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月曜日 ⑤急いては事を仕損じる

 

 ボクは猛烈に怒っている。


 それは頭で茶を沸かせて煮えたぎらせる程ひどい怒りだ。土日もこの怒りに振り回され、休日気分などまったくないまま月曜の朝を迎えたのだ。もちろん怒りの対象は松田博紀だ。金曜日、松田に感謝して親友などとのたまった自分を心の底から罵倒してやりたい。親友どころか友達すらない! ホントにどうしてくれようか!!


 金曜の夜の事を思い出すとため息しか出てこない。あんな事になるなんて……。






 恵実さんはいつものように、きっかり深夜1時にコンビニにやってきた。装いは今夜も朝日奈講師ではなく、プリンビールさん仕様だ。もちろんいつもの任務はバッチリ済ませてある。


「いらっしゃいませ」


 普段なら、このあと目があって軽い笑顔を向けてくれるのだが、今夜はなぜかすぐに目線を逸らされた。小心者のボクはそういった小さな変化にも敏感に反応してしまう。


 ……もしかして。迷惑なのかもしれない。


 すると、後ろ向きな考えというのは恐ろしいもので、途端に悪い事ばかりが頭の中を支配していった。たぶん、朝日奈講師はいきつけのコンビニに受講生がいる事を疎ましく思っている。<すっぴんを見られた上に、今更化粧をするのもおかしな状況だ。気を抜いたラフな姿を他の生徒に言いふらすんじゃないか>……なんて事を、彼女はきっと考えているはず。


 ああ、ボクは決して言いふらしたりなんかしないのに。というか、すっぴんだってとても綺麗だ。いやすっぴんの方が断然いい。しかもボクはそっと見守っているだけなのです! だから、だから……どうか嫌いにならないで。


 1時になる前まで、勢い余って告白までしてしまおうか……なんて妄想していたボクはとっくに影を潜めていた。普段ならスイーツコーナーをしっかり観察するのに、そちらに目を向ける事すらできない。今はただひたすら息を殺し、存在を消すように俯いていた。


「お願いします」


 定められた2品がカウンターに置かれた。たぶん、目の前には不機嫌顔の朝日奈講師がソッポをむいて立っているはず。


「あ、ありがとうございます」


 勇気を出して顔をあげる。すると予想に反して彼女はこちらを真っ直ぐに見ていた。しかも入って来た時とは別の顔で……。め、メガネ? いつのまに。


「わ、私がわかりますか?」


 突然の質問にびっくりする。 こ、答えていいんだろうか。 


「あ……朝日奈先生」


 すると驚く事に、今夜初めて彼女の笑顔を見る事ができたのだ。


「わぁ――やっぱりそうだったんですね。セミナーでコンビニの場所を聞かれた時に、そうかなって思ったんですけど……自信がなくて。視力が弱いので、メガネがないとよく見えないんです」


 するとメガネをかけた朝日奈講師……いやプリンビールさん? というか恵実さんが繁々とボクの顔を見てくる。


「近くでみると、三浦さんってホントにイケメンなんですね」


 い、イケメン? ボクが? えええええ!!!! マジですか?!!!! ボクのモチベーションが直通エレベーターで地下から屋上へ運ばれてしまった。急激な上昇変化にめまいをおこしそうになる。


「でも、新卒セミナーに参加してるって事は、もうココを辞めちゃうんですよね。もうすぐ深夜に会えなくなっちゃうんですね。……残念だな」


 思わず就職を辞退したくなった。いや、それはダメだけど。でも、ボクもずっと恵実さんに会いたいです! 


