火曜日 ⑥最後の授業
「まず、オレが先陣を切ったる」
普段から意味のよくわからない発言が多い松田だけど、今回の突然の宣言もやっぱり意味不明なものだった。
「先陣て、何の?」
「名づけて《朝日奈攻略作戦!》や」
作戦名もヒドイけど、内容はもっと悲惨そうだ。
「な、何をするつもりなの? それ、大丈夫なの?」
「大丈夫や!! 任しとき!!」
昨日の昼食の席で椅子に踏ん反り返る松田の姿に、どうしても不安しか見出せずにいた。とにかく今日はセミナーの最終日だ。恵実さんの講師姿もこれで見納めになる。残されたボクのチャンスもあと僅かという事で、1日だって無駄にはできない。藁にもすがる思いで松田に期待してしまう自分が情けないと思うが、それでもボクは、恵実さんの事をもっと知りたいし、仲良くなりたい。そしてできる事なら彼氏の座を射止めたいのだ。
ボクも自分のできる事はなんでも頑張りたいと思っている。この事だけは、松田のように積極的でありたい。ま、まぁ 限界はあるんだけど……。
「浩輔。昼休憩に入ったら、すぐ朝日奈先生を追いかけるからな」
「え? すぐ?」
「用意しとけよ」
「う、うん」
何度も首を縦にふる。たぶんあと少しで休憩時間だ。緊張が増してくる。それにしても松田は何をするつもりなんだろう。ここまで来ても何一つ教えてもらえていない。不安で仕方が無いのでもう一度聞いてみることにする。
「ど、どうするつもりなの?」
「ん? ……そやな」
腕組をした松田が真剣な顔でこちらを見てくる。
「浩輔。お前、オレが言うとおりの事をやれ」
そう言って、これから行うボクの特殊任務を松田が教えてくれた。もちろん説明を受けたボクはすぐさま反論してしまったんだけど。
「ムリだよそんな事! それは規則でダメなんだって!」
「そんなんわかってる。断られに行くんねん。それでええねん。大丈夫やって」
松田のやろうとしている事の意味がまったくわからなかった。どうしたらいいんだろう。それでも松田は自信満々な笑みで親指を立ててくる。今更ジタバタしたって仕様がないという事だろうか。
う――ん……わかった。よくわかんないけどわかった事にする。ここは友達を信じるよ。ボクは松田についていく覚悟を決めた。
そして運命の瞬間がやってきた。午後の講習開始時刻と午前の授業の終了を告げて、朝日奈先生が部屋から退室する。ボクらも急いで部屋を後にし、先生の後をつけた。事務室のある1階まで階段を降りきった時、松田がボクに合図をかけてきた。
「朝日奈先生!!」
先生の背中に声をかけた。呼ばれた先生が後ろを振り返ってくれる。ボクを見て少し驚いた表情を見せた。
「は、はい。なんでしょう」
「い、一緒にランチとかどうですか? 最後なんで」
驚きの表情がさらにレベルを増し、驚愕へと変わった。それはそうだと思う。案内書にちゃんと書いてあるんだ。<講師につきましては受講生との個別の食事等をすべてお断りしています>って。それを知ってて敢えてやってくるバカが増えたのだから。
「そ、それは。 あ、あの、申し訳ありませんけど、その、規則で……」
わかってます。例外なんてありえないですよね。……なんでこんな事松田はボクにさせるんだ。思ったとおり断られたじゃないか。嫌われたらどうするんだよ。しかも自分が先陣を切るとか言ってたくせに、これって無駄死にじゃないか。みごとに当たって砕けちゃったよ。
「やっぱりアカンかったか」
先生の言葉が最後まで終わらないうちに、松田が後ろからやってきた。ボクと肩を組んで残念そうに言う。……だから最初からムリだって言っただろ。
「コイツやったら、OKしてくれるか思うてオレが頼みましてん。ケーキバイキングはムリでもランチぐらいなら先生とご一緒できるかなって思いまして」
突然の展開に頭がついていけない。……それは朝日奈先生も同様らしい。
「ほなしゃーない。 ホントは飯食べながらとか思うてたけど、ここで言いますわ。オレ、朝日奈先生に惚れてます。お付き合いしてください!」
ええええ!!!! ど、どういう事?!! なんで松田が告ってんだよ!! い、意味がわからない。え? ここに来て抜け駆け? そ、それはナイでしょーーォ!!
