第九話 四十層の共同作業
ゼルガ大迷宮は、三月ぶりだった。かつて荷物持ちとして最後尾を歩いた道を、今は計測士として先頭で歩く。
それだけで、同じ迷宮がまるで違って見えた。
「三十七層、東回廊。天井の亀裂が進行方向に十二メートル伸びてる。振動許容量は残り僅か。ヴェラ、爆発系は封印だ。使うなら指向性の風だけにしてくれ」
「わ、分かったわ。……ねえロイド。あなた、いつもこんなものを視ながら歩いてたの? この数の情報を、全部?」
「ああ。で、要点だけ口に出してた。誰も聞いてなかったけどな」
「…………ごめんなさい」
「昔の話だ。今は聞いてくれてる。それでいい」
「リノン、白樺の四人が崩落から五日生存している前提で、必要な回復薬は最低八本。低体温と脱水が先に来る。配分表を渡すから、この順番で使ってくれ。祈りの魔力は温存だ、最後の砦だからな」
「……了解よ。ロイド、あんたの配分表、昔から実は頼りにしてたの。言えなかったけど」
「今言えたなら上等だ」
三十九層、大蜘蛛の巣。回廊いっぱいに張られた糸の向こうに、母蜘蛛の影。正面から戦えば時間も体力も削られる。
「ガルド。糸の張力を全部測った。この巣は左から二本目と五本目の主糸で吊られてる。その二本『だけ』を斬れば、巣は俺たちの後方に落ちて、道が開く。他の糸に触れると巣ごと頭上に落ちてくる。……できるか。誤差は指二本分しかないぞ」
「はっ。誰に言ってる」
ガルドの剣が、二度、閃いた。巣は音もなく後方に崩れ落ち、母蜘蛛は自分の巣に絡まって動けない。血を一滴も流さず、三十九層を抜けた。ガルドが剣を納めながら、ぼそりと言った。
「……すげえな、これ。俺の剣、こんな使い方があったのか」
不思議な感覚だった。十年間、俺の数字は「聞き流されるついで」だった。今は、数字が剣と魔法と祈りを束ねている。四人で、一つの生き物みたいに迷宮を降りていく。
……ああ、そうか。俺はずっと、これがやりたかったんだな。
四十層。崩落現場は、想像より酷かった。回廊が丸ごと、岩の山に呑まれている。俺は岩壁に手を当て、スキルの深度を最大まで上げた。数字の奔流。その奥に――あった。
「――生きてる。四人分の心音と体温。弱ってるが、四人ともだ。岩の総重量は八十トン。だが全部どける必要はない。ここの支点岩を三つ、正しい順番で抜けば、応力が逃げて右上に人ひとり分の隙間が開く。ただし順番か角度を間違えれば、全崩落だ」
「どの岩だ、ロイド」
「今から指示する。寸分違わず頼む。……ガルド。あんたの剣の精度は、十年間ずっと測ってきた。踏み込みの誤差、指半分。あんたなら、できる」
ガルドは一瞬目を見開き、それから、獣のように笑った。
「――ああ。任せろ、相棒」
一つ目の支点岩が、糸のような正確さで斬り抜かれる。岩山が軋む。二つ目。粉塵が舞う。三つ目――右上に、黒い隙間が、開いた。
「白樺の諸君! 救助だ! 一人ずつ、ゆっくり!」
泥と涙にまみれた新人四人が這い出し、リノンの回復を受けて泣き崩れた。帰路の罠は、テオたちが地上で清書した計測地図の通りに、すべて回避。地上に出たとき、朝日が昇っていた。
ガルドが、眩しそうに空を見上げて言った。
「……なあ、ロイド。十年間、こんなすげえもんを、俺は『数数え』って呼んでたのか」
「ああ」
「…………すまなかった」
初めて聞く、まっすぐな謝罪だった。俺は少し考えて、肩をすくめた。
「利子付きで受け取っておく。今日の報酬、きっちり等分だからな。端数は銅貨一枚まで測るぞ」
「はは……お前らしいや」