 人って単純な生き物なんだってつくづく思う。先程まで鳴りを潜めていたボクはどこ吹く風で、もう頭の中が大ハシャギのカーニバル状態なのだ。……お、落ち着けって。


「あ、そうだ。これ、もらってもらえますか」


 そう言って、恵実さんが持っていた小さめの紙袋を差し出してきた。受け取って中を覗くとリボンでラッピングされたカップケーキらしきものが入っていた。


「あ、あの……これ?」


「先週はホントにありがとうございました。助けてもらったお礼に……。あの、美味しいって評判のチーズケーキです。お好きなんですよね?」


 え、ボクの好物を、ど、どうして? ……そんな疑問が伝わったのか、イタズラな笑顔が小さな舌をだして弁解してくれる。


「ごめんなさい。ホントはいけないけど、個人情報を悪用しちゃいました。」


 その台詞でピンときてしまった。セミナーの初日に書いた“自己アピールシート”だ。そうだ、好きな食べ物にチーズケーキって書いたんだった。


「あ、ありがとうございます。嬉しいです!!」


 チーズケーキももちろんだが、ボクの個人情報に興味を持ってくれた事が死ぬほど嬉しかった。


「も、もちろん他の事に使ったりしませんから! こ、今回だけ……です」


 そう言って、真っ赤になって俯いてしまった。……と、とても可愛い。この人が朝日奈講師と同一人物という事が未だに信じられない。仕事とは言え、すごい才能だ。


「あ、お仕事中なのにごめんなさい。……えっと354円ですよね」


「あ、はい」


 がま口の小さな小銭入れから、やっぱり丁度の金額を出してくれる。あぁ、これをレジに通してしまったら、会話がここで終わってしまう。レジ袋を広げながら何か気の利いた話題が無いものかと必死に考えた。すると袋に入れようと手にとったプリンを見て、ふとある事を思い出した。


「あの、このプリン。大きなサイズがあるのをご存知ですか?」


「え? これよりですか?」


 たしかにコンビニに置いてあるサイズも、パッケージに“Big”とかかれている。通常のサイズより大きめの1個売りなのだ。


「はい。バケツサイズなんです」


「ええええ!!!! すごい!!!! それホントですか?!!」


 松田以上の驚きだった。ちょっと嬉しくなる。


「ホントです。ただ、自分で作らないといけないんですけど。でも1キロのプリンですからサイズ感はハンパないと思いますよ」


「い、1キロ? ひとりじゃ食べきれないサイズですね」


 そう、一人じゃムリなんです。……よし! ココはアピールポイントではないだろうか! い、いけるかもしれない!


「そ、そうですね。例えば、好きな人と一緒に食べれたら…………いいですよね」


 目と目が合ってしまう。 あ、ど、どうしよう。自分で言っておいて恥ずかしくなってきた。


「三浦さんは、一緒に食べたい人がいるんですか?」


 わぁ――――!!!! そ、そんな事を聞いてきますか!! い、言っちゃっていいんですか? ボクは、ボクは


「あ、わかった。今夜捕まえちゃったんですね」


 え? 捕まえた? 何を?


「合コン。……素敵な人がいたんでしょ?」


 は? え? ええええ!!!! なななななんで知ってるんですか!!!!


「ど、ど、ど、どうして それを」


「嬉しそうに話してくださいました。……松田さんが」


 マ――――ツ――――ダ――――!!!! ゆるさん!! なんて事を!!


「可愛い子がいっぱい来るんだって、子供みたいにはしゃいでましたよ」


「か、可愛い子なんて全くいませんでした!! ホントにゼロでした!!」


 慌てて言い訳すると、恵実さんがびっくりした顔をして、その後すぐにクスクスと笑い出した。 え、あ、しまったぁ!! 行った事を認めてしまったじゃないか!! ボクはなんてバカなんだ!