紳士的に頭を下げる松田に対し、朝日奈先生も顔が一瞬でマジメになった。
「申し訳ありませんが、受講生とそのような個別な関係を持つ事は禁じられております。お気持ちは大変嬉しいのですが、お受けする事はできません。」
朝日奈先生が深々と頭を下げた。大人の謝罪を見た気がした。
「そうですか。やっぱりそうですよね。わかりました。ほんまご迷惑おかけしてすんません。あ、迷惑ついでに一つだけお願いきいてもらえませんか。」
思ったほど落ち込んだ様子のない松田が、軽い口調で手を合わせた。
「オレの友達でメッチャ良いヤツがおるんです。自分の気持ちを抑えてまでオレに頑張れって、告白するのを手伝ってくれたんですけど、残念ながらオレは見事に振られてしまいました」
そう言いながら、チラッとボクを見る松田。もしかして。
「だから、今度はソイツに頑張ってもらおうと思うてます。もちろん、日を改めて。そやからその時は講師と生徒やなくて、一人の男として答えをだしてやってください。お願いします」
もう一度頭を下げる松田。……あぁ、ボクはホントに何にもわかってなかったんだ。
「……わかりました。ちゃんと一人の男性として答えを出します。……でも、松田さんもいいお友達だと思いますよ。その人にとってきっと」
……あぁ。しかも、朝日奈先生もちゃんとわかってる。そうか、この中でボクだけがわかってないんだ。すごく悔しい。
「そうやったらええんですけど、あんま好かれてへんみたいです。オレ、ベシャリなもんで……ハハハハ」
松田が照れたように頭を掻いて笑う。…………そんな事ないよ。意気地のないボクは、キミに助けられてばかりだ。感謝することはあっても、嫌う理由なんて何もない。
「それじゃあ。私はこれで失礼します」
朝日奈先生が軽く頭を下げて事務室に向かう。
「よし、浩輔。決戦は金曜日や! なんや古い歌でそんなんあったな」
ボクの背中をバシバシと叩いて松田がご満悦そうに笑う。……ホントに金曜日でいいんだろうか?
「ん? どうしたん浩輔? 」
このまま、松田のお膳立てで告白して、ボクは何とも思わないんだろうか? 美味しいところだけ頂いて、そんな事許されるんだろうか?
「昼メシいこうや。お腹すいたわ」
返事もせずにボクは駆け出していた。今ならまだ間に合う。自分のために、悔いを残さないために、走っちゃいけない廊下を全速力で駆け抜けた。ボクの名を呼ぶ松田の声が聞こえる。ゴメン。あんなにしてくれたのに、ゴメン。全部台無しになるけど、ホントにゴメン。それでも自分で頑張りたいんだ。ボクは良くも悪くも根がマジメなんだ。
「先生ぇーー!!」
事務室に入る手前で恵実さんを捕まえられた。やっぱり驚いた顔を見せてくれる。でもこの後もっと驚く事になるんです。
「ボクは! はぁ、 ボクは!」
困った。なかなか息が整わない。
「浩輔!! アカンって!!」
マズイ。追いかけてきた松田が止めに入ってくる。あぁ、邪魔しないで!
「ボクは!!」
「浩輔!!」
「三浦さん?」
それ!! 言ってしまうんだ!!
「プリンビールさんが好きなんです!!」
一瞬にして沈黙が降りてくる。……し、しまった。名前を言い間違えた。
「誰やねん。それ?」
やっぱり関西人だ。松田にはツッコミ精神が宿っている。
一瞬にして真っ白になってしまったボクは、それにも反応できずにどうしていいのかわからないまま突っ立ってしまった。
「うふふふ。……ははははは。 ご、ごめんなさい」
なぜだが口を押さえて笑いを堪える恵実さん。
「そんな風に呼ばれていたんですね。ふふふ。おもしろい」
……ああ。穴があったら入りたいというのはこういう気持ちなんだな。って他人事みたいに考えてしまった。これって現実逃避だろうか。
「……わかりました。コンビニのプリンビールさんに伝えておきます」
そう言って、一礼した朝日奈先生が今度こそ事務室に戻っていく。もちろんボクはそれを黙って見送る事しかできなかった。
「なるほど、それでプリンビールさんかい。上手い事いうな」
その部分のあらましは前回省いていたので、改めて松田に説明をした。上手いなんてそういう問題じゃない。陰でそう呼んでいた事が恵実さんにバレてしまった。怒っているかもしれない。いや、怒るだろう。
「そやけど、ホンマふざけてんのかと思うたで」
もっともな意見だよ。自分でもそう思うのだから。
「ま、それでもよかったんちゃう。いい間違えて」
「どういう事? いい気味だと思ってるの?」
「ちゃうちゃう。あれでマジメに告白しててみいな。自分の気持ちに関係なく先生は断るしかあらへんねんで。講師と受講生やもん」
