木曜日 ③コンビ二はどこですか?
「昨日の質問の答え……浩輔はどう思う?」
「最後の? あの質問はやり過ぎだと思う」
「質問の良し悪しは聞いてへんって」
松田がマジメな顔つきで聞いてくるので少し真剣に考えることにした。
今日はセミナーの2日目。トータル5日間の日程になっていたが、すべての講習項目を現在、教壇で熱弁している朝日奈講師が勤めるようだ。そして松田はこの講師に対し、初日からデートに誘うという暴挙に出ている。もちろん軽く鼻であしらわれていたが、懲りずにトンでもない戦法を出してきた。
昨日の講習の最後に、朝日奈講師が受講生に向かって「今日はこれで終了です。皆さんから何か質問がありましたらお受けします」と質問タイムを設けたのだ。もちろん受講生の大半は、今日学習した中で理解できなかった箇所を質問するチャンスと受け取ったのだが、松田は違った。すばやく手を挙げて指された松田は、一番後ろの席で起立し、バカでかい声で質問を放った。
「朝日奈先生は、今現在、彼氏がいらっしゃいますか?」
教室にいた全員が“はあ?”と思っただろう。少なくともボクは思った。
「すごく気になるので教えてください」
ずうずうしい催促である。となりに座っている事がとても恥ずかしい。しかし、当人の朝日奈講師はこういった質問に慣れているのか、余裕を持って大人な笑みを浮かべた。そして座席表を確認する。
「松田博紀さん……ですね」
マイクを通して名前を呼ばれると、自分じゃないのにドキドキしてくる。
「ご質問ありがとうございます」
え、答えちゃうの? 一瞬にしてそう思ってしまうような笑顔をこちらに向けてきた。
「残念ですが、講師としてプライベートなご質問はお受けできません。」
そ、それはそうですよね。……なぜだかホッとしてしまった。
「ですが、その答え方では受け取る側は不愉快ですよね。……そうですね。こういうセミナーの講師は、華のある職業に見られがちですが、残念な事に実際はモテたことがないんです。ホントですよ。ふふふ……この先は松田さんのご想像にお任せしますね」
自分の質問ではないのに、その答えにキュンとしてしまった。ところが、礼を言って松田が着席するのを確認すると、朝日奈講師は補足のコメントを出してきた。
「人と人とのコミュニケーションで重要な鍵となるのが、こういった質問に対する受け答えです。これは3日目の講習項目となっていますので、皆さんも楽しみにしておいてください。いじわるな質問をそれぞれに用意していますからね~」
楽しそうに、受講生を次々に指さしていく。指された方はさぞ、ドキドキした事だろう。松田の質問で場の空気が不穏なモノに変ったのに、気がつけば朝日奈講師のペースに戻されていた。この人、実はすごい講師なのかもしれない。
「で、結局どっちやねん」
ブツブツ言ってるのは松田だけである。
結局、朝日奈講師は彼氏の有無については答えなかった。というより言ってはいけないのだろう。でもモテないってわざわざ言うんだから……
「彼氏はいないんじゃないかな……」
「甘いな、浩輔ちゃん。あれはおるで」
「え、そうなの?」……わかっているなら、ボクに聞くなよ。
「まぁ、なんとなくや。……男の勘ってヤツやな」
とても当てにならないじゃないか……。
「ま、センセイはあきらめるわ。他人のモノを奪うっちゅうんは疲れるしな」
そうしてもらえるとボクも助かる。これ以上松田の行動にドキドキするのは体に悪い。前に立つ朝日奈講師を改めて眺めてみるが、ボクには彼氏の有無を読む事などやっぱりできなかった。まぁ、正直どっちでもいいし……。すると朝日奈講師が、午後の講習開始時刻を告げてきた。午前の講習は終了らしい。もうそんな時間なんだ、と時計を確認する。