「松田さん、<浩輔はモテモテで困りますわ>って自慢までしてくれましたよ」


 モテモテって何自慢なんだよ!! ていうかホントに数合わせですから! ボクはそんな軽い男じゃないんです。マジメだけが取柄のお堅い男です。合コンとは一切無関係で、そう! 縁もゆかりもございません!! って、ああ! どういい訳すればいいんだぁ――――!! 頭を掻き毟りたい程のピンチだが、こういう時に何ひとつ言葉がでてこない。


「やだ、私ったらお喋りしすぎですね。プライベートな事なのにごめんなさい。……それじゃあ、月曜日に。おやすみなさい」


 丁寧にお辞儀をして、レジ袋を持った恵実さんが出て行ってしまった。ガラス戸の向こうから軽く手を振ってくれる。ホントなら死ぬほど嬉しい行為なのに……。恵実さんに誤解されたままの今は、唯唯、空しい見送りでしかなかった。



 その日のボクは事を急ぎすぎたせいで、暗くて深い墓穴というものを自ら掘ってしまったのだ。






「今日はなんでそんなに不機嫌なん?」


 キミのせいだろ!! のんきに松田が声をかけてくる。午前の講習が終了して昼休憩に入ったところだ。午前中一言も口を利かなかった事でおかしいと感じたのだろう。


「ええっと、オレのせい……なんかな?」


 恐る恐る尋ねてくる。どうやら心当たりが浮かばないらしい。親友なんて聞いて呆れる。こんなにもボクを窮地に追い込んでおいて。それが友達のやる事なのか? 酷いじゃないか!


「こ、浩輔。目が血走ってるんやけど、ど、どうしちゃったのかな?」


 松田の目には、かなりの形相で映ったのだろう。語尾が標準語になっている。ボクはオロオロしだす松田をおいて部屋から出た。 もちろん一緒にランチをとる気になんてなれないからだ。


「こ、こうすけぇ。」


 気付けば後ろから松田がついてきていた。しかも悲しげな顔である。 もう!ホントに!


「どうして朝日奈先生に合コンの事を話したの?!」


 一撃を食らわしてやったのに、なぜだか松田はキョトンとした顔だ。


「なんで話したらアカンの?」


「ダメに決まってるじゃん!!」 


 それぐらい考えたらわか…………え、あ、そうか! し、しまったぁ!! そう言えば、その理由を松田に説明できない。も、盲点だった。ど、どうしよう。


「なんでダメなんや……?」


「い、いろいろあるんだよ。ダメなものはダメなの!」


「アレ? 浩輔ちゃん。もしかして、センセイの事が好きなんか?」


 べ、べ、べつに朝日奈先生の事を好きになったわけじゃない。ボクが好きなのはあくまでプリンビールさんであって……まぁ、結局朝日奈先生なんだけど……ってわかりづらい!!


「先生が好きとかそういう事じゃなくて」


「何とも思うてへん素振りやったのに、スミにおけへんな!!」


「ち、ちがうって」


「違うんかい? ほな、なんで気にすんねんな」


「そ、それは……」……ダメだ。ウソがつけない。こんな自分が疎ましい。


 なぜだか立て続けに墓穴を掘ってばかりいる。そんな自分が嫌になってきた。それでも言い出したものはひっこめられない。建物を出る道すがら、事の顛末を掻い摘んで松田に説明した。




「マジごめん。 そんなん知らんかってん。 わぁ、やってもうたんや、オレ」


 頭を抱える松田。たしかに寝耳に水の話だ。よく考えたら彼のせいに出来ないのかもしれない。


「なんや、もっと早よに教えてくれとったらよかったのに!!」


 そんな事言われても、ボクだって二人が同一人物だって事を金曜日に知ったばかりだ。とにかくタイミングが悪かったのだ。ドコにもぶつけられないモヤモヤ感がボクを襲う。


「しゃーない。……ほな、ちょっと行って来るわ」


 急に松田が踵を返して、来た道を戻りだした。


「え? ドコにいくの? 」 


 慌てて追いかける。一体何をする気だ。


「決まってるやん。こういうフォローは早い方がええねん。時間が経ったら余計な澱まで溜まってまう」


 オリの件(くだり)はよくわからないけど、なんとなく松田の言っている事は正しい事のような気がした。それでもいきなり事務室、つまり学校で言うところの職員室に駆け込んだ時には度肝を抜かれたんだけど。


「ちょ、ちょっと。先生を呼び出してどうするのさ。何を言うの?」


「浩輔は心配するな。邪魔やから柱の陰に隠れとけ。オレに全部任せとけばええねん」


 一番信用できないセリフなんだけど。そうこうしていると、奥から朝日奈先生がこちらに向かってきた。慌てて見えないように柱の陰に身をすべらせた。


「先生すんません、休み時間に」


 軽快な口調で松田が話しはじめる。ど、どうするんだろう。心臓が早鐘を打ちすぎて止まってしまいそうだ。


「どうしました?」


「あの、浩輔が先生に美味しいチーズケーキの店を教えてもろたって聞いたんですけど」


 ち、チーズケーキ? なぜに今? 