そうか。……そうだよね。熱くなって見えなくなってた。
肝心なところで詰めが甘い。小さい頃から言われ続けてきたボクの欠点だけど、今回はそれがいい意味の裏目に出てボクを救ってくれたらしい。生きているとこんな事もあるんだと感心してしまう。
「そやけど、あの時もう種まきは終わっててんで。そやのに、ドカドカ畑に入っていくからホンマにびっくりしたで。芽が出る前に蒔いた種、踏み潰したらどないしようかと思ったんやから……ホンマ勘弁してや」
すみません。ごめんなさい。申し訳ありませんでした。建物の外に出て昼食の場を捜しながら、ボクは松田に反省を促された。
「とりあえず、もう焦りなや。後はほら、<果報は寝て待て> や」
……はい。それでも無駄に恵実さんを怒らせてしまった。ああ。
「ああああ!! もう落ち込みな!! あんな失敗関係あらへん。可愛いらしいもんや。気にすんな!」
……そうは言っても、自分がほとほと情けないんだ。ああ。
「もーーぉ!! 暗すぎやねん!! ったく、ホンマ世話が焼けるやっちゃ。しゃーない。ええこと1個教えたる!」
「ええこと……なんてみつかんないよ」
「まぁ、聞けって。 思うててんけどな。オレが朝日奈先生を誘った時は、ケーキの時も告った時も即答できっぱり断られたんや」
「それは講師だから……」
「そや、講師やから答えが1つしかない。だから迷いがあらへんかった。でもお前がランチに誘った時は違う。あの人、かなり躊躇ってはった。答えは1つしかないのにや」
「それは、たぶん失礼のないように考えてくれてたというか……」
「それってつまり、お前には嫌われたないって思うてくれたからちゃうの? その違いは大きいやろ」
「そうかな……? そうは思えないけど」
「ああ!! 後ろ向き過ぎやねん!! 自信を持てよ!! マジ、暗いのは性に合わんねん。なんのためにオレが協力したってん!」
「……」
そういえば、どうしてここまでしてくれるんだ? 友達って言ってもまだ日が浅いのに。
「お前に笑ろてて欲しいからやろ!!」
え? どういうこと?
「普段のお前、無愛想やねん。ホンマもったいない。……初日にお前、オレに笑ろうてくれたやろ。あんないい笑顔もってんのになんで普段から笑わへんねん。」
とても残念そうに松田がこちらを見てくる。 あ、あれ、見られてたんだ。
「知ってるか? 笑顔はな、伝染すんねんで。あの笑顔で毎日暮らしてみいな。絶対幸せがやってくるって。お前が幸せになったら周りも幸せになる。そやからお前の幸せオレにも分けろ!! 寄ってくる女もオレに分けろ!!」
は? ……あ、なんだ。そういう事か。すごく松田らしくて笑っちゃう。
「そやそや! そうやって笑っとけ。そしてオレにも幸せ運んできてくれ。頼む!」
両手を合わせてまたもや拝まれてしまった。まさか、自分のためとは思わなかったな。反省して損した気分だよ。そう思ったらさらにおかしくなって、お互い顔を見合して笑い転げた。しかも、笑ったらお腹が急にすいてきたんだ。
「ほな、とりあえず昼飯は浩輔のオゴリであそこな」
「いいよ」 ここはド――ンと奢ってやるよ。
ところが松田が指差す店をみて仰天した。カウンター座りの高級寿司店だ。
「ええええ!!!! マジで?! ま、まわってる寿司にしてよ」
「ほな、自分の分だけ手で回せや」
のれんを潜ろうとする松田を慌てて止める。だ、ダメダメ!! ここはダメ!!
「なんやねん!! オレ、めっちゃ働いたやん!!」
わかってる!! だけどここはダメ!! 対価的におかしいじゃん!!
「お願い!! 違うところにして!!」
両手を合わせて拝み倒す。
「もう。……しゃーないな。向かいの牛丼屋にしたるわ」
ありがとうございます。恩に着ます。
「そのかわり。先生と上手くいっても、次の合コンは強制参加やからな」
「ええええ!!!!」
「当たり前やん。オレの幸せも運んでくれな困るで」
なんだか上手く嵌められた気がしてならないのはなぜなんだろう。おかしい。
それにしてもこの5日間。ホントにいろんな事を学んだ気がする。もちろんセミナーもそうだけど、それ以外でもだ。
「浩輔、早よせぇー! 腹ペコや」
先を行く松田がボクを呼ぶ。たぶんこの先、彼とは長い付き合いになるんだろう。そんな気がする。
そして金曜日、ボクは恵実さんにちゃんと告白するつもりだ。もちろん上手くいくかなんてわからない。でも松田のように長い付き合いになれればいいのにと今、心から願っている。
お読み下さってありがとうございます。
さて、ヘタレ浩輔くんは上手に告白できるのか?果たして任務完遂となるのか?
いよいよ次回、決戦の金曜日です。