「ところで、浩輔は今日の昼メシどうすんの?」
そう。頭痛のタネ。松田が苦笑して言う。
「さすがにスリーシーズンはオフしたいよな」
ちょっとふいてしまった。たしかに昨日の季節3人組とのランチは酷かったのだ。松田が“3人は任せとけ!”とか豪語していたのに、ボクが質問の集中砲火を受けたのだ。取調べか? と言うほどすごかった。ウソがつけないボクは、洗いざらい吐かされた気がして非常に不愉快になったのだ。しかも松田が会話をはさむタイミングをもらえないほど3人のチームワークは素晴らしく、つまり彼だけが輪の外に置いてけぼりになったのである。ああいう空気はもう二度とゴメンだ。
「そこに公園あるやん。コンビニ弁当でも買って、そこいかへん?」
「そうだね。それがいいな」
平和的なランチの提案に気をよくしていると、隣で松田がクスクス笑いだした。
「え、何? どうしたの?」
「いや、浩輔ってホンマ女がニガテやねんな……って思て」
そんな事、つくづく思わなくてもいいじゃないか。ほっといてくれよ。
「静かにお昼を過ごしたいだけだよ!」……少しだけ強がっておく。
「ところで。コンビニって、ドコあったっけ?」
「え? いや、ボクも知らない…… あ、先生に聞いてくるよ」
ここに勤めているんだから、この辺のことはよく知っているだろう。そう思って教壇に駆け寄り、朝日奈講師に声をかけた。
「朝日奈先生、すみません」
教材を片していた彼女が顔を上げた。驚いたような顔をされたが、すぐに笑顔を向けてくれる。たぶん、松田の隣に座っている生徒だから警戒されたのかもしれない。変な質問でもされると思っているのだろうか……心外だな。
「何でしょう?」
「コンビニって、どこにありますか?」
「……」
知らないのだろうか? 固まってしまっている。 え? どうしたらいいんだろう。
「あ、あの。先生?」
「あ! あ、ゴメンなさい。コンビニ? コンビニですね。あ、この建物の裏の通りに1件あります。た、たしか、○ーソンだったかな?」
やけにしどろもどろだ。……変な質問だったかな? 普通だけど。
「そうですか、ありがとうございました」
礼を言って戻ろうと踵を返した。……その瞬間
「三浦さん!」
名前を呼ばれて振り向き直した。朝日奈講師に呼ばれたのだ。
「はい」
「……」
え? なに? 呼んだでしょ、今。 ジ――っとボクの顔を見たまま何も言わない相手に、どうしていいかわからなくなる。
「あ、あの。何ですか……」
瞬間、我に返ったように朝日奈講師がビクッと体を揺らした。
「あ、ご、ゴメンなさい。何でもないの。呼び止めてゴメンなさい」
慌てて何度も謝ってくる。……どうしたんだろ、この先生。急に別人みたいにオロオロしだした。そんな調子のままバタバタと教材を集め、そのまま胸に抱えて部屋を出て行く。 ボクは、後ろ姿を見送りながら首を傾げるしかなかった。
「なんや? なんや? 浩輔ちゃん。センセイと何かあったんか?」
嬉しそうに松田が肩を組んでくる。さりげなく外しながら、面倒なので適当にあしらう。
「別に。松田の友達だから警戒されたみたい」
「なんや! 心外やな!」……キミが言うな。
見ると松田の後ろに知らない女子が二人立っていた。
「あ、別の会社の子でな。白石さんと藤枝さん」
二人ともペコリとお辞儀をしてきた。 同じように返す。……なんだろう。嫌な予感がする。
「で、コイツが三浦浩輔くん。彼女はいません。募集中です」
な、募集なんてしてないよ! 松田の肩を思い切り叩く。
「いたいやん。照れるなや。」
違うだろ! 見ると女子二人も笑っている。……最悪だ。
「二人もコンビニ行くんやて。一緒に行こうや」
……そう来たか。ボクのいない間にナンパしてたな! 何してんだよ!
