さんは?」


「それがさ。父ちゃん、風邪ひいちゃってさ。熱出して寝込んでるんだ」


「へぇ――。それは大変だ。大丈夫なの?」


「平気、平気。だって代わりに新聞買ってこいって言うんだもん。やんなっちゃうよ」


 翔太が大人びた顔で困ってみせた。それでもまだまだ少年である。


 翔太が新聞受けの中からスポーツ紙を抜いてカウンターに置いた。いつもコンビニで寄り道するのは父親がこれを買うからだった。話を聞いていると土曜の新聞を参考に、翌日の競馬の重賞レースを買っているそうだ。今週はスプリングステークスだったかな。って熱を出しても馬券は買うんだね。すごいな。


「ミウラはさぁ。来週はもういないの?」


 翔太が上目づかいに聞いてくる。そういえば、この親子にも今月いっぱいだって話をしたっけ。 う――ん。正直もう来週はキャンセルしてしまおうかと考えている。来ても意味がないからだ。


「どうして?」


「父ちゃんがさ。ミウラの予想が聞けなくなるのが残念だって言ってたから……」


 ボクの適当な馬券予想も参考にしていてくれたのだろうか。なら、申し訳ない。もっとマジメに調べておけばよかった。


「そうか。残念って言われると嬉しくなるね」


「最後なの?」


 寂しそうに聞かれると困ってしまう。


「あ、うん」 マズイ泣き出しそうだ。「……次! 次が最後だよ」その顔に負けてしまう。


「ホント?! よかった! 父ちゃんもバイバイできるんだね」


「そうだね。できるよ」


 嬉しそうにはしゃいでくれる。その笑顔がとても可愛い。


「130円だよ」


「ちょっと待って!」


 突然翔太が走り出した。スイーツコーナーで急ブレーキをかける。


「やった! ラスイチだ!!」


 走って戻ってきて、カウンターにプリンを置く。ボクが取り置いていたあのプリンだ。


「父ちゃんにお駄賃もらったの。だからこれも買う」


「翔太はこのプリン、好きなの?」


「うん!! だってプリンの王様だもん。大好きなんだ」


 本当に嬉しそうだった。店長の魔の手から必死で守ったこのプリン。愛しいお姫さまのもとへは行けなかったけど、こうして可愛い王子に食べてもらえるなら守った甲斐があったのかもしれない。


「じゃあ、267円だよ」


 300円預かって33円のお釣りを渡す。プリンと新聞を袋に入れながらふと思い出した。


「翔太。このプリンね。バケツサイズがあるんだよ」


「ええええ!!!! ウソだ!!」


 恵実さん同様、翔太が目を剥いておどろく。


「うそじゃないよ。ホントだよ」


「ウソだよ!! そんなの見たことないもん!!」


 なぜだか翔太が怒り出した。自分の好きな物の知らない一面を教えられて、悔しいのかも知れない。


「じゃあ。次、見せてあげるよ」


「ホントぉ~~?!!」


 いまひとつ信用されてないようだ。でも興味はあるらしい。実は先走ってネットで購入したバケツプリンが、今週届くことになっている。もちろん当初の予定は恵実さんを喜ばせたくて買ったものだったけど、それはもう適わない。ボクのバケツプリンは行き先が迷子になってしまったのだ。翔太がもらってくれるなら、この気持ちの後腐れがなくなると思う。


「ホントだよ。楽しみにしておきなよ」


「う――ん。わかった! ミウラがウソつきかどうか楽しみにしてる」


「おいおい。どうせなら、プリンを楽しみにしててよ」


「信じてないも――ん」


「ヒドイな……」


「エヘヘヘ」


 イタズラな笑顔を浮かべながら、レジ袋を受け取る。


「ありがとう。それじゃあ、ボク帰るね。」


「気をつけるんだよ」


 お客が誰も居ないので、翔太を外まで送る。柱に繋いだ犬のリードをほどいて翔太が手を振った。


「バイバイ ミウラ!! またねぇ!!」


「バイバイ」 手を振り返す。……またね。


 朝の新鮮な空気を吸い込みながらひと伸びした。もう少しで帰れる。もう少しだ。頑張れ。


 踵を返して店内に戻る。……ギョ!! どこかへ消えていた店長が戻ってきていた。こちらを上目使いにして立っている。


「ど、どこに行ってたんですか? 心配してたんですよ」


 それには答えずに、店長が詰め寄ってきた。


「三浦くん。最近よく笑うようになったよね」


 え?  腕を組んでうんうんと頷く店長。


「ここに来たばっかりの頃は、ホント無愛想な子でどうしようかと心配してたんだけど、よかったよ……素直に笑えるようになって。あ、これ、言う必要のない事だけど糖尿のお返しだから」


 根にもってんだ……。


「すみませんでした」


「ハハハハハ。うそうそ。冗談。それに、あの子の方がプリンも喜ぶ」


 笑いながら頭を掻く。そしてふいにボクの名を呼んだ。


「三浦くん」


「はい」


 店長が見せる数少ないマジメ顔にボクは少し戸惑った。


「キミの笑顔はさ、自分を救う1番の宝物になるはずだよ。だから、教えてもらったみんなに感謝してちゃんと大切にしなさい。そして今度はキミがそれをわけてあげなさい」


 こんなふうに諭されたのは初めてな気がする。こんなマジメな事、普段は絶対言わない人だ。ボクはよっぽど心配かけていたんだと気付く。途端に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 でも、そんな店長に言われて初めて気がついた。ボクはちゃんと笑えるようになってたんだ。すごいな。自分では信じられないよ。


 これまでにたくさんの人に笑顔を分けてもらってきたんだと思う。ボクが感謝しなければいけない人はたくさんいるのだろう。そう思ったら、忘れていた恵実さんの笑顔が頭に蘇ってきた。ああ、それでもやっぱり笑顔を素敵だと思えるようになったのは、恵実さんのおかげなんだな。強くそう思う。ボクは恵実さんの笑顔が一番好きだったんだ。あの笑顔に会えるなら、なんだってしたくなるほど大好きだったんだ。


「み、三浦くん?」


 あ、いけない。目の前が滲んできた。ダメだろ。バイト中だぞ。


「え、どうしたの? えええ!! ご、ごめんよ。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」


 慌てふためく店長。すみません。店長のせいじゃないんです。でも涙がとまらない。


「わ――――!! 泣かないで。 ごめんね。ごめんね」


 やっぱり、謝りクセがついている店長。少し笑ってしまう。泣いて笑ったから変な顔になったんだろう。「なんだよ!」って店長も一緒に笑ってくれた。とにかく鼻を思い切りすすって涙を止めておく。


 ああそうだ、後で店長にお願いしよう。恵実さんの笑顔がこれからも続くように、金曜の深夜はあのプリンを切らさないようにしてもらおう。そしたら、きっとずっと彼女は笑っててくれるはずだから。



読んで下さってありがとうございます。


5月の金環日食で話題になった「時間旅行」を聴きたくなって

ドリカムの古いベストアルバムを奥から出して聴いていました。


そのアルバムに入っていた(前回ちょこっと出た「決戦は金曜日」もです)

曲名を今回のサブタイトルにお借りしました。


私が言うまでもありませんが、ドリカムの曲は素晴らしい。今も昔も……。



さて次回、浩輔くんのヘタレエンジンが火を噴きますよ――ぉ。

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