「ボクにも教えてもらえませんか。この前、合コンで知り合うた子が好き言うてたんで」


 朝日奈先生が困惑している。それはそうだろう。受講生にお菓子を渡したなんてバレたら大変な事になる。


「浩輔、オレには教えてくれへんのです。たぶんアイツ、オレに嫉妬してるんです」 


「嫉妬って、三浦さんがですか?」


「アイツ、意気地がないから、合コンみたいな場所で電話番号とか聞かれへんのですわ。オレだけがお持ち帰りしたんで僻んでるんです。まあ、内気な性格の浩輔やから数合わせにピッタリなんですけどね。あ、浩輔に言わんといてくださいね」


 朝日奈先生が、なんとも複雑な表情を浮かべる。そらそうだろう。ボクだって複雑だ。それでもこれで、ボクが合コン好きな軽い男でもなく、そこで彼女を作ったわけでもない事が伝わったと思う。松田、すごいよ。感謝感激だよ。


「あ、先生の好きなケーキ。ものすごく美味しかったって浩輔が言ってましたよ」


 朝日奈先生が心なしか赤くなったような気がする。


「わざわざ教えてもろて買いに行くんやから、浩輔のやつ、先生に気があるのかも知れませんね」


 ま、松田! 何言ってんだよ! やりすぎだよ!


「そ、そんな事ないですよ。三浦さんはチーズケーキが好きなだけです。それでお店を教えてあげたんです。ちょっと待ってて下さい。ショップカードがありますから」


 一旦奥へ引っ込んでいく先生。彼女もウソに合わせてくれたのだ。松田がウインクして親指を立ててくる。そのポーズがムカツクけど、礼を言わなくちゃいけないだろう。



 建物の外で待っていると口笛を吹きながら松田がやってきた。


「どや、上手くいったやろ? まぁ、これで振り出しには戻れたかな」


「あ、ありがとう」


「何言うてんねん。友達やんか」


 そう言って、松田が肩を組んできた。まぁ友達ぐらいは認めてもいいかな、と思う。


「そやけど浩輔、これからが勝負やで。昼飯食いながら作戦会議や」


 え? 「さ、作戦会議?」……ってどういう事?


「当たり前やん! 緊急処置とはいえ、今ので浩輔は、意気地無しの内気ボーイや。つまり男の価値を下げてもうてんで」


 ま、まあそうだけど。仕方が無いっていうか。もとから意気地なんてないっていうか。


「下げたんもんは上げとかなアカン!」 ……そ、そういうものなの?


「……ど、どうやって?」


「それは、わからん」 ええええ!! そんな……。


「ま、心配すんな。任せとき!」


 先に行く松田の口笛が高らかに鳴り響く。……その自信は一体どこから湧いてくるんだろう。それでもなぜかその背中が頼もしく感じる。行動力と判断能力が断然に優れている松田。女の子はこういう男に惚れるんだろうな。気がつけば松田に小さな嫉妬を感じていた。それでも今のボクは、その後ろをトボトボとついて行くしかなかった。



読んで下さってありがとうございます。

作中では、プリンとビールの食べ合わせはどうなんだ? 的な見方で話を進めています。

ところが最近、期間限定で“男のプッチンプリン”というのが発売されてまして(発売40周年記念だそうです)これがなんと甘くない! 驚きの“おつまみ冷奴風!”になっております。(>Д<)マジでえええ!!

……もはやプリンとビールは合う!食べ物なのかもしれません。

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