松田といる限り、平和的昼休みは望めない事が嫌というほどわかった。観念して後ろをトボトボついて行く。すると、遠くから季節3人組が非難の目を向けてくるのが見えた。クレームは是非とも松田に言って欲しいと願う。
朝日奈講師の言っていた場所にコンビニはあった。中に入って各々好きな物を物色する。ボクもサンドイッチを手にしたあと飲み物を選びに移動したのだが、途中のスイーツコーナーで自然に足が止まってしまった。プリンビールさんの好きなあのプリンが置いてあったからだ。思わず手にとって繁々と見つめてしまう。すると、それをきっかけにプリンビールさんとの大切な思い出が走馬灯のように蘇ってきた。
……さっき先生に尋ねたあのセリフ。あれがプリンビールさんと初めて交わした言葉だっけ。
その日、ボクはスイーツコーナーで5分以上立ち尽くしている女性を気にしながら在庫のチェックをしていた。最近万引きが増えたので、変な客には注意するようにしていたのだ。そのうち女性が棚の前でウロウロしだした。……何をしているんだろう? そう思うのは自然の成り行きだった。声をかけようかと思った瞬間、急にツカツカとボクの側までやってきて、意を決したように彼女があのセリフを口にした。
「コンビニって、どこにありますか?」
今ならその質問の意図がわかる。その日、プリンビールさんのお気に入りプリンがたまたま売り切れていたのだ。彼女はあのプリン以外食べない。他所のコンビニまで行って手に入れようと思ったのだろう。しかし、当時のボクはそんな事情を知らない。コンビニの店内で“コンビニはどこですか?”と聞く意味がわからなかったのだ。
「はぁ……? え? コンビニ? ですか?」
どう答えていいのかわからない。……バカにするわけにもいかないが、ここはコンビニなのだ。
「はい。コンビニです」
どうもこちらの意図を酌んでもらえない様子だ。しかたがない。
「ここもコンビニですけど……」
「え? あ、あ、そうですね。そうです。あの、でも…………いえ、そうですね。ありがとう。お手間取らせてごめんなさい」
たぶん自分の希望する事が上手く説明できないと思ったのだろう。ひとり問答の末、プリンビールさんは肩を落として出口に向かった。どうしてだかわからないけど、ボクはこのまま彼女を帰してはいけないと思ったんだ。後を追いかけて声をかけた。
「あ、あの!……他のコンビニじゃないとダメなんですか?」
振り返るプリンビールさん。顔を俯けて、小さな声で答えてくれた。それがあのプリンの名前だったのだ。
「ここから10分ぐらいのところに、24時間営業のスーパーがあります。そこなら置いてるかもしれない」
そして、初めてあの瞬間がやってきた。今でもよく覚えている。ボクが簡単な地図を描いて渡してあげると、プリンビールさんが花のような笑顔を咲かせてくれたんだ。
それからボクは毎日のように深夜の時間に入った。彼女が来るのをひたすら待ったのだ。ひと月ぐらい経った頃、ようやく彼女が金曜の深夜1時に来るという事が掴めた。毎週必ず会えるのが嬉しくなって、そこからボクの特殊任務が始まった。もちろん彼女の笑顔を見るために。
……これってもしかして、ストーカーっぽい……かも。
思い出を振り返ってみたら、意外な事実に気付いて落ち込んでしまった。
「なにプリン見つめて、ため息ついてんねん」
背中を松田に叩かれた。
「プリンに恋してるみたいやで」
ケラケラ笑う松田が小憎らしい。……だが、ある意味正解なのだ。ボクは間違いなく恋をしてる。プリンビールさんに。
「あ、プッ○ンプリンだ。 三浦さん好きなんですか?」
白石さんが話しかけてくる。さらに、私も好きなんです! と松田に訴えかけていた。
「あ、知ってます? このプリン。バケツサイズが売ってるんですよ」
「ええええ!! バケツ?!!」……松田が大げさに驚く。そういうボクもかなり驚いた。
「あ、バケツっていってもそんなに大きくないですよ。これぐらい?」
余りの松田のオーバーリアクションに、慌てて修正を入れてくる。両手で示した大きさは、幼児が砂場で遊ぶ時に使う、小ぶりなバケツの大きさだった。……それでもプリンにしては大きいだろう。
「いや、そのサイズでも一人で食べきられへんやろ」
「ひとりじゃムリですよ――。パーティとか多人数で食べるんです。1000グラム以上ありますから……」
「「 イチキロぉ!! 」」
さすがに声に出して驚いてしまった。不覚にも松田とハモッてしまう。
「そら凄いな……見てみたいわ」
「市販では取り扱ってないと思うんですけど……私はネットで見つけたんです」
たしかに、そんなサイズ見た事がない。……プリンビールさんは知っているだろうか?教えて上げたらどんな顔をするだろう。松田以上に驚いてくれるだろうか?
あぁ 早くあの笑顔に会いたいな……。
待ち望んだ金曜は明日だ。思わず手に持っていたプリンを握り締めて明日を想像する。
「お――――い。ドコいってんね――ん。帰ってこ――い」
松田が目の前でヒラヒラ手を振ってくる。……うっとおしい。妄想ぐらい自由にさせてよ……。
「プリンはやめとき。恋をするなら生身の人間にしとけ」
松田がプリンを取り上げて棚に戻した。と同時に白石さんがドン引きしていくのがわかる。どうやら誤解したようだ。……ま、いいけどさ。ボクの欲しい人はプリンビールさんだけだから。
読んで下さってありがとうございます。
作中に出てくるバケツプリン(仮名)は グ○コネットショップで閲覧できます。
ただ、この話を書いている時点では販売がお休みになっていました。食べてみたかったな―。




